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「頭を何度も打つと、将来が心配」は本当か ――CTEとTESという概念を 論文から読み解く

「頭を何度も打つと、将来が心配」は本当か
――CTEとTESという概念を
論文から読み解く
 
「昔、よく頭を打っていた」「転倒して頭をぶつけた」――そういった経験が、将来の認知機能や脳に影響を与えることはあるのでしょうか。
近年、この問いに向き合う研究が世界で積み重なっています。今回は、繰り返す頭部外傷と脳への長期的な影響を理解するうえで重要な2本の論文をもとに、CTE(慢性外傷性脳症) と TES(外傷性脳症候群) という概念を、できるだけわかりやすくご紹介します。
難しく聞こえますが、大事なことは一つです。「頭への衝撃が重なることは、脳にとってよいことではないかもしれない」ということです。
 
まず、CTEとTESって何が違うの?
この2つはよく混同されますが、意味がまったく違います。
CTEは、亡くなったあとにしかわからない病理診断名です。
脳の組織を顕微鏡で詳しく調べて、特定の異常が見つかったときに初めて「CTEだった」とわかります。生きているあいだに確定する方法は、現時点ではまだありません。
TESは、生前に「この人はCTEを背景に持つ可能性がある」と整理するための臨床概念です。
確定診断ではなく、研究や評価のための枠組みです。
つまり、CTEが「病理の話」、TESが「診察室での話」です。この区別を頭に入れておくと、以下がとてもわかりやすくなります。
 
論文① CTEとはどんな脳の変化なのか
McKee AC, Stein TD, Huber BR, et al.Acta Neuropathologica. 2023;145(4):371–394.PMID: 36759368 / DOI: 10.1007/s00401-023-02540-w
この論文が整理したこと
CTEという概念は以前から存在していましたが、「どんな変化があればCTEと言えるのか」の基準がばらついていました。この論文は、その診断基準を改訂・整理し、反復する頭部外傷との関係をまとめたレビュー論文です。
 
CTEに特有の変化とは
この論文が最も重要視しているのは、CTEに特徴的な脳の変化が明確に示されたことです。
その変化というのは、
脳の表面のしわ(脳回)の底の部分で、細い血管のまわりに、神経細胞の中の「タウ蛋白」が異常にたまってくる
というものです。
「タウ蛋白」は、神経細胞の内側の骨組みを支える蛋白質です。通常はきちんと働いていますが、異常な形に変化して細胞内にたまってくると、神経細胞にとっての障害になります。タウ蛋白の異常はアルツハイマー病でも起こりますが、CTEではたまる場所のパターンが異なります。この論文では、その場所の違いこそがCTEを他の病気と区別するポイントだと強調されています。
つまり「タウが多かった」だけではなく、「どこに・どんな形でたまっているか」が大切で、それがCTEの診断の核心だということです。
頭部外傷との関係はどのくらい強いのか
論文によると、報告されているCTE症例の97%以上に、反復する頭部外傷への曝露が確認されています。さらに、アメリカンフットボールへの参加年数が長いほどCTE病理の程度が重い、という量反応関係(「多いほど影響が大きい」という傾向)も紹介されています。
これは観察研究に基づくデータなので「絶対的な因果証明」ではありませんが、著者らは「この関係を否定する有力な証拠は乏しい」と述べており、繰り返す頭部外傷がCTE病理に深く関わっているという見方を支持する内容です。
 
論文② 生前に「CTE関連かもしれない」とどう評価するか
Katz DI, Bernick C, Dodick DW, et al.Neurology. 2021;96(18):848–863.PMID: 33722990 / DOI: 10.1212/WNL.0000000000011850
この論文が解こうとした問題
CTEは生前に確定できない。でも現実には、「昔から頭への衝撃が多く、最近もの忘れがひどくなった」「感情のコントロールが難しくなった」という方が診察室に来られます。そういった方をどう評価し、研究に組み入れるかの枠組みが必要でした。
そこでNINDS(米国国立神経疾患・脳卒中研究所)が専門家を集め、TESのコンセンサス(合意)診断基準としてまとめたのがこの論文です。
 
TESの診断で重視される4つのポイント
① 繰り返す頭部外傷への相当な曝露があること
スポーツや日常生活で、頭部に何度も衝撃を受けた経歴があること。
② 認知障害、または感情・行動のコントロール障害があること
認知障害は「もの忘れ」だけではなく、集中力の低下や段取りを立てる力(遂行機能)の低下も含みます。感情・行動の障害とは、怒りっぽくなる・感情が不安定になる・衝動的になるといった変化を指します。
③ 症状が進行性であること
時間とともに悪化していく経過があること。
④ 他の病気だけでは十分に説明できないこと
うつ病・アルツハイマー病・前頭側頭型認知症・薬の副作用・睡眠障害など、似た症状を引き起こす病気との見極めが必要です。
大切な注意点
この基準は研究用のコンセンサス基準であり、「TESと判断された=CTEが確定した」ということにはなりません。論文自体が過剰診断への注意を呼びかけています。この姿勢は科学的に誠実で、重要なポイントです。
 
 
2本を並べて読むと、何が見えてくるか
 
 
この2本が共通して伝えているのは、繰り返す頭部への衝撃は、将来の脳の神経変性に関わりうるということです。影響は認知機能の低下にとどまらず、感情・行動の変化や、進行例ではパーキンソン症候群様の運動症状(手が震える、動作が遅くなるなど)として現れる可能性も報告されています。
 
歯科・訪問診療の現場で考えること
この話は「プロスポーツ選手の問題」として語られることが多いですが、私が訪問歯科診療で日々思うのは、転倒を繰り返す高齢者のことです。
 
転倒して頭を打っても、「大したことない」「病院に行くほどではない」と判断され、そのまま経過することが少なくありません。しかし軽い衝撃であっても、それが何度も重なれば、まったく無視できないかもしれないということを、この研究は示しています。
訪問診療では、認知症・骨粗鬆症・フレイル・筋力低下・多くの薬を服用されている方など、転倒しやすい条件が重なる患者さんに多く出会います。私は口腔ケアや食支援を行いながら、転倒歴や受傷後の変化についても気にかけるようにしています。
転倒予防は骨折予防だけでなく、脳を守るためにも大切です。
「最近もの忘れが増えた」「怒りっぽくなった気がする」「転倒が続いている」という方やそのご家族は、かかりつけ医や専門医にご相談ください。
 
まとめ
CTEは死後の病理診断。脳の特定の場所に「異常なタウ蛋白」が集まる変化が特徴的です。
TESは生前の評価のための研究概念。CTEの確定診断ではありません。
共通して示しているのは、「頭部への衝撃が繰り返されることは、脳にとって長期的なリスクになりうる」ということです。
高齢者の転倒・頭部打撲も、この文脈で捉え直すことに意味があります。
 
参考文献
1. McKee AC, Stein TD, Huber BR, et al. Chronic traumatic encephalopathy (CTE): criteria for neuropathological diagnosis and relationship to repetitive head impacts. Acta Neuropathol. 2023;145(4):371–394. PMID: 36759368. DOI: 10.1007/s00401-023-02540-w
2. Katz DI, Bernick C, Dodick DW, et al. National Institute of Neurological Disorders and Stroke Consensus Diagnostic Criteria for Traumatic Encephalopathy Syndrome. Neurology. 2021;96(18):848–863. PMID: 33722990. DOI: 10.1212/WNL.0000000000011850
 

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