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お正月の餅による窒息事故—「自分だけは大丈夫」と思っていませんか?

# お正月の餅による窒息事故

「自分だけは大丈夫」と思っていませんか?

新年を迎え、お雑煮や焼き餅を楽しむ季節になりました。しかし毎年この時期になると、餅による窒息事故のニュースが後を絶ちません。今年も石川県で75歳の町議会議長がご自宅で餅をのどに詰まらせて亡くなられるという痛ましい事故が起きてしまいました。心よりお悔やみ申し上げます。

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6564418

「高齢だから起きた事故」「自分は大丈夫」—そう思っていませんか? 実は餅による窒息事故には、誰もが知っておくべき「身体のしくみ」が関係しているのです。

## 餅を飲み込む時、

のどで何が起きているの?

食べ物を飲み込む時、私たちののどでは「嚥下反射(えんげはんしゃ)」という大切な働きが自動的に起こります。これは、のどが「何か来た!」と感じて、脳に信号を送り、ゴックンと飲み込む動作を始める仕組みです[1]。

ここで重要なポイントがあります。のどが「何か来た!」と感じるためには、**温度や触感などの刺激**が必要なのです。

研究によれば、**冷たいものはのどが感じやすく、反射が起こりやすい**ことが分かっています[1]。逆に言えば、体温に近い「ぬるい」温度のものは、のどが感じにくいということです。

想像してみてください。熱々の餅を口に入れた時は「熱い!」と感じますよね。でもモグモグ噛んでいるうちに、だんだん温度が下がっていきます。そして実際にのどを通る頃には、体温に近い「ちょうどいい温度」になっています。

この「ちょうどいい温度」が、実は危ないのです。**のどが「何も来ていない」と勘違いしてしまう**可能性があるからです。

## 餅の「くっつく」性質が危険を大きくする

餅には他の食べ物とは違う特徴があります:

**ベタベタくっつく**: 餅は唾液と混ざっても粘り気が強く、のどの壁にペタッと張り付きやすい性質があります。

**グニャグニャ変形する**: 餅は柔らかいので、のどの形に沿って広がり、空気の通り道を塞ぎやすい形になります。

**温度が変わりにくい**: 餅は一度温まると冷めにくく、また冷めても柔らかいまま。つまり体温に近い温度になりやすい食べ物です。

ここからが怖いところです。もし少しだけ餅がのどの奥に残っていたとしても、**温度刺激がないので本人は全く気づきません**。「もう飲み込んだ」と思って、次の一口を食べてしまいます。

すると、のどに残っていた餅と新しい餅がくっついて大きな塊になり、空気の通り道を完全に塞いでしまうのです。

## なぜ高齢者に事故が多いの?

厚生労働省のデータによれば、餅による窒息事故の多くは高齢者で起きています[2]。これには理由があります。

年を重ねると、誰でも少しずつ以下の変化が起こってきます[1,4]:

- **のどの感覚が鈍くなる**: 若い頃より食べ物を感じにくくなる
- **反応が遅くなる**: 「来た!」と感じてから飲み込むまでの時間が長くなる
- **唾液が減る**: 口の中が乾きやすく、食べ物が滑りにくくなる
- **噛む力が弱くなる**: 十分に細かくできないまま飲み込んでしまう

ただし、これには個人差があります。70代でも元気な方はたくさんいますし、逆に若くても以下のような時は注意が必要です:

- **疲れている時**: 身体の反応が鈍くなります
- **お酒を飲んだ後**: 感覚や判断力が低下します
- **話しながら、テレビを見ながら**: 食べることへの注意が散漫になります

東京都の調査では、事故の背景に**「大丈夫だろう」という油断**があることが指摘されています[3]。「毎年食べているから」「自分は若いから」という思い込みが、かえって危険を招いているのです。

## 「刺激がない」ことが実は危険のサイン

私たちは普段、熱すぎるもの、冷たすぎるもの、辛いものには自然と警戒します。でも**「何も感じない」状態が危ないとは、なかなか思いません**。

のどのリハビリの現場では、**わざと冷たい刺激を使って、飲み込む反射を起こりやすくする**方法が使われています[1]。これは逆に考えれば、刺激が少ないと反射が起こりにくい、つまり身体の自動的な防御システムが働きにくくなるということです。

餅を食べる時、「あれ? 今のどこまで行ったかな?」と分からなくなったことはありませんか? それは、のどが感じにくい温度になっているサインかもしれません。

## 事故は「たまたま」ではなく、

起こるべくして起こる

餅による窒息事故は、決して「運が悪かった」だけで起こるものではありません。

**「のどが感じにくい温度」**という条件と、**「ベタベタくっついて空気の通り道を塞ぎやすい」**という餅の性質が重なって起きる、ある程度予測できる事故なのです[1,2,4]。

お餅は日本のお正月に欠かせない、大切な食文化です。だからこそ、その特徴とリスクを正しく知っておくことが大切です。

「自分だけは大丈夫」という根拠のない自信は、今日限り手放しましょう。餅は**特別な注意が必要な食べ物**だということを、ご家族みんなで共有してください。

楽しいお正月の食卓が、悲しい事故の場にならないように。知ることが、大切な人を守る第一歩です。

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### 参考文献

1. 舘村卓・森隆弘: 高齢者の嚥下障害予防における温度刺激の意義. 日本摂食嚥下リハビリテーション学会誌, 17(1): 45–52, 2013.
1. 厚生労働省: 高齢者の窒息事故防止に関する注意喚起(2024年版)
1. 東京都福祉保健局: お餅による窒息事故防止リーフレット(2023年改訂)
1. 日本歯科医師会 学術委員会: 高齢者の食支援と安全な嚥下のためのガイドライン, 2022.​​​​​​​​​​​​​​​​

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