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江戸時代の「木の入れ歯」は、なぜ驚くほどぴったり合っていたのか? ―300年前の職人技を最新科学が解き明かす―

# 江戸時代の「木の入れ歯」は、なぜ驚くほどぴったり合っていたのか? ―300年前の職人技を最新科学が解き明かす―

こんにちは。今日は少し歴史のロマンを感じるお話をご紹介します。

みなさんは「木床義歯(もくしょうぎし)という言葉をご存じでしょうか。江戸時代の日本で使われていた、木を彫って作った入れ歯のことです。歯科の博物館や資料館で見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。

2026年8月、東北大学の研究グループが、この江戸時代の木の入れ歯について、とても興味深い研究結果を発表しました。「見た目は昔ながらの手彫りの入れ歯なのに、実は現代にも通用するくらい、患者さんの顎にぴったり合っていた」ということを、最新の3D技術を使って初めて数字で証明したのです。

さらにこの研究は、私のように警察の仕事にも関わる歯科医師にとって見逃せない、もうひとつの大きな意義を含んでいます。それは「入れ歯から持ち主を特定できる可能性」です。今日はこの2つのポイントを、できるだけわかりやすくご説明します。

## 江戸時代の入れ歯は、どうやって作られていたのか

江戸時代には「入歯師(いればし)」と呼ばれる、入れ歯作りを専門とする職人がいました。彼らは、蜜蝋などを使って患者さんの口の中の形を写し取り、それをもとに硬い木を彫って義歯を仕上げていたと伝えられています。

材料としてよく使われたのが「ツゲ」という木です。木目が細かくて硬く、薄く削っても割れにくいという特徴があり、口の粘膜に触れる面を滑らかに仕上げるのに適していました。

型を取り、木を彫り、口の中で何度も調整を重ねる。この流れは、現代の入れ歯作り(印象採得 → 模型作製 → 試適 → 調整)と、使う道具こそ違えど、考え方はとてもよく似ています。

## 「本当にぴったり合っていた」ことが、初めて数字で証明された

これまでも「江戸時代の入れ歯は案外よくできていたらしい」という話は歯科の世界で語られてきましたが、それを客観的な数値で確かめた研究はありませんでした。

今回の研究チームは、東京都内の江戸時代の遺跡から出土した頭骨16点と、対応する木製の入れ歯3点を使い、次のような手順で分析しました。

1. 顎の骨と入れ歯をそれぞれ3Dスキャンしてデータ化する
2. 形を比較しやすいよう、コンピューター上で位置や向きをそろえる
3. 入れ歯の内側の面と、顎の骨の表面との「すきまの距離」を全体にわたって計算する
4. 「本人の入れ歯と顎」の組み合わせと、「他人同士」の組み合わせを統計的に比べる

その結果、**本人の入れ歯と顎の組み合わせでは、すきまの距離がおおむね2〜6ミリメートルの範囲に収まっている**ことがわかりました。これは、他人同士の組み合わせと比べて統計的にはっきりとした差があり、偶然ではないことが示されています。

現代の入れ歯治療の感覚では、理想的な適合は1〜2ミリ程度とされることが多いのですが、当時は型取りの材料も彫刻の道具もすべて手作業です。それを考えると、2〜6ミリという数字は、当時の入歯師の技術がいかに高かったかを物語っています。

## なぜ「個人ごとの違い」が入れ歯に刻まれるのか

顎の骨の形は、一人ひとり微妙に異なります。歯を失った後の顎の吸収の仕方、骨の高さや幅、口蓋の丸みなど、指紋のように完全に同じ人はいません。

入歯師は、その一人ひとり異なる顎の形に合わせて、蜜蝋の型取りから木の彫刻まで、すべてオーダーメイドで仕上げていました。つまり、**できあがった入れ歯の内側の形には、その人だけの顎の特徴がそのまま写し取られている**ということです。

研究チームが行った統計解析(主成分分析という手法です)でも、本人同士の組み合わせは形の特徴が近くにまとまり、他人同士の組み合わせとはっきり分かれることが確認されました。これは、義歯の適合が単なる偶然ではなく、一人ひとりに合わせて意図的に作られた結果であることを裏付けています。

## 警察歯科医の立場から:入れ歯による個人識別への応用

ここからは、私が警察嘱託歯科医師としても関わっている分野との接点についてお話しします。

身元不明の御遺体の身元を確認する作業では、歯の治療痕やレントゲン写真を生前の記録と照合する方法がよく知られています。しかし、生前の歯科記録が見つからない場合や、入れ歯そのものに名前などの記載がない場合、これまでは身元の手がかりを得ることが難しいケースもありました。

今回の研究が示したのは、**「入れ歯の内側の形」と「顎の骨の形」を3Dデータとして比較するだけで、その入れ歯が誰のものかを統計的に絞り込める**という新しい手法です。

考え方はシンプルです。

- 発見された入れ歯を3Dスキャンする
- 候補となる方の顎の骨(あるいは生前の資料)も3Dデータ化する
- 両者の形のすきまを計算し、統計的に近いかどうかを調べる

名前の記載や歯科記録がなくても、入れ歯という「物」そのものが、持ち主を語る手がかりになり得るのです。この手法は江戸時代の木の入れ歯に限らず、現代の入れ歯にも応用できると考えられており、法歯科学の分野に新しい可能性を開くものといえます。

## 補綴治療の本質は、300年前も今も変わらない

今回の研究から改めて感じるのは、「患者さんの顎の形に、いかに正確に合わせるか」という補綴治療の本質は、江戸時代から現代まで一貫しているということです。

材料も道具も統計学の知識もない時代に、経験と観察力、そして何度も口の中で調整を重ねる丁寧な仕事によって、入歯師たちは驚くほど精密な適合を実現していました。私たち現代の歯科医療も、CAD/CAMや精密な印象材といった技術を使いながら、最終的に大切にしているのは「その方の顎にぴったり合わせる」という、同じ姿勢なのだと思います。

300年前の職人の技が、最新の3D解析によって科学的に裏付けられ、さらには身元確認という新しい分野にまで応用の道が開かれつつある。歴史と最先端技術がつながる、とても興味深い研究だと感じました。

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## 参考文献

1. Yoshida K, Hatano Y, Kosaka M, Suzuki T. *Morphological Similarity Between Edo-Period Wooden Dentures and Maxillae in Japan: A Three-Dimensional Analysis Using Homologous Modelling.* International Journal of Osteoarchaeology. 2026. doi: 10.1002/oa.70159
2. 東北大学「江戸時代の木製の義歯、三次元解析で優れた適合を証明―日本独自の歯科技術の再評価と個人識別への新たな応用へ―」プレスリリース、2026年8月31日
   https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2026/08/press20260831-04-denture.html
3. 東京医科歯科大学 Museum Inventory(木床義歯収蔵品目録)
   https://www.dent.tmd.ac.jp/files/museum_inventiry.pdf
4. 国立科学博物館 HITNET「江戸期の木の入れ歯(木床義歯)」
5. Forbes JAPAN「江戸時代の木製入れ歯は現代とほぼ同構造、本人特定も可能な精密さ」2026年9月
   https://forbesjapan.com/articles/detail/104049

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