超高齢社会の歯科に、半導体レーザーは 「必要なアイテム」ではないか
超高齢社会の歯科に、半導体レーザーは
「必要なアイテム」ではないか
3人に1人が65歳以上の国で
2026年9月15日時点で、日本の65歳以上の方は総人口の29.6%となり、過去最高を更新しました。比較できる39か国の中で、世界一の割合です[3]。
日々の診療でも、糖尿病や心臓の病気など、全身の病気を抱えながら通院される方が増えていると感じます。そうした方にとって大切なのは、必要な治療を、できるだけ体に負担をかけずに受けられることです。
- 出血をできるだけ少なくしたい
- 処置後の痛みを少しでも小さくしたい
- 何度も通院しなくて済むようにしたい
- 治療の翌日から、いつもどおりに食べてほしい
この「できるだけ負担を小さく」という考え方を、医療では**低侵襲(ていしんしゅう)**と呼びます。半導体レーザーに関する国内の総説でも、高齢の方は全身の病気を持つことが多いため、より低侵襲な治療が求められていると指摘されています[1]。
では、そのための道具として、半導体レーザーは「必要なアイテム」なのでしょうか。
本日10月18日、株式会社ヨシダ千葉営業所で開かれた半導体レーザーのハンズオンセミナーに参加し、この問いをじっくり考えることになりました。講師は歯周病を専門とされ、スイスのチューリッヒ大学への留学経験もある先生です。講義のあとには、豚の顎の骨を使った実習もありました。
正直に言うと、以前は「代用できる」と思っていました
以前の私は、半導体レーザーをあまり重視していませんでした。
- 痛みを少し和らげる、表面麻酔のようなもの
- メスや今ある器具で十分。代わりはいくらでもある
ところが今日、講義を聞き、実際に自分の手で操作してみて、考えが変わりました。超高齢社会の歯科医療には必要な道具だ、と感じたのです。
ここからは、講義で印象に残った話と、帰宅後に文献で確かめた内容をご紹介します。
講義から①:電球と懐中電灯とレーザーの違い
講義は「そもそもレーザーとは何か」というお話から始まりました。
- 電球:光が四方八方に広がり、部屋全体を明るくする
- 懐中電灯:光がある程度まとまり、狙った方向を照らす
- レーザー:光がほとんど広がらず、そろったまま進む
光がそろって一点に集まるため、レーザーは低い出力でも、狭い範囲にエネルギーを集中させられます。
患者さん向けの説明として面白かったのが、「昔のガラケーの赤外線通信」のたとえです。携帯電話どうしで連絡先を交換していた、あの赤外線です。半導体レーザーは、あれと近い波長の目に見えない光を使っています。こう聞くと、少し身近に感じられませんか。
講義から②:「表面で止まる光」と「奥まで届く光」
歯科で使われるレーザーには、大きく2つのタイプがあるそうです。
- 表面で吸収されるタイプ:水によく吸収され、表面だけに作用する
- 奥まで届くタイプ:水にあまり吸収されず、組織の奥まで光が届く
半導体レーザーは後者です。文献でも、水分の影響を受けにくく、色の濃いものに吸収されて熱を生むと説明されています[2]。
奥まで届くからこそ、表面を処置しながら、その下の組織にも働きかけられる。これが半導体レーザーの持ち味です。一方で、強すぎれば奥まで熱が及ぶ心配もあります。長所と注意点は表裏一体なのです。
講義から③:「切る顔」と「癒やす顔」
半導体レーザーには、まったく違う2つの使い方があります。
顔その1:高い出力で「切る・固める」
熱で歯ぐきを切ったり、組織を固めて出血を抑えたりする使い方です。熱がしっかり加わるため、麻酔が必要になります。文献によれば、よく使われる810 nmの半導体レーザーでは、先端のチップ自体が高温になり、その熱で組織が切れるとされています[2]。
顔その2:低い出力で「癒やす」
弱い光を当てて、痛みや炎症を和らげ、治りを助けることを目的とした使い方です。LLLT(低反応レベルレーザー治療)やPBM(フォトバイオモジュレーション)と呼ばれ、講師の先生は「両者は同じものと考えてよい」と話されていました。温度は、お風呂より少し温かいくらいとの説明です。
光が細胞のミトコンドリア(細胞のエネルギー工場)に吸収され、細胞の働きが活発になる。そう考えられていますが、詳しい仕組みにはまだわからない点が多いとされています[1]。
「切る」と「癒やす」の両方ができる点は、メス1本では代わりになりません。私が「代用できる」と思っていたのは、「切る」一面しか見ていなかったからでした。
講義から④:こんな場面で使われている
講師の先生からは、日常の診療で使っている例が数多く紹介されました。
- 根の治療で、根の中を洗浄するときの補助
- 小帯(舌や唇のスジ)の処置などの小さな外科処置。出血が少なく、お子さんの処置とも相性がよいとのことでした
- 歯周病治療で、歯石を取りやすくするための補助
- 抜歯した後の傷の治りを助ける照射
- 歯ぐきの黒ずみ(メラニン色素)や、金属が入り込んでできた着色の除去
- 知覚過敏、口内炎、顎関節症の筋肉の痛みなどへの低出力照射
印象的だったのは、講師の先生が良い話ばかりをされなかったことです。たとえば口内炎では、痛みが和らぐのは数時間程度で、また痛みが戻ってくることもある、と率直に話されていました。重い口の乾燥症状の患者さんに唾液腺への照射を試した例でも、はっきりした改善とまでは言えなかったそうです。こうした限界も含めて紹介されたことで、かえって信頼できる講義だと感じました。
講義から⑤:超高齢社会で「急がなければならない」患者さん
私が「必要なアイテムだ」と感じた最大のきっかけは、講師の先生のこの言葉でした。
「超高齢社会になり、急がなければならない症例が増えている」
紹介された症例の中には、次のような方がいました。
- 認知機能が少しずつ低下してきており、何度も通院するのが難しい高齢の方
- 近く入院が決まっていて、それまでに口の中の問題を片づけておきたい方
こうした方は、時間をかけて何回も通っていただく治療計画を立てにくいものです。出血をコントロールしながら短い時間で処置を進める。処置後の治りを助ける。半導体レーザーのこうした特徴が、選択肢の一つとして役立つ場面を具体的に示していただきました。
日々、訪問歯科で高齢の方を診ている私にとって、とても身近な話でした。
※講義で紹介されたのは、講師の先生の個々の症例です。すべての方に同じ結果が得られるわけではありません。
実習で体感したこと:「止めたら焦げる」
豚の顎の骨を使った実習では、実際にレーザーを操作しました。いちばん体で覚えたのは**「止めずに動かし続ける」**ことです。
講師の先生のたとえは、小学校の理科の実験でした。虫眼鏡で日光を集めて紙を焦がす、あれです。レーザーも一点に当て続けると熱が集中し、組織が焦げてしまいます。実習でも、わざと止めると、あっという間に焦げるのがわかりました。
また、レーザーの光は目に入ると網膜を傷つけるおそれがあるため、保護メガネの着用は必須です。患者さんにも保護メガネをかけていただきます。
文献で答え合わせ:期待と現実
期待できる話
細胞や動物の実験では、弱い光を当てることで細胞が増えやすくなったり、抜歯後の傷や骨の治りが早まったりする結果が数多く報告されています[1]。人を対象とした研究でも、歯ぐきを切除した後の傷の治りが早まったという報告があります[1]。
冷静な話
一方で、歯ぐきの移植手術に光を当てても、治療結果の指標に差が出なかった研究があります。手術3か月後には差があったものの、6か月後には差がなくなった研究もあります[1]。研究ごとに照射の条件がばらばらで、最適な方法はまだ決まっていません[1]。
ですから私は、「レーザーなら必ず早く治る」「痛くない」「麻酔がいらない」とは申し上げません。可能性は大いにあるけれど、まだ研究途上。これが正直なところです。
「レーザー=体にやさしい」ではない
豚の舌を使ってメスと半導体レーザーで組織を切り比べた実験があります。メスで切った組織には熱による損傷が見られなかった一方、レーザーで切った組織には熱の影響が残りました。そのうえでこの研究は、適切な条件で使えば周りへのダメージを抑えられると結論づけています[4]。
実習で「止めたら焦げる」を体感したからこそ、よくわかります。レーザーは「魔法の杖」ではなく、**「腕が問われる道具」**です。
メスが向いている処置もあれば、レーザーが向いている処置もあります。道具ありきではなく、患者さんお一人お一人の利点と負担を比べて選ぶ。この姿勢は変わりません。
結論:「代わりがあるか」ではなく「負担をどこまで減らせるか」
最初の問いに戻ります。半導体レーザーは、超高齢社会の歯科に必要なアイテムか。
今の私の答えは、**「はい。ただし正しく使えてこそ」**です。
以前の私は、「他の器具で代わりがきくかどうか」で道具を見ていました。けれども、全身の病気を抱えた方や、何度も通院するのが難しい方が増え続ける今、問うべきは**「患者さんの負担をどこまで減らせるか」**です。その視点に立てば、「切る」と「癒やす」の両方で選択肢を広げてくれる半導体レーザーは、これからの歯科医療に欠かせない道具の一つだと感じています。
「昔からこう思っていた」という思い込みは、いちばん更新の遅れた知識なのかもしれません。新しいものに飛びつくのでもなく、古い印象で可能性を閉ざすのでもない。講義と実習、そして文献で確かめながら、必要な治療をできるだけ少ない負担で届けられるよう、これからも学び続けます。
参考文献
[1] 三上理沙子,水谷幸嗣,青木章,野田昌宏,江尻健一郎,和泉雄一.歯科領域における半導体レーザーを用いたLow-Reactive Level Laser Therapyによる組織の治癒・再生の促進―基礎及び臨床研究のレビュー―.日本レーザー医学会誌.2019;40(1):15–29.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jslsm/40/1/40_jslsm-40_0012/_article/-char/ja
→ 治りを助ける可能性を示す一方、照射条件が統一されていないなどの課題も挙げている総説です。
[2] 吉田格.歯周治療における半導体レーザーの応用.日本レーザー医学会誌.2017;38(2):153–157.
https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282679744370304
→ 臨床での使い方の解説です。従来の方法より優れていることを比較して証明した研究ではありません。
[3] 総務省統計局.統計からみた我が国の高齢者―「敬老の日」にちなんで―(統計トピックスNo.149).2026年9月20日.
https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics149.pdf
→ 人口の統計です。レーザーの効果を裏づけるものではありません。
[4] Prado MCO, Nwizu NN, Patel SA, Streckfus CF, Zezell DM, Barros J. Thermal damage and excision time of micro and super pulsed diode lasers: A comparative ex vivo analysis. Clin Exp Dent Res. 2022. doi:10.1002/cre2.670
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9760131/
→ 豚の舌を使った実験室での研究です。特定の機器・条件での結果であり、ほかの機器にそのまま当てはめることはできません。
