わかな歯科

お知らせ

【歯科の歴史ミステリー】 なぜ「歯医者」は「お医者さん」と違うのか? 〜中澤勇先生が説いた「医・歯一元論」〜

# 【歯科の歴史ミステリー】

なぜ「歯医者」は「お医者さん」と違うのか? 〜中澤勇先生が説いた「医・歯一元論」〜

## はじめに

風邪をひいたときやケガをしたときは、総合病院の「内科」や「外科」を受診します。どちらも「医学部」を出たお医者さんの担当です。ところが歯が痛いときだけは、町の「歯医者さん」——「歯学部」という別の学校を卒業した歯科医師——を受診します。

「体の一部である『歯』だけが、なぜ医学から切り離された別の資格になっているのだろう?」

そんな疑問を抱いたことはありませんか。実はこの背景には、数百年にわたる歴史のドラマがあります。今回は、日本の歯科補綴学(入れ歯・被せ物の治療)を代表する研究者のひとり、中澤勇(なかざわ・いさむ)先生が論考「歯学の源流をたずねて ―特に医・歯一元論二元論を中心として―」で示した視点を手がかりに、歯学の歴史と「医療とは本来どうあるべきか」というテーマをたどってみたいと思います。

## 第1章 すべての医療は一つだった——ヒポクラテスの時代

今から2000年以上前、古代ギリシャの医療には「内科」「外科」「歯科」という明確な境界がありませんでした。ひとりの医師が、腹痛から目の病気、お産の介助、歯の痛みや顎の骨折まで、体のあらゆるトラブルを診ていたのです。

中澤先生は、この状態こそが「医・歯一元論」——医学と歯学はもともと同じ源流から生まれたひとつのものである、という考え方——の原型だと指摘しています。人間の体は頭から足の先まで連携し合う一つの生命体であり、口の中の病気も体全体に起こる異常の一部にすぎません。だからこそ発生当初の医学は、歯の治療も当然のように含んでいました。

## 第2章 分かれ道はアメリカで——「二元論」が決定づけられた瞬間

18世紀に入るとヨーロッパで医学の専門分化が進み、フランスのピエール・フォシャールが『歯科外科医』を著して歯科治療を体系立った学問へと引き上げました。

しかし医学と歯学が完全に別々の道を歩む「二元論」が決定づけられたのは、1840年のアメリカでの出来事でした。歯科の近代化を目指していたホーレス・H・ヘイデンとチャピン・A・ハリスの二人は、「歯科医も人体を扱う以上、しっかりした医学教育を受けるべきだ」と考え、メリーランド大学医学部に「医学部の講義に歯科の授業を組み入れてほしい」と要請します。彼ら自身は「歯科は医学の一部である」という一元論の立場でした。

ところが医学部側は「歯学は医学とは関係がない」として、この要請を退けてしまいます。行き場を失った二人は、自らの手で世界初の独立した歯科教育機関「ボルチモア歯科医学校」を1840年に設立しました。歯科界でこの出来事は "The Historic Rebuff(歴史的な拒絶)" として知られ、医学部側の姿勢が、結果的に世界中に広がる「医学と歯学は別々の資格である」という体制の出発点になったのです。

## 第3章 日本における歯科の独立

日本に近代歯科医学が本格的に入ってきたのは明治時代です。来日した歯科医ヴァン・デンバーグに学んだ小幡英之助が、日本で最初の近代的な歯科医師として活動を始めました。

制度発足当初の医術開業試験では、まず医学の試験に合格しなければ歯科の試験を受けられないという、一元論的な仕組みが残っていました。その後、医師と歯科医の間で議論が重ねられ、明治39年(1906年)、医師法とは独立した法律として「歯科医師法」が公布されます。これにより日本でも「医師」と「歯科医師」は制度的に明確に区別され、今日まで続く二元論の体制が確立しました。

## 第4章 中澤先生が鳴らした警鐘——「本来は一元論であるべき」

歴史の経緯によって医学から独立し、独自の発展を遂げてきた歯学。しかし中澤勇先生は、入れ歯や被せ物を専門とする補綴学の臨床家として、ここに重要な警鐘を鳴らしています。

中澤先生は東京高等歯科医学校(現・東京医科歯科大学歯学部)出身で、同校・東京医科歯科大学歯学部で教授を務め、歯学教育の最前線に立ってこられた方です。そうした経歴を持つ先生だからこそ、「制度がどうであれ、相手にするのは一人の人間であり、医療の目的は全身の健康を取り戻すことにある。だからこそ、歯学は本来一元論でなければならない」という考えを発信されました。

たとえば入れ歯を作る場面。もし「歯学は口の中だけの学問」と捉えてしまえば、抜けた穴に合う型を作るだけの機械的な作業になってしまいます。しかし体は一つの生命体です。歯が抜けた背景に全身の病気(糖尿病など)が関わっていることもあれば、噛み合わせの乱れが頭痛や肩こり、胃腸の不調につながっていることもあります。逆に、しっかり噛める入れ歯によって脳の血流が改善し、認知機能や全身の活力が回復することも知られています。

中澤先生は、歯科医師が「歯だけを診る技術者」にとどまることを危惧し、医師と同じように全身の生理・病理・解剖といった基礎医学を深く理解したうえで、患者さんを全人的に診る一元論の精神を教育に取り入れるべきだと訴えました。

## おわりに

「歯医者さん」が「お医者さん」と違う看板を掲げている背景には、アメリカでの意見の食い違いに端を発する、長い歴史がありました。しかし資格や看板が分かれていても、私たちの体は一つです。現代の歯科医療は、中澤先生が説いた一元論の精神を受け継ぎながら、「お口の修理」から「お口を通じて全身の健康を守る医療」へと歩みを進めています。

「たかが歯ぐらつき」「たかが虫歯」と侮らず、お口のトラブルは全身からのサインかもしれない——そんな視点を、ぜひ心に留めていただければと思います。当院も、皆さまのお口の健康を通じて、全身の健やかな生活を支えてまいります。

---

**参考文献**
1. 中澤勇「歯学の源流をたずねて ―特に医・歯1元論2元論を中心として―」鶴見歯学
2. 中澤勇「歯科医療の特異性(医歯一・二元論)の歴史と現在」口腔医学
3. 日本歯科医師会「歯科医師法御署名原本」
4. Mary Otto, "Why Dentistry Is Separate From Medicine," *The Atlantic*, 2017
5. "University of Maryland School of Dentistry," Wikipedia
6. "The Baltimore College of Dental Surgery and the birth of professional dentistry, 1840," PubMed
7. 東京医科歯科大学「歯学部80年史」2010

元のページへもどる