わかな歯科

お知らせ

高齢になると、機能は下がる一方なのでしょうか ―前向きな「加齢観」と、お口の機能改善の可能性について―

高齢になると、機能は下がる一方なのでしょうか
―前向きな「加齢観」と、お口の機能改善の可能性について―

診療をしていると、「年だから、もう噛めなくても仕方がない」「義歯は入れても結局慣れない」といった言葉を、患者さんやご家族からよく耳にします。加齢によって心身の機能が変化していくのは事実ですが、それを「低下するだけ」と捉えてしまうと、本来まだ残っている改善の可能性を見過ごしてしまうことがあります。

今回は、そのことを考えさせてくれる興味深い論文をご紹介しながら、当院での義歯治療を通じて感じていることもあわせてお話ししたいと思います。

■ 65歳以上、平均8.5年間の追跡調査でわかったこと

ご紹介するのは、米国イェール大学のLevy博士らが2026年に発表した研究です。65歳以上の方11,314名を対象に、平均8.5年間にわたって認知機能と身体機能(歩く速さ)の変化を追跡したものです。

この研究が興味深いのは、調べ方そのものに工夫がある点です。これまでの多くの研究は、「どれだけ早く衰えるか」を測ることが中心で、いわば下りのエスカレーターの速度を測るようなものでした。これでは、もし誰かの調子が上向いても、それをきちんと拾い上げることができません。

そこで今回の研究では、電話で答える簡単な記憶・認知のテストと、実際に歩いてもらう速さという、上がることも下がることもそのまま数字に表れる調べ方があえて選ばれました。「高齢になっても良くなることがあるはずだ」という前提に立って、それを実際に確かめようとした研究だと言えます。

結果として、対象者の45.15%もの方が、追跡期間中に認知機能または身体機能のいずれかで「改善」を示していました。内訳は、認知機能の改善が31.88%、歩く速さの改善が28.00%です。これは決して少数の例外的な方の話ではなく、対象者のおよそ半数近くにあたります。「高齢者は一方向に衰えていくだけ」というイメージとは、少し違う実態が見えてきます。

さらに興味深いのは、「年齢を重ねても人は成長できる」「高齢になっても自分の役割や可能性を持ち続けられる」といった前向きな加齢観を、調査の早い段階で強く持っていた方ほど、その後の追跡期間で認知機能や身体機能の改善が見られやすかった、という点です。年齢や持病の有無といった他の要因を考慮した分析でも、この関連は確認されています。

■ この研究をどう読むべきか

ここで大切なのは、この研究が「前向きに考えれば必ず良くなる」という単純な話を証明したものではない、ということです。これは「Aをしたら必ずBになる」と確かめる実験ではなく、長い年月をかけて多くの人の様子を見守った調査です。たとえば、もともと教育を受けた期間や経済的なゆとり、友人や家族とのつながりの多さなど、加齢観だけでなく機能の変化にも影響しうる要素は他にもたくさん考えられます。前向きな人ほど、こうした他の良い条件にも恵まれていた、という可能性も否定はできません。

また、「改善した」という結果の中には、その日のたまたまの体調や、検査特有の誤差が混じっている部分もあるかもしれません。ですので、この一つの論文だけをもって「気の持ちようで何でも良くなる」と決めつけてしまうのは、少し言いすぎになってしまいます。

とはいえ、Levy博士らのグループは以前から、前向きな加齢観と心身の健康との関連を繰り返し報告してきました。たとえば2002年の研究では、前向きな自己加齢観を持つ高齢者ほど長期的な機能的健康が良好であったこと、また2023年の研究では、軽度認知障害(MCI)から正常な認知機能へ回復する方と加齢観との関連も報告されています。今回の論文単独で結論を急ぐのではなく、こうした一連の研究の積み重ねの延長線上にあるものとして受け止めるのが、誠実な読み方だと思います。

■ お口の機能にも、同じことが言えます

この視点は、高齢者の歯科診療にもそのまま通じるところがあります。咀嚼や飲み込み、発音、義歯への慣れといった機能は、決して「年齢なりに落ちていくだけ」のものではありません。適切な治療や訓練、食事の工夫、そしてご本人の意欲によって、改善の余地が十分にあります。

私たち歯科医師が「もう年齢的に限界です」と先に決めつけてしまうと、患者さんご自身が持っている回復の力にまで、蓋をしてしまうことになりかねません。もちろん、現実的に難しいことは丁寧にお伝えする必要がありますが、それと同時に「今より食べやすくなる可能性はあります」「義歯は調整と練習で、使いやすくなることがあります」とお伝えすることも、私たちの大切な役割だと考えています。

■ 義歯と心の関係

義歯の治療では、形や噛み合わせの精度はもちろん大切ですが、それと同じくらい「患者さんご自身がその義歯をどう受け止めているか」が、実際の使い心地につながることがわかっています。

総入れ歯を使い始めた方を調べた研究では、使い始めてから半年ほどで、食事や会話を含めた生活の満足度が上がってくることが報告されています。そしてその満足度の上がり方には、「この義歯でやっていけそうだ」という安心感が大きく関わっていました。逆に、義歯がぐらついたり外れやすかったりする場合は、噛む・話すといったこと以外にも、人前で話すことや外出することへの不安につながり、生活全体が小さくまとまってしまうこともあります。

つまり義歯の「使いやすさ」は、装置そのものの出来栄えだけで決まるわけではないのです。「この義歯なら、自分は食べられるようになる」という見通しを持てるかどうかも、とても大きな意味を持っています。

■ 当院で大切にしていること

義歯の治療は、お渡しして終わりではないと考えています。「最初から完璧に使いこなせる方はむしろ少ないこと」「数回の調整と練習を重ねることで、噛む力や話しやすさは変わっていくこと」「食べやすいものから少しずつ広げていけば良いこと」を、診療の中で丁寧にお伝えするようにしています。

今回ご紹介した論文は、歯科そのものを扱ったものではありませんが、私たち歯科医療に携わる者にとっても、多くの示唆を与えてくれます。年齢だけで可能性を狭めず、患者さんの身体の状態、お気持ち、生活背景をあわせて診ていくこと。これは、高齢者歯科医療においてとても大切な姿勢だと、改めて感じさせられました。

参考文献
1. Levy BR, Slade MD. Aging Redefined: Cognitive and Physical Improvement with Positive Age Beliefs. Geriatrics (Basel). 2026;11(2):28.
2. Levy BR, Slade MD, Kasl SV. Longitudinal Benefit of Positive Self-Perceptions of Aging on Functional Health. J Gerontol B Psychol Sci Soc Sci. 2002;57(5):P409-P417.
3. Levy BR, Slade MD. Role of Positive Age Beliefs in Recovery From Mild Cognitive Impairment Among Older Persons. JAMA Netw Open. 2023;6(4):e237707.
4. Effect of physical and psychological status on oral health quality of life of complete denture wearers. BMC Oral Health. 2022.
5. Predicting denture satisfaction and quality of life in completely edentulous: the role of dentist communication and patient psychological factors. 2021.
6. Impacts of Denture Retention and Stability on Oral Health-Related Quality of Life, General Health, and Happiness in Elderly Thais. 2019.

元のページへもどる