バットが眠っていた場所 ― 南砺バットミュージアム訪問記 福光という町のこと、 あるいは私の無知について
バットが眠っていた場所
― 南砺バットミュージアム訪問記
福光という町のこと、
あるいは私の無知について
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富山県南砺市福光が、日本のプロ野球を長年支えてきたバット産地のひとつであることを、私はこの旅に出るまで知らなかった。
恥ずかしい話である。数十年にわたって野球を愛し、打席ではそれなりに真剣に凡打を量産してきた身でありながら、自分が握ってきた道具の出自すら知らなかったのだから。まあ、知らないことは世の中にたくさんあるし、私の場合それが人より少し多いだけだと思うことにしている。
嶋さんという人
南砺バットミュージアム。入り口をくぐると、館長の嶋信一さんが声をかけてくださった。
嶋さんは、小・中・大学と野球部の監督を歴任し、富山県軟式野球連盟の副会長、南砺市野球協会の会長として、地域の野球をずっと支えてきた人である。その嶋さんがこのミュージアムを開いたきっかけは、地元の老舗バット工場の廃業だった。閉じられた倉庫の中に、プロ野球選手たちのバットが、誰にも知られないまま眠っていたのだという。
その話を聞いて、なんとなく胸が痛くなった。うまく説明できないのだが、そういう気持ちになった。
嶋さんはそのバットたちを引き継ぎ、2012年にここを開設した。展示品を単なるコレクションとしてではなく、福光の歴史として残したい。その思いが、話の端々ににじんでいた。知識は豊富なのに少しも偉そうでなく、気さくで、話が面白い。気がつけば予定をずいぶん超えて聞き入っていた。こういう人に会えると、旅に来てよかったと思う。
掛布、バース、クロマティ
展示の中に、掛布雅之、ランディ・バース、ウォーレン・クロマティの名を見つけた瞬間、思わず声が出そうになった。辛うじて堪えたのは、周囲に人がいたからである。
特定の球団に肩入れしているわけではないのだが、あの時代を実況とともに浴びた世代には、この三人の名前はちょっと特別である。1985年、バックスクリーン3連発。バース、掛布、岡田。槙原から放たれた三本のアーチは、昭和の終わりに少年期を過ごした者たちにとって、妙に鮮明に残っている映像のひとつだ。
クロマティの独特の構え、バースの静かで少し怖い打席の佇まい、掛布の鋭い始動。あのころのセ・リーグは荒々しくて、雑多で、なんというか人間くさかった。展示されたバットの前で、私はしばらくそんなことを考えていた。
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バットを握る
この館のいいところは、一部のバットを実際に握れることだ。
手にした瞬間、あらためて思うのだが、こういうことは握ってみないとわからない。長さ、太さ、ノブの形状、グリップの細さ、重心の位置。ある一本は先端に重さが乗っており、振り出すとヘッドが走る感じがした。別の一本はグリップが細くて、指がすっと巻きついた。同じバットなのに、一本ごとにずいぶん違う。
道具にこだわるからこそプロなのだ、とあらためて思った。わかってはいたが、握るとより実感する。ただし私がこの知見を今後どこかで活かせるかというと、それはたぶん難しい。
非力な打者の、ささやかな計算
バットを握りながら、昔の打席のことをぼんやり思い出していた。
私は追い込まれるまでは、相手の最も速いインローのストレート一球だけに絞って立つ、というのが自分の方針だった。なぜかというと、自分程度の打者に対して相手バッテリーがわざわざ変化球で崩しにくるとは思えない。速い真っすぐを内角低めに投げれば十分だと思われているはずだ、と決めつけていたからである。
要するに舐められていることを前提にして、打席に立っていたわけだ。
これで打てたかというと、それはまた別の話なのだが、待つ球を決めてから入る、という姿勢だけはいつも本気だった。そういう経験があるせいか、展示されたバットの違いが、どの球を待っていた打者なのか、という目で見えてくる気がした。気がした、というだけで、実際のところはわからないけれども。
知らなかったこと
嶋さんの話を聞いていて、子どもの頃に使ったバットのことを思い出した。
あのころ、バットの産地など気にしたことがなかった。SSKやミズノのロゴだけを見ていた。しかし実際には、福光の職人が木地を削り、それが大手メーカーに納められて全国に出回っていた、という構造があったのだ。福光の名前が表に出ることなく、この土地のバットはずっと全国の打席に立ち続けていたわけである。
嶋さんが倉庫から救い出したのは、そういうものでもあったのだろうと思う。
次は製造の現場も見てみたい。木がバットになるまでの工程を、自分の目で見たいという気持ちが、帰り道にはずいぶん強くなっていた。
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おわりに
南砺バットミュージアムは、派手な場所ではない。しかし、野球が好きな人間にはこたえられない場所だと思う。嶋さんの話を聞きながらバットに触れていると、記録とか数字とか、そういうものとは少し違う角度から野球に触れている感じがした。
打席に立つことはもうないが、インローの速いストレートをフルスイングするつもりで立つ、という心構えだけは、今も自分の中にある。我ながら、どこかに置き忘れてきた気もするのだが、たぶんまだある。
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