サツマイモばかり食べているのに、なぜ筋肉質? ―パプアニューギニア高地の人々に学ぶ「食べる」ことの奥深さ
# サツマイモばかり食べているのに、なぜ筋肉質? ―パプアニューギニア高地の人々に学ぶ「食べる」ことの奥深さ
先日、面白い研究の話を耳にしました。
「パプアニューギニアの高地に住む人たちは、主食がほぼサツマイモで、お肉や魚をあまり食べないのに、筋肉質でがっしりした体つきの人が多い」というものです。
栄養の常識からすると、少し不思議ですよね。筋肉のもとになるタンパク質を、そんなに食べていないはずなのに――。
この謎を科学者たちが長年調べてきていて、その答えのヒントに「腸内細菌」が関わっていることが分かってきました。今日は、その面白い話を、できるだけわかりやすくご紹介します。
なお先にお伝えしておくと、「サツマイモだけで筋肉がつく」「腸内細菌さえいればタンパク質は要らない」という単純な話ではありません。実際には、いくつもの要因が重なり合って起きている現象のようです。
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## サツマイモが主食の暮らし
パプアニューギニアの高地では、現地で「カウカウ」と呼ばれるサツマイモが昔から主食として作られてきました。そこに青菜やタロイモ、バナナなどが添えられます。豚肉は貴重な食べ物ですが、毎日の食卓に並ぶというより、お祭りやお祝いの席でまとめて食べるようなものだったようです。
1978年に行われた栄養調査では、成人男性は1日に平均で約950gものサツマイモを食べ、エネルギー量は約2,390kcal、そしてタンパク質はわずか約35gだったと報告されています[1]。
日本人の一般的なタンパク質摂取量と比べるとかなり少なめですが、主食をしっかり食べることで、農作業などをこなすエネルギーはある程度まかなえていたと考えられています。
もちろん、地域や標高、季節、都市部との距離などによって食事の内容はさまざまで、「高地の人は皆同じものを食べている」というわけではない点にも注意が必要です[4]。
## なぜ、少ないタンパク質で筋肉を保てるのか
体の中でタンパク質(筋肉)がどう保たれるかは、単純に「食べた量」だけで決まるものではありません。研究者たちは、主に次の4つの仕組みに注目しています。
### ① サツマイモのエネルギーが「タンパク質の節約」になる
体はエネルギーが不足すると、本来は筋肉の材料であるはずのアミノ酸まで、燃料として使ってしまいます。逆に、炭水化物からしっかりエネルギーを得られていれば、貴重なタンパク質を燃料にせずに済み、筋肉として温存しやすくなります。
つまり、サツマイモをたくさん食べて「お腹いっぱい」になること自体が、少ないタンパク質を守る役割を果たしていた可能性があるのです[1]。
### ② 少ないタンパク質を無駄なく使う体になっている
高地の人たちを対象にした研究では、体に入ってくる窒素(タンパク質のもと)と、尿などから出ていく窒素の量を比べる「窒素出納」という調査が行われました。その結果、タンパク質摂取が少なくても、体がそれを効率よく使い、大きく目減りしない方向に働いていることが示唆されています[1]。
ただしこれは、健康な成人男性を対象にした短期間の調査結果です。お子さんや高齢の方、術後の方などにそのまま当てはめられるものではありません。
### ③ 体の中で「タンパク質のリサイクル」が起きている
ここがこの話の面白いところです。
体内でタンパク質が分解されると「尿素」という物質ができ、通常は尿として体の外に出ていきます。ところが、この尿素の一部は腸に運ばれ、腸内細菌の働きによって分解され、細菌自身のタンパク質づくりに再利用されることがわかっています。
1985年に行われた研究では、目印をつけた尿素を使って、この尿素由来の成分が体内に戻り、血液中のタンパク質の材料として使われることが確認されました[5]。つまり、一度は「捨てるはずだった」窒素の一部が、体の中でもう一度使い直されている可能性があるのです。
### ④ 腸内細菌そのものが体質に関わっている可能性
さらに興味深いのは、日本の研究チームによる実験です。パプアニューギニアの高地住民の腸内細菌を、無菌のマウスに移植して低タンパクの食事を与えたところ、日本人の腸内細菌を移植したマウスに比べて、体重の落ち込みが少なく、血液中のタンパク質(アルブミン)の値も高く保たれたと報告されています[2]。
これは、腸内細菌の顔ぶれそのものが、少ないタンパク質でうまくやっていく体質に関係している可能性を示す、たいへん興味深い結果です。ただし、これはあくまでマウスでの実験であり、人でも同じことが同程度に起きるかどうかは、まだ今後の研究を待つ必要があります[2]。
## 「空気中の窒素から筋肉を作る」はさすがに言い過ぎ
ちなみに、腸内細菌の中には、空気中の窒素をアンモニアに変える「窒素固定」という特殊な能力を持つものがいる可能性も報告されています[6]。植物の根に住む菌が空気中の窒素を肥料に変える、あの仕組みとよく似たものが、人の腸の中でも起きているかもしれない、というわけです。
ただし研究者たち自身も、この窒素固定でつくられる量は、人が必要とする量に比べるとごくわずかで、これだけで筋肉の材料をまかなえるとは考えにくいと述べています[6]。「腸内細菌が空気からタンパク質を作ってくれるから、お肉を食べなくていい」というのは、さすがに話を飛躍させすぎ、というのが正直なところです。
## 「筋肉質に見える」もう一つの理由
体つきには、筋肉の量だけでなく、脂肪の少なさも関係します。サツマイモ中心の食事は脂肪が少なく、農作業や山道の歩行など、日々の活動量も多い暮らしでした。皮下脂肪が少なければ、同じ筋肉量でも体の輪郭がくっきり見えやすくなります。
つまり、
- サツマイモからしっかりエネルギーをとれていたこと
- 少ないタンパク質を効率よく使えていたこと
- 尿素の窒素をリサイクルできていたこと
- 腸内細菌の働き
- 日々の活動量の多さ
- 脂肪が少ない体つき
こうした条件がいくつも重なって、「筋肉質」に見える体が保たれていたのではないか、というのが現在の理解です。
なお現在のパプアニューギニアでは、都市化が進み、お米やパン、加工食品なども増えてきており、こうした伝統的な食事は少しずつ変化してきているとも報告されています[4]。
## 歯科医師として、患者さんにお伝えしたいこと
この研究は、人間の体が厳しい環境にどう適応してきたかを知る、とても興味深いものです。ただ、これを「サツマイモ中心の食事でよい」「腸内細菌さえ整えればタンパク質は不要」と受け取ってしまうのは誤解です。
特に、ご高齢の方、フレイル(虚弱)やサルコペニア(筋肉減少)が気になる方、術後や病気からの回復期の方、飲み込みに不安のある方は、必要なエネルギーとタンパク質を、きちんと確保することが大切です。
そして、これは歯科医師としてぜひお伝えしたいのですが、「必要なタンパク質を、無理なくお口から食べられること」が何より大切です。歯の痛みや入れ歯の不具合、噛みにくさ、お口の乾燥、むせ、飲み込みにくさがあると、どうしてもお肉やお魚を避けて、やわらかい炭水化物ばかりに偏りがちになってしまいます。
筋肉と健康を守るために大切なことは、結局のところシンプルです。
- 主食でしっかりエネルギーをとる
- お肉・お魚・卵・乳製品・大豆製品などから、必要なタンパク質をとる
- よく噛んで、安全に飲み込めるお口の機能を保つ
サツマイモの研究は、遠い国の不思議な話のようでいて、実は「食べること」「噛むこと」の大切さを改めて教えてくれる話でもあります。
## 参考文献
1. Fujita Y, Rikimaru T, Okuda T, et al. Studies of nitrogen balance in male highlanders in Papua New Guinea. *The Journal of Nutrition*. 1986;116(4):536-543.
2. 梅崎昌裕. 人類の低タンパク適応能の研究. 科学研究費助成事業 研究成果報告書、課題番号15H04430.
3. Okuda T, Kajiwara N, Date C, et al. Nutritional status of Papua New Guinea highlanders. *Journal of Nutritional Science and Vitaminology*. 1981;27(4):319-331.
4. Davies A, Chen J, Peters H, et al. What Do We Know about the Diets of Pacific Islander Adults in Papua New Guinea? A Scoping Review. *Nutrients*. 2024;16(10):1472.
5. Rikimaru T, Fujita Y, Okuda T, et al. Utilization of urea nitrogen in Papua New Guinea highlanders. *Journal of Nutritional Science and Vitaminology*. 1985;31(3):393-402.
6. Igai K, Itakura M, Nishijima S, et al. Nitrogen fixation and *nifH* diversity in human gut microbiota. *Scientific Reports*. 2016;6:31942.
