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働かないアリは、役に立たないのか? ――「余裕」と「助け合い」から考える、歯科医院のチームづくり

働かないアリは、役に立たないのか?

――「余裕」と「助け合い」から考える、歯科医院のチームづくり

歯科医院の中では、患者さんのご案内、診療の補助、器具の洗浄・滅菌、電話対応、会計など、たくさんの仕事が同時に進んでいます。

患者さんから見ると、「あのスタッフさん、今ちょっと手が空いていそう」と感じる場面があるかもしれません。スタッフ同士でも、「自分ばかり忙しい」と思う日もあるでしょう。

でも、「手が空いている人がいる」のは、本当にムダなのでしょうか。今回は、アリの研究を手がかりに考えてみます。

「働き者」のはずのアリが、じっとしている

アリといえば、イソップ童話「アリとキリギリス」に出てくる働き者の代表です。

ところが実際に巣の中を観察すると、まったく動かずにじっとしている働きアリがたくさんいることが、以前から知られていました。効率よく見える社会のはずなのに、なぜ「働かないアリ」がいるのか。これは研究者にとって長年の謎でした。

よく挙げられてきた説明が、**「普段休んでいるアリは、いざというときの予備戦力なのではないか」**というものです。ただ、この説は広く語られてきた一方で、実験で確かめられたことはありませんでした。

実験:働き者のアリを取り除いてみたら

2017年、アメリカ・アリゾナ大学などの研究チームが、この説を実験で確かめた論文を発表しました。[1]

研究に使われたのは、北米にすむ小さなアリ(Temnothorax rugatulus)です。研究者たちは巣の中のアリ一匹一匹の行動を記録し、次の2つの実験を行いました。

実験①:よく働くアリを取り除く
特定の仕事に多くの時間を使っていた、活動的なアリを巣から取り除きました。すると、それまでじっとしていたアリが動き出し、仕事を引き継ぎました。巣全体の活動レベルは、取り除く前と同じ程度に保たれました。この入れ替わりは、1週間以内という短い期間で起こりました。[1]

引き継がれた仕事は、主にエサ集めと幼虫の世話です。巣を維持するうえで、止めるわけにいかない仕事でした。

実験②:じっとしているアリを取り除く
今度は、ほとんど動かないアリを取り除きました。すると、ほかのアリが代わりに「休む役」になることはありませんでした。2週間たっても、休んでいるアリの数は少ないままでした。[1]

この結果が意味すること

著者らは、休んでいるアリが**「予備の労働力」**として働く、という説と一致する結果だとまとめています。[1]

さらに、休んでいるアリには、体の中に食べ物をためておく「生きた貯蔵庫」のような役割もあるかもしれない、とも述べています。じっとしているだけに見えて、実は巣を支えている可能性があるわけです。

日本でも、北海道大学の長谷川英祐先生らの研究グループが、コンピューターシミュレーションなどを使い、「働かないアリ」がいる集団のほうが長く存続しうることを2016年に報告しています。[2] 全員が同時に働き、同時に疲れてしまうと、絶対に止めてはいけない仕事を誰も担えなくなるからです。

ただし、ここで大事な注意があります。これらはアリの研究です。「人間の職場でも、働かない人を一定数置けばうまくいく」と証明したものではありません。ここから先は、研究から着想を得た「歯科医院での考え方」としてお読みください。

歯科医院で大切なのは、「誰が暇か」より「誰が助けられるか」

アリの研究を職場に重ねるなら、注目したいのは「働かない人」ではなく、必要なときに動ける余力です。

たとえば、こんな場面があります。

  • 受付で電話が続いているときに、別のスタッフが患者さんのご案内を手伝う
  • 診療が長引いたときに、手の空いたスタッフが次の診療の準備を進める
  • 器具の片づけが重なったときに、担当以外のスタッフも決められた手順で補助する
  • 説明に時間が必要な患者さんがいるときに、ほかのスタッフが周りの業務を引き受ける

もちろん、医療の現場では、それぞれの資格で行える業務の範囲と院内ルールを守ることが前提です。

人間のチームの研究でも、仲間への助言、作業の手伝い、仕事の引き受けなどは「バックアップ行動」と呼ばれ、チームを支える大切な働きとして扱われています。[3]

全員が100%の力で動くと、かえって待ち時間が増える?

ここで、患者さんにも関係するお話をひとつ。

病院の待ち時間を研究する「待ち行列理論」という分野があります。この理論では、患者さんの来院時間や処置時間にばらつきがある場合、スタッフや診療室の稼働率を限界近くまで上げるほど、待ち時間が急に増えやすくなることが示されています。[4]

つまり、「空き時間をゼロにすること」が、必ずしも流れをよくするとは限らないのです。

歯科医院には、急な痛みの患者さん、予定より時間のかかる治療、スタッフの急な欠勤など、予定外のことが毎日のように起こります。少しの「余白」があるからこそ、そうしたときにも患者さんをお待たせしすぎずに対応できます。

そのため、スタッフ個人の頑張りだけに頼るのではなく、予約の組み方、人員配置、業務の分担、引き継ぎの方法を見直すことも、医院としての大切な課題だと考えています。

手が空いたときの「動き方」を決めておく

余力を残すことと、必要な仕事を放っておくことは別です。

手が空いたときの行動を、院内で次のようにそろえておくと分かりやすくなります。

  1. 自分の担当業務に、やり残しがないか確認する
  2. ほかの担当で、仕事が重なっていないか見る
  3. 「何か手伝えることはありますか」と声をかける
  4. 応援が不要なら、決められた準備や確認を進める
  5. 休憩時間は、待機ではなく、しっかり休む

ちなみに、アリの巣でも、休んでいたアリはただ寝ていたわけではなく、必要になったら動き出しました。「休む」と「動ける状態でいる」を両立していたとも言えます。

「余裕がある人」を責めるのではなく、その余裕をどう生かすかを考える。いつも同じ人に負担が偏っているなら、分担を見直す。その両方を大切にしたいと思います。

助けてもらうには、具体的に声を出す

アリはにおい(化学物質)や触角でのふれあいを通じて情報を伝え合いますが、人間はそうはいきません。忙しさは、周りからは意外と見えないものです。

応援をお願いするときは、「大変です」だけでなく、何をしてほしいかを具体的に伝えると、相手が動きやすくなります。

  • 「電話が続いているので、患者さんのご案内をお願いします」
  • 「診療が延びているので、次の準備をお願いできますか」
  • 「片づけが重なっているので、この作業を手伝ってください」

助ける側も、「今この作業中ですが、終わったら行けます」と返せば、相手は次の動きを考えやすくなります。

こうした声かけは「できない」という申告ではなく、仕事の状況を共有するための連絡です。それを院内の共通ルールにしたいと考えています。

「代われる仕事」を普段から準備しておく

手が空いていても、やり方が分からなければすぐには助けられません。

チームの研究では、ほかのメンバーの役割を学ぶ「クロストレーニング」によって、互いの役割への理解が深まり、連携やチームの成績がよくなることが示されています。[5] ただし、これは実験的な環境でのチーム研究であり、歯科医院で同じ効果があることを直接確かめたものではありません。

院内での応用としては、次のような準備が考えられます。

  • よく行う業務の手順を、見て分かる形にしておく
  • 主担当と、補助・代わりができる人を決めておく
  • 物品の置き場所や補充の方法を共有する
  • 引き継ぐときに、何を伝えるかを決めておく
  • 判断に迷ったときに、誰に確認するかを明確にする

目指すのは「誰でも何でもできる状態」ではありません。任せてよい範囲と、確認が必要な範囲をはっきりさせることです。

一人の頑張りだけに頼らない医院へ

アリの研究は、普段の活動量だけでは、集団への貢献を測りきれないことを教えてくれます。[1]

歯科医院でも、「いつも忙しく動いている人」だけでなく、困ったときに支える人、次の診療を準備する人、引き継ぎを分かりやすくする人の働きにも目を向けたいと思います。

患者さんにとっての安心も、実はこうした「見えにくいチームの余力」に支えられています。

私たちの院内の目標を、こうまとめてみました。

自分の担当には責任を持つ。
困ったときは、具体的に助けを求める。
余裕があるときは、周りを見る。
負担の偏りは、個人ではなくチームで見直す。

「全員がいつも限界まで働く医院」ではなく、「必要なときに助け合える医院」。アリに教わった、小さな共通ルールです。

参考文献

  1. Charbonneau D, Sasaki T, Dornhaus A. Who needs 'lazy' workers? Inactive workers act as a 'reserve' labor force replacing active workers, but inactive workers are not replaced when they are removed. PLOS ONE. 2017;12(9):e0184074. doi:10.1371/journal.pone.0184074
  2. Hasegawa E, Ishii Y, Tada K, Kobayashi K, Yoshimura J. Lazy workers are necessary for long-term sustainability in insect societies. Scientific Reports. 2016;6:20846. doi:10.1038/srep20846
  3. University of California San Diego, Department of Psychiatry. Team Monitoring/Backup Behavior.(チーム内の支援行動の定義)https://psychiatry.ucsd.edu/research/programs-centers/instep/tools-resource/definitions/team-processes/action-phase/team-monitoring-backup.html
  4. Green L. Queueing Analysis in Healthcare. In: Hall RW, ed. Patient Flow: Reducing Delay in Healthcare Delivery. Springer; 2006.(医療における稼働率と待ち時間の関係)
  5. Marks MA, Sabella MJ, Burke CS, Zaccaro SJ. The impact of cross-training on team effectiveness. Journal of Applied Psychology. 2002;87(1):3–13. doi:10.1037/0021-9010.87.1.3

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