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【歯医者の提言】 大腿骨骨折の5年生存率は49% 「一部のがん」より厳しい現実と、 命を救う医歯薬連携の真の目的

【歯医者の提言】
大腿骨骨折の5年生存率は49%
「一部のがん」より厳しい現実と、
命を救う医歯薬連携の真の目的
 
■ はじめに:印旛郡市歯科医師会が前回開催した医歯薬連携研修会では、「顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023(PP2023)」に基づき、「抜歯時に骨粗鬆症治療薬を原則として休薬しない」という最新指針の共通認識を参加者全員で確立しました。
来月の研修会では、そこからさらに踏み込みます。テーマは「なぜ連携が必要なのか、そしてどう連携すれば命を救えるのか」。今回のブログ記事は、その研修会に先駆けた第二弾として、連携の医学的根拠と具体的な仕組みをお伝えします。
■ 1. 衝撃のデータ:大腿骨骨折は「一部のがん」より予後が悪い
まず、多くの方が知らない数字をご覧ください。
日本国内での10年間の追跡調査(Tsuboi M, et al. J Bone Joint Surg Br. 2007)によると、大腿骨近位部(太ももの付け根)を骨折した患者さんの5年生存率は約49%です。
骨折した高齢者の約半数が、5年以内に亡くなっている——この数字の重さを、ぜひ受け止めてください。
比較のために挙げると、日本における全がん平均の5年生存率は66.2%(国立がん研究センター)です。つまり、大腿骨骨折は「平均的ながん」より生存予後が悪いのです。
なぜこれほど深刻なのか。それは「骨折そのもの」だけが問題ではないからです。一度骨折すると、次の骨折リスクは3〜4倍に跳ね上がります(いわゆる「ドミノ骨折」)。骨折を機に活動量が激減し、廃用症候群・誤嚥性肺炎・心不全・深部静脈血栓症といった合併症が連鎖的に発生する——この「骨折の負の連鎖」こそが、生存率を大きく押し下げています。
骨折は「骨の問題」ではなく、「命の問題」です。
■ 2. 「予防後進国」日本の現実:世界との圧倒的な差
世界最高水準の高齢化社会を誇る日本ですが、骨粗鬆症の予防体制に関しては、主要先進国に大きく遅れをとっています。以下に3つの指標を挙げます。
【指標1】骨密度検診(スクリーニング)率
日本:4.4〜5.5%
米国(高齢女性等):約56%
→ 米国の10分の1以下。日本では「骨折して初めて骨の弱さに気づく」ケースが後を絶ちません。
【指標2】骨折後の骨粗鬆症治療継続率(1年)
日本:約20%
諸外国:課題はあるが日本は特に低い水準
→ 骨折した患者さんの5人に4人が、1年以内に治療を中断しています。
【指標3】医療費全体に占める予防医療の割合
日本:2.4%
OECD平均:3.4%(OECD Health Statistics 2025)
→ 予防への投資が少ない分、重症化してから対応するという構図が続いています。
薬の副作用への不安、治療効果が実感しにくいこと、医療機関間の情報共有不足——これらが複合的に「治療中断」を生んでいます。
 
■ 3. なぜ「歯科医師」が足の骨折予防に関わるのか?
「歯医者が、なぜ足の骨の話をするの?」と思われる方も多いでしょう。しかし、そこには明確な医学的根拠があります。
 
(1)パノラマX線写真による骨粗鬆症の早期発見
歯科で日常的に撮影するパノラマX線写真(全顎を映す全体写真)では、下顎骨の骨密度や皮質骨の形態変化を観察できます。これを活用した骨粗鬆症スクリーニングの有効性は複数の研究で報告されており、無症状の段階で骨の異常を疑う「気づきの窓口」として機能します。
(2)咬合(噛み合わせ)の安定が転倒を防ぐ
骨折の最大原因は「転倒」です。噛み合わせのバランスが崩れると、頭部の重心がずれ、姿勢の安定性が低下することが報告されています。義歯の不適合や咬合崩壊は、転倒リスクを静かに高めている可能性があります。歯科治療による咬合の回復は、転倒予防に直結するのです。
(3)咀嚼機能の維持が骨の材料を届ける
しっかり噛めることは、栄養摂取の大前提です。咀嚼機能が低下すると、骨の材料となるタンパク質・カルシウム・ビタミンDの摂取が慢性的に不足し、骨粗鬆症の悪化に拍車をかけます。口の健康が、全身の栄養状態を守っています。
(4)MRONJの予防で薬を「続けられる環境」を作る
骨粗鬆症治療の中心となるビスホスホネート製剤やデノスマブは、命を守る薬です。しかし、口腔内の管理が不十分なまま抜歯や外科処置を行うと、薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)のリスクが高まります。歯科医師が口腔内を適切に管理することで、患者さんが安心して骨粗鬆症治療を継続できる環境を整えることができます。
 
■ 4. 薬剤師こそが「医歯薬連携」の真の仲介役
歯科医院で「骨密度の検査に整形外科へ行ってください」と伝えても、患者さんは戸惑います。「歯医者さんが、なぜ?」という疑問が受診の壁になるのです。
この壁を取り除く力を持っているのが、薬剤師さんです。
たとえば、こんなシナリオが考えられます。
歯科医師が患者さんのパノラマ写真に骨粗鬆症の疑いを認め、お薬手帳に所見を記載。その後、薬局でお薬手帳を確認した薬剤師さんが、「歯科の先生が気にされていたのは、今服用中の(あるいは将来使うかもしれない)骨の薬を、安全に・長く使い続けるためなんですよ」と丁寧に補足する。
専門家が異なる場面で重ねて説明することで、患者さんの「受診しよう」という意思決定は格段に後押しされます。
また、薬剤師さんは治療継続の「番人」でもあります。骨粗鬆症の薬は効果が目に見えにくく、自己判断で中断されやすい薬の代表です。薬局での定期的な服薬確認を通じて、中断の兆候を早期に察知し、処方医や歯科医へフィードバックする——この役割は、他の職種には代替できません。
歯科と整形外科の間を薬剤師がつなぐ「救命のトライアングル」。これが、医歯薬連携の真の目的です。
 
■ 5. 来月の研修会:「ルール」から「救命の仕組み」へ
前回の研修会で確立した「PP2023に基づく休薬原則なし」という共通認識は、あくまでも「土台」です。
来月の研修会では、そこから踏み出し、実際にどのような連携フローで患者さんの命を守るか、具体的な仕組みづくりを議論します。
歯科での気づき → 薬剤師による情報の橋渡し → 整形外科での確実な診断・治療 → 歯科・薬局での継続サポート
この流れを印旛郡市の医療現場に根付かせることが、私たちの目標です。
 
■ まとめ:5年生存率49%を変えるために
大腿骨骨折という「骨折」が、なぜ「がん以上に命に関わる」のか。そして、歯科医師と薬剤師がそれぞれの専門性を活かすことで、どのように患者さんの命を守れるのか——今回お伝えしたかったのはこの一点です。
5年生存率49%という数字を変えられるのは、医科・歯科・薬局が一人の患者さんを中心に支え合う体制だけです。
 
■ 次回予告
次回は、「骨粗鬆症は歯周病の重大な増悪因子である」というメカニズムを深掘りします。骨が弱くなると、歯を支える歯槽骨も例外なく脆くなります。骨を守ることは、歯を守ること——その医学的根拠を、わかりやすく解説します。
 
■ 参考文献
1. Tsuboi M, et al. Mortality and mobility after hip fracture in Japan: a ten-year follow-up. J Bone Joint Surg Br. 2007;89(4):461-6.
2. 顎骨壊死検討委員会.薬剤関連顎骨壊死の病態と管理:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023.
3. OECD Health Statistics 2025.
4. 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全がん5年生存率).
5. Japanese Society for Bone and Mineral Research (JSBMR). Diagnostic criteria for osteoporosis.
6. Osteoporosis liaison service in Japan, ResearchGate 2019.
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