# 歯の本数と股関節まわりの骨折の関係 ― 19万人の大規模研究からわかったこと
# 歯の本数と股関節まわりの骨折の関係 ― 19万人の大規模研究からわかったこと
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## はじめに ―
「歯」と「骨折」、意外なつながり
「歯が少ない人ほど、足の付け根の骨を折りやすいかもしれない」
こう聞くと、少し意外に思われるかもしれません。歯と足の骨では、場所がまったく違うからです。ところが2025年、大阪公立大学などの研究グループが、大阪府にお住まいの75歳以上の方・約19万人を対象にした大規模な研究で、まさにこの「歯の本数」と「股関節まわりの骨折」の関係を調べた結果を発表しました(参考文献1, 2)。
足の付け根の骨折(大腿骨近位部骨折)は、高齢の方にとって寝たきりや要介護状態につながりやすい、とても深刻な骨折です。この記事では、この研究で「わかったこと」と「まだわかっていないこと」をきちんと分けながら、患者さんにもわかりやすくご紹介します。
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## どんな研究だったのか
― OHSAKA Study の概要
この研究は「OHSAKA Study(オオサカ・スタディ)」と呼ばれています。名前の通り、大阪のデータを使った研究です。
**研究の基本情報**
- 論文名:Number of Teeth and Incidence of Hip Fracture in Older Adults Aged ≥75 Years: The OHSAKA Study(参考文献1, 2)
- 研究の種類:後ろ向きコホート研究(過去に集めたデータをさかのぼって分析する方法)
- 対象者:大阪府の後期高齢者医療制度に加入する75歳以上の方、約19万人(男性 約8.1万人、女性 約11万人)
- 追跡期間:約3年間(中央値38か月)
**歯はどう調べたか**
歯科医師が親知らずを除いた最大28本の歯を一本ずつ診査しました。「健康な歯」「治療済みの歯(詰め物やかぶせ物がある歯)」「むし歯のある歯」をそれぞれ記録し、歯の本数を0本・1〜5本・6〜10本・11〜15本・16〜20本・21〜28本の6段階に分けて分析しています(参考文献1, 2)。
**骨折はどう調べたか**
医療機関への保険請求データ(レセプト)から、足の付け根の骨折(大腿骨頸部骨折・転子部骨折など)に対して手術が行われたケースだけを抽出しました(参考文献1, 2)。つまり、軽いひびや疑い例ではなく、実際に手術が必要になった骨折だけを正確にカウントしています。
**統計の工夫**
75歳以上の方を対象としているため、追跡中に骨折以外の原因で亡くなる方もいます。こうした「死亡」という競合するリスクを考慮した専門的な統計手法(Fine & Grayモデル)を使って分析しています。また、年齢や持病、服用中の薬など、骨折に影響しうる要因もできる限り調整しています(参考文献1, 2)。
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## 研究の結果 ― わかったこと
### 女性では「歯が少ないほど骨折が多い」という関連があった
もっとも大きな発見は、**女性では、残っている歯の本数が少ないほど、足の付け根の骨折が起こりやすいという統計的に意味のある関連が認められた**ということです(参考文献1, 2)。
一方、**男性ではこのような関連は認められませんでした**(参考文献1, 2)。
### 「約1.2倍」という数字について
大阪公立大学のプレスリリースでは、「歯が20本以下の高齢女性は骨折リスクが約1.2倍」と紹介されています(参考文献3)。この表現はわかりやすさを重視した要約であり、論文本文のデータ区分と完全に一致するとは限りません。
正確に言うと、「歯が少ない高齢女性では、歯が多い人に比べて、股関節まわりの骨折がやや起こりやすかった」――これが、論文の内容にもっとも忠実な表現です(参考文献1, 2)。
### 「治療された歯」が多いほうが、予測の精度が高かった
興味深いことに、「健康な歯+治療済みの歯」の本数で分析したモデルのほうが、「むし歯も含めた全部の歯」の本数で分析したモデルよりも、わずかに骨折リスクの予測精度が高いという結果でした(参考文献1, 2)。
これは、ただ歯が残っているだけでなく、**きちんと治療されて機能している歯かどうかも大切**だということを示唆しています。むし歯を放置せず、しっかり治療を受けることの意味が、ここにも表れているといえます。
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## なぜ女性だけに関連が見られたのか ― 閉経・骨粗鬆症・歯周病のつながり
この研究自体は「なぜ」までは証明していません。しかし、背景として知られている医学的な知識を整理すると、女性にだけ関連が見られた理由がある程度推測できます。
### 閉経後は骨が弱くなりやすい
女性は閉経を迎えると、骨を守る働きのある女性ホルモン(エストロゲン)が大きく減少します。これにより骨量が急速に減りやすくなり、「骨粗鬆症」になるリスクが高まります。世界で2億人以上の女性が骨粗鬆症の影響を受けているとされ、高齢になるほど背骨や足の付け根の骨折リスクが上がることが、多くの研究やガイドラインで示されています(参考文献4, 5, 6)。
骨折リスクを高める要因としては、高齢であること、骨密度が低いこと、過去に骨折したことがあること、体重が軽いこと(低BMI)、ステロイドの長期使用、喫煙、過度の飲酒、転びやすいことなどが挙げられています(参考文献4, 5, 6)。
### 骨粗鬆症は「あごの骨」にも影響する
ここが歯科と深く関わるポイントです。複数の研究レビュー(システマティックレビュー)によると、閉経後に骨粗鬆症がある女性では、歯周病が重くなりやすく、歯を支える骨(歯槽骨)も痩せやすい傾向があると報告されています(参考文献7, 8)。
つまり、閉経後のエストロゲン低下は全身の骨を弱くするだけでなく、歯を支えるあごの骨にも影響し、歯周病の悪化から歯を失いやすくなるという流れが考えられています。
**閉経 → エストロゲン減少 → 全身の骨が弱くなる(骨粗鬆症)**
この同じメカニズムが……
- **全身の骨** → 足の付け根の骨折リスクが上昇
- **あごの骨** → 歯周病が進みやすくなり、歯を失いやすくなる
……という形で、「骨折」と「歯の喪失」の両方に影響している可能性があるのです。
### ただし、因果関係はまだ証明されていない
ここで大切な注意点があります。骨粗鬆症と歯周病の関連を調べた最新のメタアナリシス(複数の研究を統合して分析したもの)では、統計的に意味のある関連は確認されていますが、**エビデンス(科学的根拠)の質は「低〜中程度」と評価されています**(参考文献8, 9)。
つまり、「閉経後骨粗鬆症の女性では歯周病が重くなりやすく、歯を支える骨も痩せやすい可能性が高い」ことは現時点のエビデンスに沿った表現ですが、「骨粗鬆症が歯周病の原因である」とまで断定するのは、まだ早い段階です。
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## この研究で「言えること」と「まだ言えないこと」
研究結果を正しく理解するうえで一番大切なのは、「事実」と「まだ証明されていないこと」をはっきり区別することです。
### ✅ 言えること(事実に基づく表現)
- 75歳以上の高齢女性では、残っている歯の本数が少ないほど、股関節まわりの骨折が起こりやすいという関連が、日本の約19万人のデータで確認された(参考文献1, 2)。
- 男性では、このような関連は認められなかった(参考文献1, 2)。
- 歯の本数は、閉経後女性における骨粗鬆症やフレイル(虚弱)、栄養状態、転倒リスクなど、全身の健康状態を映す「サイン」の一つになりうる(参考文献1, 2, 7, 8)。
- 治療されて機能している歯の本数のほうが、むし歯を含めた総数よりも、骨折との関連をより反映しやすい可能性がある(参考文献1, 2)。
### ❌ まだ言えないこと(言いすぎになる表現)
- 「歯が少ないから骨折する」(→因果関係は証明されていません)
- 「歯を20本以上残せば股関節の骨折を防げる」(→予防効果は証明されていません)
- 「歯の本数だけで骨折リスクを予測できる」(→歯数は多くの要因の一つに過ぎません)
これらはすべて、この研究が示した「関連」を超えた解釈です。「AとBには関連がある」ということは、「AがBの原因だ」ということとは違います。歯の本数と骨折の両方に影響する別の要因(運動習慣、栄養状態、フレイルの程度など)が背後にある可能性も十分にあります。
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## 研究の限界 ― 知っておいていただきたい3つのポイント
どんな優れた研究にも限界があります。この研究を正しく受け止めるために、押さえておきたいポイントを3つご紹介します。
### 1. 調べきれなかった要因がある
この研究では、年齢や持病、服用中の薬、要介護認定の有無などを統計的に考慮しています。しかし、運動量、喫煙や飲酒の詳細、栄養状態、筋力の低下(サルコペニア)、認知機能、経済状況などは十分に把握できていません(参考文献1, 2)。
たとえば、「歯が少ない人は、もともと運動量も少なく栄養状態も悪いから骨折しやすい」という可能性を、完全には否定できないのです。
### 2. 「歯の本数」だけではわからないことがある
歯の本数は「何本残っているか」という情報しか持っていません。実際にしっかり噛めているか、入れ歯の具合はどうか、歯周病はどの程度進んでいるか、普段どんなものを食べているか――こうした「お口の機能」に関する情報は含まれていません(参考文献1, 2, 10)。
近年の研究では、歯の本数そのものよりも、噛む力や「オーラルフレイル(お口の虚弱)」のほうが、転倒や全身の虚弱とより強く関連するという報告も出てきています(参考文献10, 11)。
### 3. あくまで「観察研究」である
この研究は、過去に集められたデータをさかのぼって分析した「後ろ向きコホート研究」です。「歯を守る取り組みをした結果、実際に骨折が減った」というタイプの研究(介入研究)ではありません(参考文献1, 2)。
どれだけ丁寧に統計を調整しても、観察研究から「原因と結果」の関係を証明することはできません。あくまで「関連がある」という発見であり、今後さらなる研究で検証していく必要があります。
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## 歯科医師として患者さんにお伝えしたいこと
### 歯の本数は「全身の健康のバロメーター」かもしれません
この研究が教えてくれる一番大切なことは、「お口の状態は、全身の健康と無関係ではない」ということです。
歯が少なくなっているということは、もちろんお口の中の問題です。しかしそれだけでなく、骨粗鬆症、栄養不足、筋力低下、転びやすさなど、全身のさまざまなリスクが隠れているサインかもしれません(参考文献1, 2, 7, 8)。
### 当院でお勧めしていること
**歯科検診を「全身の健康チェック」の入口に**
歯科検診で歯の本数が減っていることに気づいた場合、それを「お口だけの問題」とせず、全身の健康を見直すきっかけにしていただきたいと考えています(参考文献1, 2, 3)。
特に閉経後の女性で歯を多く失っている方には、骨密度検査(整形外科や内科で受けられます)や、転倒予防への取り組み、栄養面の見直しなどをお勧めすることがあります(参考文献4, 7, 8)。
**医科と歯科の連携を大切に**
骨粗鬆症の治療を受けている方、特に閉経後の女性で歯周病や多くの歯を失っている方は、全身の骨だけでなくあごの骨やお口の中にも影響が出ている可能性があります(参考文献7, 8, 9)。
かかりつけの内科や整形外科の先生にお口の状態を伝えたり、逆に骨粗鬆症の治療状況を歯科にも教えていただくことで、より効果的な予防や管理につながります。
### 今日からできること
この研究だけで「これをすれば骨折を防げる」とは言い切れません。しかし、歯を守ることが全身の健康と関わっている可能性は、多くの研究が示しています。日頃から心がけていただきたいことは、次の4つです。
- **丁寧な歯みがきと歯科での定期検診**:歯周病を予防し、今ある歯を大切に守りましょう。
- **むし歯の早期治療**:この研究でも、治療されて機能している歯の数が重要でした。痛みがなくても、むし歯を放置しないことが大切です。
- **バランスのよい食事**:しっかり噛んで食べることが、骨と筋肉の維持につながります。
- **適度な運動**:歩くことや軽い体操でも、転倒予防と骨密度の維持に効果的です。
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## まとめ
- 大阪の75歳以上・約19万人を対象とした大規模研究(OHSAKA Study)で、**歯が少ない高齢女性ほど股関節まわりの骨折が起こりやすい**という関連が確認されました(参考文献1, 2)。
- ただし、これは**「歯が少ないから骨折する」という因果関係を証明したものではありません**。
- 背景には、閉経後の骨粗鬆症が全身の骨とあごの骨の両方に影響する可能性があり、歯周病と骨粗鬆症の関連も複数の研究で報告されています(参考文献7, 8, 9)。
- 歯の本数は、**骨粗鬆症やフレイル、栄養状態など全身の健康を映す”サイン”の一つ**と考えることができます。
- 歯を守ることは、お口の健康だけでなく、全身の健康を守ることにもつながる可能性があります。**定期的な歯科検診と、かかりつけ医との連携**を大切にしましょう。
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## 参考文献
1. Otsuki N, et al. Number of Teeth and Incidence of Hip Fracture in Older Adults Aged ≥75 Years: The OHSAKA Study. *J Epidemiol.* 2025. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12162183/ / https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39864862/
1. Otsuki N, et al. Number of teeth and incidence of hip fracture in older adults aged ≥75 years: the OHSAKA study. *J Epidemiol.* 2025. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jea/advpub/0/advpub_JE20240165/1/_article/-char/en
1. 大阪公立大学. 高齢者の歯の数と大腿骨頸部骨折発症の関連を分析(プレスリリース). https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-15989.html
1. Zhao R, et al. Predictors of osteoporotic fracture in postmenopausal women: a meta-analysis. *J Public Health (Oxf).* 2023; 45(3): e382-e390. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10404374/
1. Cheng C, et al. A Comprehensive Review on Postmenopausal Osteoporosis in East Asian Women. 2023. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10711335/
1. American Geriatrics Society. Updates from the 2023 Osteoporosis Guidelines. https://geriatricsjournal.squarespace.com/s/Osteoporosis-in-women-Updates-from-the-2023-Osteoporosis-Guidelines.pdf
1. Goyal L, et al. Osteoporosis and Periodontitis in Postmenopausal Women: A Systematic Review. *J Midlife Health.* 2017; 8(4): 160-167. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5753494/
1. Low bone density and periodontal disease in postmenopausal women: a systematic review and meta-analysis. 2025. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12858111/
1. Association between periodontal disease and osteoporosis in postmenopausal women: a systematic review and meta-analysis. *BMC Oral Health.* 2023. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37920517/
1. 日本歯科医師会 EBM委員会. The current evidence of dental care and oral health for the elderly. https://www.jda.or.jp/pdf/ebm2015En.pdf
1. Tanaka T, et al. Relationship Between Oral Health and Fractures in Community-Dwelling Older Adults. *J Am Med Dir Assoc.* 2021. https://www.sciencedirect.com/science/article/am/pii/S1525861021001080
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*免責事項:この記事は上記の論文および関連研究をもとに、一般の方にもわかりやすく解説することを目的としています。特定の治療法の推奨や医学的診断を行うものではありません。ご自身の健康についてご不安がある場合は、かかりつけの医師・歯科医師にご相談ください。*
