【高齢者の隠れた危機】「トイレに行きたくない」が招く脱水・ドライマウス・せん妄
# 【高齢者の隠れた危機】
「トイレに行きたくない」が招く
脱水・ドライマウス・せん妄
**わかな歯科 院長ブログ**
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「お父さんが急にボーッとして、話がかみ合わない」
「夜中に突然起き出して、家に帰ると言い張る」
「昨日まで普通だったのに、今日は別人みたい」
このような場面に心当たりはないでしょうか?多くのご家族が「認知症が一気に進んでしまった」と感じ、大変驚かれます。しかしその背景には、**「水分不足(脱水)」や「トイレへの恐怖」**が深く関係していることが少なくありません。適切に対応すれば改善が期待できるケースも多いため、今日はこの問題を、摂食嚥下リハビリテーション(食べることや飲み込みのリハビリ)に、口腔ケアの視点も交えながらお伝えします。
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## すべての始まりは「トイレに行きたくない」という気持ち
高齢者の方、特に足腰が弱くなった女性に多いのが、「水分を意識的に控える」という行動です。これは決して怠けているのではなく、**尊厳を守ろうとする真剣な自己防衛の行動**です。「間に合わず失禁してしまった」「夜中にトイレへ行って転ぶのが怖い」「段差がつらい」——こうした切実な経験が積み重なって、「水を飲まなければトイレに行かなくて済む」という判断につながります <sup>[3][4][11][15]</sup>。
しかし、この判断が深刻な悪循環の出発点になってしまうのです。
さらに、「水を飲まないとトイレが減る」というのは大きな誤解でもあります。水分を控えると膀胱が十分に広がる機会が減り、萎縮して粘膜が過敏になります。その結果、わずかな尿量でも「強い尿意」を感じるようになり、**「飲んでいないのにトイレが近い」**という状態になるのです <sup>[10][11]</sup>。水分制限がトイレ問題をかえって悪化させるというパラドックスが、ここに生じています。
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## 脱水が「脳を狂わせる」──せん妄が起きる仕組み
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高齢者は体内の水分量がもともと少なく、加齢とともに「のどの渇き」を感じる感覚も鈍くなるため、自覚のないまま脱水が進みます <sup>[2][3][11][13]</sup>。脱水が進むと、血液中のナトリウムなど電解質(体液のバランスを保つミネラル)の濃度が変化し、神経細胞の働きが乱れて**脳全体のネットワーク機能が低下**します。この結果として起こるのが、**「せん妄(せんもう)」**です <sup>[1][2][5][14]</sup>。
せん妄は認知症と混同されがちですが、全く異なります。認知症が月〜年単位でゆっくり進行するのに対し、せん妄は**数時間〜数日という急激な変化**として現れます <sup>[14][16]</sup>。意識が曇ったり回復したりと波があり、「急に話がかみ合わない」「夜中に『家に帰る』と騒ぐ」「物が盗まれたと言い張る」といった症状が突然現れます。これは「認知症が急に悪化した」のではなく、**脱水や感染・便秘・薬剤などが引き起こした身体症状**です <sup>[16][17][18]</sup>。
重要なのは、原因を取り除けば改善しうるということです <sup>[17][19][20]</sup>。「認知症だから仕方ない」と見逃してしまうのは、大変もったいないことです。
そして脱水はせん妄を引き起こし、せん妄になると水分を飲めなくなるという**「脱水→せん妄→さらなる脱水」の悪循環**が生じます <sup>[5][6][12]</sup>。この連鎖が長引くほど、認知機能やADL(日常生活動作)の回復が難しくなります <sup>[6][17][19]</sup>。
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## 脱水は「口の中」に最初のサインを出している
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歯科医師として特に強調したいのが、この点です。唾液は血液から作られるため、体が脱水状態になると**真っ先に唾液の量が減少**します <sup>[21][22][23][24]</sup>。口の中が乾く、唾液が粘っこくなる、舌がひび割れる、白っぽいコケ状の汚れ(舌苔)が増える——これらは単なる「口の汚れ」ではなく、**全身の水分不足と健康状態悪化の「見えるサイン」**です <sup>[23][24][25]</sup>。
唾液が減ると、口の中を洗い流す「自浄作用」が低下し、歯・歯の間・舌・義歯に食べかすや細菌が溜まりやすくなります <sup>[21][23][25]</sup>。これが誤嚥性肺炎(食べ物や細菌を含む唾液が気管に入ることで起こる肺炎)のリスクを高め、発熱や感染がまた**せん妄の引き金**になります <sup>[27][28][29][30][31]</sup>。
老年歯科の報告でも、脱水・低栄養・臥床(寝たきり状態)が続くと口腔乾燥が進み、口腔汚染と誤嚥性肺炎の悪循環が生じ、これが再入院やADL低下・死亡率とも関連することが示されています <sup>[25][32]</sup>。
「以前より食べかすが増えた」「同じケアをしているのに口がすぐ汚れる」という変化は、清掃方法の問題だけでなく、**脱水と全身状態悪化のサインかもしれない**という視点が欠かせません <sup>[24][33][25]</sup>。
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## 水分摂取量、本当に足りていますか?
在宅診療の現場では、「水分は摂れていますか?」と尋ねると多くの方が「飲んでいます」と答えますが、実際に量を確認すると驚くほど少ないケースが多いとされています <sup>[3][7][11]</sup>。
食事以外に**1日約1.2〜1.5L**が一般的な目安です <sup>[7][11][15]</sup>。また、緑茶・コーヒー・紅茶などカフェインを多く含む飲み物は利尿作用があり、大量に飲むとかえって脱水を助長することがあります <sup>[11][34][35]</sup>。尿の色が濃い・量が少ない・臭いが強い、これらも脱水のサインです <sup>[3][5][15]</sup>。
「飲んでいます」という言葉を鵜呑みにせず、具体的な量と内容を確認することが重要です。
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## まとめ──口腔ケアは全身を守る「早期警戒システム」
「トイレに行きたくないから水を飲まない」という行動は、尊厳を守ろうとする高齢者の自然な反応です。しかし結果として、**脱水→ドライマウス→誤嚥性肺炎→せん妄→認知機能低下**という深刻な悪循環を引き起こします <sup>[11][14][6][19]</sup>。
「急にボーッとした」「話がかみ合わなくなった」という変化に気づいたとき、まず「脱水が起きていないか?」「口の中が乾いていないか?」という視点を持っていただくことが、早期発見・早期回復への第一歩です。
私たち歯科医療者は、口腔ケアを通じて日々「口の中の変化」を観察できる立場にあります。舌の乾燥・粘稠な唾液・食べかすの増加といった変化をいち早くキャッチし、医師・看護師・介護スタッフと情報を共有することで、**せん妄が起きる前に介入できる可能性**が高まります <sup>[21][24][25][33][36]</sup>。
歯の治療だけでなく、**口腔ケアを通じた全身状態の見守り**を、これからも地域の皆さまの健康管理の一端として続けていきたいと思っています。気になることがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。
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## 参考文献
1. メディコムグループ「脱水によってせん妄が起こる?その他の原因や症状まで徹底解説!」https://www.mcsg.co.jp/kentatsu/health-care/5479
1. さくら在宅クリニック「高齢者の脱水とせん妄の関係とは?症状や対処法を解説します」https://sakura-r.co.jp/zaitaku/blog/dehydration-and-delirium-in-the-elderly/
1. 富士見クリニック「高齢者は脱水になりやすい?「隠れ脱水」のサインと自宅でできる対処」https://fujicl.or.jp/dehydration-treatment-home-medical-care/
1. ナース専科「【高齢者のせん妄】症状とアセスメント・ケアのポイント」https://knowledge.nurse-senka.jp/1721/
1. 白十字会「脱水とせん妄の負のスパイラル!! こまめな水分摂取のめやす(PDF)」https://hakujyujikai.or.jp/tjn/2021/wordpress/wp-content/uploads/2022/07/水分について R4.7-2.pdf
1. 富士見クリニック「急にボケた?それは「せん妄」かも。認知症との違いと家庭での対応」https://fujicl.or.jp/delirium-family-observation/
1. 梶クリニック「ご高齢の方は、脱水による認知症にご注意ください」https://kaji-clinic.com/archives/1443
1. 日本医事新報社「認知症と頻尿の関係」https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_3805
1. MCBI「脱水症とは」https://mcbi.jp/column/3336/
1. ナース専科「せん妄患者さんの身体抑制を回避するには?」https://knowledge.nurse-senka.jp/501415
1. 健康長寿ネット「高齢者の身体的特徴」https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/kenkou-undou/shintaiteki-tokucho.html
1. 健康長寿ネット「せん妄」https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/rounensei/senmou.html
1. ケアリッツ「高齢者の脱水症状のサインとは?予防や対処法についても解説!」https://www.careritz.co.jp/magazine/386406/
1. 新水会「せん妄(症状・原因・治療など)用語集」https://shinsui.net/word/05
1. 日本老年医学会「高齢者のせん妄の機序」Jpn J Geriatr 2014;51(5):417. https://jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/clinical_practice_51_5_417.pdf
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1. Inouye SK, et al. A multicomponent intervention to prevent delirium in hospitalized older patients. N Engl J Med. 1999;340(9):669-676.
1. 日本老年医学会「認知症とせん妄」Jpn J Geriatr 2014;51(5):422.
1. 健康長寿ネット「第5章 口腔ケア 7.高齢者のQOLを低下させるドライマウスへの対応」https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/gyoseki/shokuji-eiyo-kokucare/h31-5-3-7.html
1. 厚生労働省「唾液の分泌の低下、舌をはじめとする口腔機能の低下(PDF)」https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1f_0016.pdf
1. みんなの介護「【要対策】高齢者の口の渇きは感染症リスクを高める!今日から始める対策」https://www.minnanokaigo.com/news/kaigo-text/oral-care/no42/
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1. e-oral「高齢者の口腔機能低下と低栄養」https://e-oral.jp/library/library_care/972/
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1. 日本老年医学会雑誌第53巻第4号(2016年). J Jpn Geriatr Soc. 2016;53(4):379.
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1. CarenetAcademia「認知症・嚥下障害患者の入院時絶飲食と脱水、せん妄リスク増加との関連」https://academia.carenet.com/share/news/5d388161-76aa-4b80-af4a-2b50b57b455d
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