MRONJ(薬剤関連顎骨壊死)の現在地 ― 変化するリスクと私たちができること ―
MRONJ(薬剤関連顎骨壊死)の現在地
― 変化するリスクと私たちができること ―
こんにちは。
先日、白井聖仁会病院にて「医歯薬研修会」が開催されました。医師・歯科医師・薬剤師が連携して患者さんを支えるための勉強会で、私は地域の保健医療を担当する立場として運営のお手伝いをしてまいりました。
今回のテーマは「MRONJ(薬剤関連顎骨壊死)」。骨粗鬆症やがんの治療薬によって顎の骨が露出してしまう病気ですが、2023年に発表された最新の指針(ポジションペーパー2023)の内容を踏まえ、今あらためてお伝えしたいポイントを整理しました。
1. MRONJとはどんな病気?
MRONJとは Medication-Related Osteonecrosis of the Jaw の略で、「薬剤関連顎骨壊死」と訳されます。骨を強くしたり、がんの骨転移を抑えたりするお薬の副作用として、顎の骨が壊死(細胞が死んでしまう)し、口の中に骨が露出してしまう状態です。
初期には違和感や腫れ・痛みとして現れますが、感染が加わると顎の骨が溶けたり、皮膚に穴が開いたりすることもある深刻な病態です。
2. 関連するお薬の幅が広がり、リスクが複雑に
かつては「ビスホスホネート製剤(BP)」という骨粗鬆症の薬が主な原因とされてきました。しかし現在では、原因となり得る薬剤の幅が非常に広がっています。
■ 現在 MRONJ に関連するとされる主な薬剤
∙ ビスホスホネート製剤(アレンドロン酸、ゾレドロン酸など)
∙ デノスマブ(プラリア®・ランマーク®)
∙ 血管新生阻害薬(ベバシズマブなど)
∙ 免疫調整薬(サリドマイド、レナリドミドなど)
∙ mTOR 阻害薬(エベロリムスなど)
⚠ 特に注意が必要:「多剤併用」によるリスクの上昇
高齢化に伴い、骨のお薬だけでなく、リウマチのお薬・抗がん剤・ステロイドなどを組み合わせて使用するケースが増えています。複数の薬剤が重なることで、単独使用よりも顎骨壊死のリスクが高まることが報告されています。
3. 「休薬」よりも「感染・炎症のコントロール」を
2023年の最新指針で最も強調されているのは「抜歯の際に安易に薬を休まない(休薬しない)」という考え方の変化です。
■ なぜ休薬しないのか?
以前は「数ヶ月薬を止めてから抜歯する」のが標準的でした。しかし現在は、
∙ 薬を止めることで骨折リスクが急増する(特に骨粗鬆症の方)
∙ 休薬してもMRONJの発症率はほとんど変わらないという研究結果がある
という理由から、骨粗鬆症治療薬では原則として休薬しない方向に見直されています(がん治療薬については個別の検討が必要です)。
■ では、何が本当に重要なのか?
お口の「感染」と「炎症」をいかに抑えるか
顎骨壊死は、お薬を飲んでいるだけで突然起こるわけではありません。多くの場合、次のような「慢性的な炎症」が引き金となります。
∙ ひどい歯周病の放置
∙ 根の先に溜まった膿(根尖性歯周炎)
∙ 合わない入れ歯による傷や粘膜の慢性的な刺激
これらの炎症があるところに、骨の代謝が薬で変化している状態が重なると、壊死が生じやすくなります。逆に言えば、お口の炎症をしっかりコントロールすることが、MRONJを防ぐうえで最も効果的な対策です。
4. 医科・歯科・薬局の「連携」こそが、これからの鍵
薬剤の多様化が進む今、MRONJを防ぐために最も重要になるのが「情報の共有」と「三者の連携」です。ここでは、連携が機能したケースと、うまくいかなかったケースを具体的にご紹介します。
■ うまくいかなかったケース(残念ながら実際に起こりやすい例)
70代の女性。整形外科でビスホスホネート製剤を5年間服用中。
奥歯が痛くなり、かかりつけ歯科を受診。
歯科では「服用薬の情報がなかったため」通常通り抜歯を実施。
抜歯窩がなかなか治癒せず、数週間後に骨が露出。MRONJと診断。
このケースで問題となったのは、「どんな薬を飲んでいるか」が歯科医師に伝わっていなかったことです。お薬手帳を持参していなかった、または「骨のお薬を飲んでいます」と申告する習慣がなかったために、適切な事前対応ができませんでした。
■ うまくいったケース(連携が機能した例)
65歳の男性。内科でデノスマブ(プラリア®)を使用中の骨粗鬆症患者。
歯科受診の際にお薬手帳を提示。
歯科医師がデノスマブ使用を確認し、処方した内科医に連絡を取って情報共有。
口腔内の感染巣(歯周病・根尖病変)を先に治療・安定させた上で抜歯を実施。
抜歯後も問題なく治癒し、MRONJを予防できた。
このケースでは、「お薬手帳の持参 → 歯科医師による確認 → 医科への連絡 → 口腔管理の徹底」という連携の流れが機能しました。
■ 薬剤師の役割も変わってきています
薬局での服薬指導の場でも、最近は「抜歯や外科処置を受ける予定がある場合はかかりつけ歯科医師にこの薬の情報を伝えてください」と案内するケースが増えています。薬剤師が患者さんと医科・歯科をつなぐ「橋渡し役」になれるかどうかが、今後ますます重要になります。
■ 「連携」をさまたげているものとは
連携がうまくいかない背景には、次のような現実があります。
∙ 「歯科は別もの」という意識:内科や整形外科で処方されるお薬が口腔に影響することを、患者さん自身が知らないことが多い
∙ 情報の分断:複数の診療科にかかっていても、処方情報が一元管理されていない
∙ 申告の習慣がない:「歯科には関係ないと思った」とお薬を伝えないまま受診するケース
これらを解消するために、私たちのような地域の研修会で、医師・歯科医師・薬剤師が顔を合わせて情報共有することに意義があります。
5. 当院での取り組みと皆さまへのお願い
当院では最新のガイドラインに基づき、以下の対応を行っています。
∙ 初診時・定期健診時に、服用中の薬剤を必ずお聞きしています
∙ 骨粗鬆症・がん治療・免疫疾患などの薬剤を服用中の方には、処置前に主治医と連絡を取っています
∙ 「炎症のない清潔なお口づくり」を優先した治療計画を立てています
皆さまへのお願いは、たった一つです。
受診の際は必ずお薬手帳をお持ちください。
「歯科には関係ないかな」と思うお薬でも、ぜひ見せてください。その一冊が、皆さまの顎を、そして全身の健康を守ることにつながります。気になることがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。
【参考文献】
1. 顎骨壊死検討委員会:薬剤関連顎骨壊死の病態と管理:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023.
2. 佐藤一道:MRONJに対する最新の考え方と腐骨の肉眼所見・画像所見(2026年1月24日ミニセミナー資料)
