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# 福島・カイギュウランドたかさとで学ぶ「食べる」の進化史

# 福島・カイギュウランドたかさとで学ぶ「食べる」の進化史
## ―化石発掘体験と展示パネルから、歯科医師として顎と歯の関係を考える―

先日、福島県喜多方市高郷町にある**カイギュウランドたかさと**を訪れ、化石発掘体験に参加してきました。単なるレジャー施設ではなく、地層と生物の記録を丁寧に見せてくれる、大人にとっても学びの多い社会科見学でした。館内には「ダイカイギュウの進化」という展示パネルがあり、歯がだんだん小さくなっていく様子が、実物の頭骨写真や図とともに詳しく示されていました。今回はこの展示内容をもとに、歯科医師の視点から少し掘り下げてご紹介します。

## カイギュウランドたかさととは

会津地方はかつて海の底でした。約2300万年前は深い海でしたが、その後の地殻変動で少しずつ浅くなり、入り江や汽水湖を経て、約800万年前には陸地になっていったことが分かっています。カイギュウランドたかさとは、そのあたりの地層から出土した貝・サメ・クジラ・カイギュウ(海牛)などの化石を展示する施設で、2010年に開館しました。実際に化石発掘体験もできます。

このエリアからは、約1000万年前の地層から**アイヅタカサトカイギュウ(学名:*Dusisiren takasatensis*)**という新種のカイギュウ化石が発見されており、1997年に福島県の天然記念物に指定されています。

## 歯がだんだん小さくなり、やがてなくなる―6種類の頭骨標本

展示パネルでは、ドシシーレン属(Dusisiren、歯があるカイギュウ)からヒドロダマリス属(Hydrodamalis、歯のないカイギュウ)まで、6種の頭骨標本が時代の古い順に並べて比較されていました。

- ヨルダニカイギュウ(*Dusisiren jordani*):歯が大きい
- ヤマガタダイカイギュウ(*Dusisiren dewana*):歯が小さい
- **アイヅタカサトカイギュウ(*Dusisiren takasatensis*):歯がかなり小さい**
- クエスタカイギュウ(*Hydrodamalis cuestae*):歯がない
- タキカワカイギュウ(*Hydrodamalis spissa*):歯がない
- ステラーカイギュウ(*Hydrodamalis gigas*):歯がない

ここで大切なのは、「歯がなくなる」のはヒドロダマリス属になってから急に起きたことではなく、その前のドシシーレン属の中ですでに段階的に歯が縮小していた、という点です。アイヅタカサトカイギュウは、歯がほぼ消える一歩手前の状態を示す、貴重な「進化の途中経過」の化石ということになります。

## 歯を失う代わりに、別の食べ方を獲得した

パネルにはもう一つ、重要な解説がありました。歯が縮小するのと同時に、顎を動かす筋肉のはたらき方も変わっていった、という内容です。

- 弱くなっていく働き:下顎を持ち上げて噛みしめるための筋肉(噛む筋肉)
- 強くなっていく働き:下顎を前後に動かす働き、口の先でエサを強くはさむ働き、頭部そのものを上下に動かしてエサを引っぱりちぎる働き

つまり「歯で噛み切る」働きが失われる一方で、「唇と顎の先で挟み、頭を振って引きちぎる」という新しい食べ方が発達していったのです。実際、歯を失ったステラーカイギュウは、上下の顎の先端にある硬い角質の板と、よく動く唇を使って、岩に付いた昆布のような海藻をむしり取って食べていたことが分かっています。これに合わせて、頭骨を下から見た形も、初期の台形に近い形から、より幅の広い形へと変わっていました。歯を失うことは単なる機能の喪失ではなく、**別の食べ方への「乗り換え」**だった、と読み取ることができます。

なお、同じパネルには「歯が小さくなる進化」と並んで「指の骨が小さくなる進化」とも書かれており、前あしの骨も同時に変化していたようです。食べ方の転換は、口や顎だけでなく、からだ全体の変化とセットで起きていたと考えられます。

## 顎の断面図から見えること(歯科医師としての一つの見方)

展示の断面図には「顎の断面は歯に加わる力に対して不安定な形」という注記がありました。これは、まだしっかりした歯を持つヨルダニカイギュウやヤマガタダイカイギュウの段階から、下顎の骨の断面が、強い噛む力を受け止めるのに適した形ではなかった、という指摘です。ここは私自身の解釈になりますが、骨の形の変化が、歯そのものが消える前から少しずつ始まっていた可能性を示すデータとして、大変興味深く感じました。

## 歯科医師の視点:似たことが人の「無歯顎」でも起きている

ここからは臨床の話です。「使われ方が変わると、骨や筋肉の形も変わっていく」という現象は、実は人が歯を失ったときにも見られます。ただし、カイギュウの話と単純にイコールで結べるものではないので、まずその違いを整理しておきます。

**時間のスケールが違います。** カイギュウの歯が何百万年もかけて縮小していったのは、世代を超えて起きた「進化」であり、遺伝的な変化が自然選択によって集団に定着した結果です。これに対して、人が歯を失ったあとに顎の骨や筋肉が変化するのは、一人の人の体の中で数か月〜数年という短い時間で起きる「その場での適応(生理的な変化)」です。両者は仕組みも時間軸もまったく異なります。

**共通しているのは、骨と筋肉が持つ性質です。** 骨は、力のかかり方に応じて量や形を変える性質を持っています(Wolffの法則、あるいはメカノスタットと呼ばれる考え方です)。力がほとんどかからなくなった部分は、使われなくなった筋肉と同じように、少しずつ痩せていきます(廃用性萎縮)。これは、カイギュウも人も、骨を持つ動物であれば共通して起きる生理現象です。

具体的には、人が歯を失うと次のようなことが起こります。

- **咀嚼筋の萎縮**:噛む筋肉(咬筋・側頭筋など)は本来、持続的な運動に向いた筋肉ですが、噛む機会が減ると筋線維が細くなり、脂肪に置き換わりやすくなって、噛む力が弱くなります。
- **顎堤(歯を支えていた骨)の吸収**:抜歯後、力がかからなくなった歯槽骨は少しずつ吸収されていきます。上顎は後ろ上方へ、下顎は前下方へ吸収が進みやすいことが知られており、これが進むと噛み合わせの土台となる顎の骨格そのものの関係も変わっていきます。
- **顎関節への影響**:奥歯で噛み合わせを支える力がなくなると、下顎の位置や動き方が変わり、顎関節にかかる負担のバランスも変化します。

## カイギュウと人、共通する原理・大きく異なる結果

カイギュウの場合、歯という機能を手放す**代わりに**、口先で挟み頭を振って引きちぎるという新しい食べ方を獲得し、骨格全体がその新しい機能に合わせて長い時間をかけて再設計されました。機能の喪失と獲得がセットになった、進化としての「作り直し」です。

一方、人が歯を失った場合、そこで自動的に代わりの機能が獲得されるわけではありません。噛めなくなる→筋肉が弱る→顎の骨がさらに痩せる→ますます噛みにくくなる、という**悪循環**に陥りやすいのが実情です。カイギュウのような数百万年単位の進化的な再設計を、私たちは待つことができません。だからこそ、義歯やインプラントで噛み合わせを人工的に取り戻すことには、見た目や食事の利便性だけでなく、**顎の骨と筋肉に「使われている」という刺激を与え続け、悪循環を断ち切る**という大切な意味があります。

## それでも残る、一つの疑問

ここまで、歯を失ったあとの悪循環を断ち切るために咬合を回復する意義について書いてきました。ただ、カイギュウの進化を振り返っていると、もう一つ別の問いも浮かんできます。

カイギュウは、大昔の「歯でしっかり噛む」姿に戻ろうとはしませんでした。歯を失った先に、口先で挟み頭を振って引きちぎるという、その時点の体に合った新しい食べ方を作り上げていきました。では人の場合、長い年月をかけて歯を失い、筋肉や顎の骨がすでにその状態に順応してしまったあとで、**若い頃と同じような歯列・噛み合わせをそっくりそのまま取り戻すことが、いつでも最善の答えなのだろうか**、という疑問です。

実は歯科の世界にも、これに近い議論があります。「短縮歯列(Shortened Dental Arch, SDA)」という考え方で、1980年代にオランダで提唱されました。奥歯を失っても、前歯から小臼歯までのかみ合わせが保たれていれば、無理に入れ歯やブリッジ、インプラントで奥歯まで補わなくても、咀嚼機能や生活の質が大きく損なわれないケースが多い、という臨床研究に基づく考え方です。実際、義歯を入れることで虫歯や歯周病のリスクが増えたり、義歯を支える顎堤がかえって吸収しやすくなったりする、といった副作用が指摘されることもあります。一方で、多くの奥歯を失った状態を長期間放置すれば、咬合の乱れや顎関節への負担、残っている歯への過重負担につながることもあり、「どこまで元に戻すべきか」は今も歯科補綴学の中で議論が続いているテーマです。

もちろん、これは「治療しなくてよい」という単純な話ではありません。年齢、残っている歯の状態、噛む力、全身の状態によって答えは人それぞれで、どこまで機能を回復させるかは、患者さんと歯科医師が話し合いながら決めていくべきことです。ただ、カイギュウが「昔の姿」ではなく「その時点の体に合った新しい形」を選び取っていった進化の記録を見ていると、私たち歯科医師の仕事も、失われる前の状態を無条件に目指すことだけが正解ではなく、**今のその人の顎・筋肉・生活に本当に合った噛み合わせは何か**を、その都度考え直す作業なのかもしれない、と感じさせられました。

## 患者さんへ

歯は「噛むための道具」であると同時に、噛む力を顎の骨・筋肉・関節へ伝える起点でもあります。カイギュウの化石とその展示パネルは、「力のかかり方が変われば、骨も筋肉もそれに応じて形を変えていく」という、生き物に共通する原理を、何百万年という時間をかけて見せてくれる貴重な教材でした。同じ原理は、私たちの口の中でも日々静かに働いています。当院が「食べられること」を大切にしているのも、こうした歯と顎・筋肉のつながりを踏まえてのことです。噛み合わせを整える治療についても、「元通りにすること」だけが目的ではなく、今のお口と体に合った、無理のない噛み方を一緒に探していくことを大切にしたいと考えています。

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## 参考文献・参考情報

1. カイギュウランドたかさとの概要 - 喜多方市ホームページ  
   https://www.city.kitakata.fukushima.jp/site/kaigyuu-ibento/
2. カイギュウランドたかさと - Wikipedia  
   https://ja.wikipedia.org/wiki/カイギュウランドたかさと
3. 塩坪化石層(アイヅタカサトカイギュウ化石)- うつくしま電子辞典  
   https://www.gimu.fks.ed.jp/plugin/databases/detail/2/18/142
4. 館内展示パネル「ダイカイギュウの進化」(ドシシーレン属・ヒドロダマリス属の歯・頭骨・筋肉付着部の比較図)- カイギュウランドたかさと
5. ステラーカイギュウ - Wikipedia(成獣の歯の退化と角質板について)  
   https://ja.wikipedia.org/wiki/ステラーカイギュウ
6. 絶滅したカイギュウ類の食性復元(脂質分析による研究)- サカナト  
   https://sakanato.jp/32362/
7. 筋肉の働き(咀嚼筋の萎縮について)- テーマパーク8020(日本歯科医師会)  
   https://www.jda.or.jp/park/function/index04.html
8. Wolffの法則 - クインテッセンス出版キーワード検索  
   https://www.quint-j.co.jp/dictionaries/keyword/39129
9. 歯槽骨吸収および不足/無歯顎の骨への影響 - FOR.org  
   https://www.for.org/ja/treat/treatment-guidelines/edentulous/diagnostics/clinical-findings/chicaoguxishouoyohibuzu  
   https://www.for.org/ja/treat/treatment-guidelines/edentulous/diagnostics/clinical-findings/wuchienoguhenoyingxiang

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