運動すると、体の中で何が起きている? ― 最新の研究から見えてきたこと ―
運動すると、体の中で何が起きている?
― 最新の研究から見えてきたこと ―
「運動は体によい」とよく言いますよね。
体力がつく、血流がよくなる、体重管理に役立つ……そういったイメージは多くの方が持っておられると思います。
でも最近、研究者たちはさらに踏み込んだことを調べはじめています。**「運動したあとの血液の中身が変わることで、がん細胞のふるまいにまで影響が出るかもしれない」**というのです。
もちろん、「運動すればがんが治る」という話ではありません。でも、体を動かすことの意味が、これまで考えていたよりずっと深いところまで届いている可能性が、少しずつ見えてきています。
運動した直後の血液を、
がん細胞にかけてみたら
2025年、国際的ながん専門誌に興味深い研究が掲載されました。
研究者たちは、運動習慣の少ない50〜78歳の男女30人に、短時間の高強度自転車こぎをしてもらいました。そして、運動の前と後に採血し、その血液の液体成分(血清)を培養した大腸がん細胞にふりかけて、何が起きるかを観察したのです。
ちょっと不思議な実験ですよね。
結果として、運動後の血清を加えたがん細胞では、傷ついたDNAを修復しようとする遺伝子が活発になり、細胞が増えようとするシグナルが弱まる方向に変化したことが確認されました。
つまり、「運動した人の血液には、何か変わった成分が含まれていて、それながん細胞に作用した」ということです。
なぜそんなことが起きるの?
実は、筋肉は単なる「体を動かすための部品」ではありません。動かすことで、さまざまな物質を血液中に放出する**「分泌臓器」**としての顔も持っています。
筋肉から出るこういった物質は「マイオカイン」と総称されています。運動すると、このマイオカインが血液中に増え、全身の細胞に何らかの信号を届けると考えられています。
2025年には乳がんサバイバー32人を対象にした別の研究でも、似たような結果が出ています。筋トレやHIIT(高強度インターバルトレーニング)を1回行っただけで血中のマイオカインが有意に上昇し、その血清を使った培養実験で、乳がん細胞の増殖が20〜29%程度抑えられたことが示されました(Bettariga F, et al. Breast Cancer Res Treat. 2025)。
1回の運動でこれだけの変化が起きるというのは、なかなか驚きではないでしょうか。
ただし、「試験管の話」と「人間の話」は
別です
ここで大切なことをお伝えします。
上の2つの研究は、どちらも培養皿の中の細胞で起きた変化です。「運動後の血液が、試験管の中のがん細胞に影響を与えた」とは言えますが、それだけで「運動すればがんが治る」とは言えません。
人の体はずっと複雑で、培養細胞の実験結果がそのまま当てはまるとは限らないからです。
では、実際に人間を対象にした研究ではどうでしょうか。
大規模な臨床試験で「予後が改善した」という結果が出た
2025年、医学界で大きな話題になった試験結果が発表されました。
世界55施設で行われたCHALLENGE試験では、大腸がんの手術と補助化学療法を終えた患者さん889人を、くじ引きで2つのグループに分け、3年間追跡しました。一方のグループには構造化された運動プログラムを、もう一方には健康に関する教育資材のみを提供し、その後の経過を比較したのです。
結果は明確でした。
5年後に再発なく生存していた割合は、運動グループ80.3%・教育のみのグループ73.9%(ハザード比0.72、統計的に有意な差)。
さらに**8年後の全生存率でも、運動グループ90.3%・教育のみのグループ83.2%**と、運動グループのほうが良好な結果でした(Courneya KS, et al. N Engl J Med. 2025)。
がんの予後研究において、これだけ明確な差が出るのは珍しいことです。「運動」が、がん術後の患者さんの経過に、実際に関わりうることを示した、非常に重要な試験といえます。
ひとつ正直にお伝えすると、この試験では運動グループのほうが筋肉痛や関節痛などの筋骨格系トラブルが多く(18.5% vs 11.5%)、運動にリスクがゼロではないことも示されています。「運動すればいい」と単純に言えない側面もあることは、きちんとお伝えしておきたいと思います。
では、どんな運動をすればよいのか
「ゼロか百か」で考えなくて大丈夫です。
現在の運動腫瘍学(がんと運動を専門に研究する分野)では、まず**「座りっぱなしを減らすこと」**が最初の一歩とされています。激しい運動でなくても、少し体を動かすことに意味があるという考え方です。
一般的にがん経験者に推奨されている運動の目安は、以下のとおりです。
∙ 有酸素運動(早歩き・水泳・軽い自転車こぎなど):週3回以上、1回30分程度
∙ レジスタンス運動(スクワット・軽いウエイトトレーニングなど):週2回程度
ただし、これはあくまで「目安」です。治療中か治療後か、手術の内容、貧血の有無、骨への転移、心肺機能の状態、しびれや痛みの程度などによって、適切な運動はまったく変わってきます。治療中や治療後間もない方は、必ず主治医や理学療法士に相談してから始めてください。
歯科の立場から、ひとこと
「なぜ歯科医師がこんな話を?」と思われた方もいるかもしれません。
私が運動の話をするのは、「口で食べること」と「体を動かすこと」が、深いところでつながっていると感じているからです。
体を動かす習慣が保たれると、食欲・筋力・日常生活の動作が維持されやすくなります。それは自然と、「しっかり噛んで、口から食べ続けられる力」を守ることにもつながっています。
反対に、体を動かさなくなると、筋力が落ち、食欲が下がり、やがて食べる量が減って、栄養状態が悪化する……という悪循環に入りやすくなります。これはフレイル(加齢による心身の虚弱)の典型的な経過でもあります。
特に高齢の方では、「歩く」「立つ」「噛んで食べる」という一見バラバラに見える機能が、実はひとつながりのものです。口の健康だけを切り離して守ろうとするより、全身の活動性を保つことが、長い目で見てお口の健康を支える土台になると考えています。
まとめ
∙ 短時間の運動でも、血液中の成分(マイオカインなど)は変化します
∙ 運動後の血液が、培養したがん細胞の遺伝子発現や増殖に変化をもたらすという研究が報告されています(大腸がん・乳がん)
∙ 大規模な臨床試験(CHALLENGE試験)で、術後の構造化運動が大腸がんの再発抑制・生存改善に関わることが示されました
∙ 運動にはリスクもあります。治療中の方は必ず主治医と相談を
∙ まずは「座りっぱなしを減らすこと」から始めましょう
∙ 「よく動ける体」は、「よく食べられる口」とつながっています
参考文献
1. Orange ST, et al. Exercise serum promotes DNA damage repair and remodels gene expression in colon cancer cells. Int J Cancer. 2025. PMID: 41387212.
2. Courneya KS, et al. Structured Exercise after Adjuvant Chemotherapy for Colon Cancer. N Engl J Med. 2025;393(1):13–25. PMID: 40450658. DOI: 10.1056/NEJMoa2502760.
3. Bettariga F, et al. A single bout of resistance or high-intensity interval training increases anti-cancer myokines and suppresses cancer cell growth in vitro in survivors of breast cancer. Breast Cancer Res Treat. 2025;213(1):171–180. PMID: 40608178. DOI: 10.1007/s10549-025-07772-w.
4. American Cancer Society. Nutrition and Physical Activity Guideline for Cancer Survivors. CA Cancer J Clin. 2022.
5. Exercise recommendations for older adults living with and beyond cancer: consensus statement, 2026. PMC: 12778376.
6. American College of Sports Medicine (ACSM). Cancer & Exercise Resources. 2026 update.
