冠水した水は「ただの雨水」ではありません—千葉の豪雨で感じたこと
冠水した水は「ただの雨水」ではありません—千葉の豪雨で感じたこと
お盆休み中だった昨日、千葉県は線状降水帯による記録的な豪雨に見舞われ、あちこちで道路が冠水しました。今日の朝、ようやく雨が上がったので「診療所の様子を見ておこう」と車で向かったのですが、あちらこちらで車が動けなくなっていたり、通行止めになっていたりで、普段なら30分もかからない道のりを、何度も迂回を重ねながら3時間近く走っても、たどり着くことができませんでした。
テレビのニュースを見ると、腰の高さまで水に浸かりながら歩いている方や、床上浸水ではだしになっている方の映像が何度も流れていました。それを見て、歯科医として、そして地域の保健医療にも携わる者として、患者さんにぜひ知っておいていただきたいことがあります。
**冠水した水は、決して「プールの水」ではありません。** 下水や排泄物、土壌中の細菌が混じった、感染症のリスクを含む水だと考えて行動していただきたいのです。
## なぜ冠水した水は「汚れた水」なのか
豪雨のときに道路や住宅に流れ込む水には、いくつかの経路で汚染物質が混ざります。
- 雨水と汚水を同じ管で流す「合流式下水道」では、処理能力を超えると汚水が道路にあふれ出すことがあります
- 河川が氾濫すると、生活排水や動物の排泄物が混ざった水が市街地に流れ込みます
- 浄化槽やし尿槽が浸水すると、内容物が逆流することも報告されています
このような水には、大腸菌やサルモネラ菌、レプトスピラ菌、破傷風菌といった病原体が含まれている可能性があります。
## 科学的な裏付け—洪水とレプトスピラ症
「洪水の後に感染症が増える」というのは、単なる経験則ではなく、研究データでも裏付けられています。
2019年に発表された、複数の研究をまとめて分析した論文では、世界各地で行われた18件の調査結果をまとめ、洪水の水に触れることがレプトスピラ症になりやすさとはっきり関係していることが示されました。特に、皮膚に傷があると発症のリスクがかなり高くなることが報告されており、男性であることや家畜と接する機会が多いこともリスクを高める要因として挙げられています。つまり「腰まで浸かった」「裸足で歩いた」「傷があった」という状況は、データの上でも裏付けられた危険な行動だといえます。
2024年には琉球大学のグループが、パラオ共和国の川の水を調べる研究(環境DNA解析)を行い、大雨や増水の後には水の中の病原性レプトスピラ菌がはっきりと増えることを確認しています。水が引いた後の乾いた泥やほこりにも同じような菌が潜んでいる可能性があり、それを吸い込むことで体調を崩す方もいると考えられます。
日本国内でも、2018年の西日本豪雨の後、兵庫県尼崎市で土のう積みや排水作業に従事した消防団員がレプトスピラ症を発症した例が報告されており、決して他人事ではありません。2023年にギリシャで大規模な洪水が起きた際にも、レプトスピラ症の集団発生が確認され、患者の多くが冠水した水への接触歴を持っていました。
## 気をつけたい感染症
**レプトスピラ症**
ネズミなど小動物の尿で汚染された水から感染します。発熱、頭痛、ふくらはぎの筋肉痛、目の充血などが典型的な症状で、重症化すると腎臓や肝臓の機能に影響することもあります。潜伏期間はおよそ3〜14日です。
**腸管感染症**
汚染された水を口にしたり、汚れた手で食事をしたりすることで、大腸菌やサルモネラ、ノロウイルスなどによる下痢・嘔吐・発熱を起こすことがあります。
**皮膚・軟部組織の感染症**
泥水に触れた傷口から細菌が入り込み、蜂窩織炎や、場合によっては破傷風を起こすことがあります。糖尿病のある方や高齢の方は特に注意が必要です。
**呼吸器感染症**
水が引いた後、炎天下で乾いた汚泥のほこりを吸い込むことでレジオネラ症などのリスクが指摘されています。避難所など密集した環境では風邪やインフルエンザも広がりやすくなります。
## 行動の目安
- 冠水した道路にはできるだけ近づかず、通らざるを得ない場合は長靴・手袋を着用し、裸足は避ける
- 水に触れた後は石鹸と流水でしっかり洗い流す
- 傷がある場合は消毒し、絆創膏などで保護する
- 泥やほこりを扱う清掃作業では、できればN95マスクなど防塵性のあるマスクを着用する
- 冠水した食品は口にせず、井戸水は煮沸や消毒をしてから使う
- 浸水した家屋の消毒は、まず泥や汚れを洗い流して十分に乾燥させてから行う。汚れが残ったまま消毒剤をまいても効果は十分に得られません
- 破傷風のワクチンを10年以上接種していない場合は医師に相談する
## こんな症状があれば早めに受診を
冠水した水や泥に触れた後、次のような症状が出た場合は、「冠水した水に触れた」「浸水した家の片付けをした」といった経過をきちんと医療機関に伝えた上で相談してください。
- 38℃以上の発熱、強いだるさ、ふくらはぎの筋肉痛
- 下痢や嘔吐が続く、血便、強い腹痛
- 傷口の赤み・腫れ・痛みの悪化、膿
- 口が開けにくい、筋肉のつっぱりやけいれん
- 咳、息切れ、高熱、意識のもうろう感
- 尿量の減少、黄疸、強い頭痛
「たかが水に浸かっただけ」と軽く考えず、少しでも体調の変化があれば早めに受診していただくことをお勧めします。
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**参考文献**
1. Naing C, et al. Risk factors for human leptospirosis following flooding: A meta-analysis of observational studies. *PLoS ONE*. 2019;14(5):e0217643.
2. 琉球大学. パラオ共和国における「レプトスピラ症」のリスク増大と大雨・洪水後の河川水中のレプトスピラ増加. *One Health*. 2024.
3. Papadopoulos A, et al. Leptospirosis Incidence Post-Flooding Following Storm Daniel: The First Case Series in Greece. *Microorganisms*. 2024;16(5):69.
4. Colón-González TJ, et al. Infectious diseases following hydrometeorological disasters in Latin America and the Caribbean: A systematic review. *Lancet Reg Health Am*. 2023;25:100576.
5. 国立感染症研究所. 平成30年7月豪雨後に尼崎市内で診断されたレプトスピラ症の一例. *IASR*. 2018;39:202-203.
6. Semenza JC, et al. Natural disasters and infectious disease in Europe: a literature review to identify cascading effects. *Eur J Public Health*. 2020;30(5):928-934.
7. 厚生労働省. 浸水した家屋の感染症対策. 2023.
