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口腔細菌のコラゲナーゼ活性が慢性肝疾患を悪化させる可能性 ―口腔ケアが肝臓を守る新たな理由―

# 口腔細菌のコラゲナーゼ活性が慢性肝疾患を悪化させる可能性

―口腔ケアが肝臓を守る新たな理由―

「歯周病が心臓や糖尿病に関係する」という話は聞いたことがあるかもしれません。実は最近の研究で、**口の中の細菌が肝臓の病気とも深く関わっている**可能性が明らかになってきました。

今回ご紹介するのは、2025年にNature Microbiology誌(自然科学分野で最高峰の雑誌の一つ)に掲載された最新研究です。この研究では、「口の中の特定の細菌が腸に移り住み、“コラゲナーゼ”という酵素で腸の壁を壊し、肝臓の病気を悪化させる可能性」が示されました。

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## まず知っておきたい基礎知識

### コラゲナーゼって何?

コラゲナーゼとは、**コラーゲンというたんぱく質を分解する酵素**です。コラーゲンは、お肌だけでなく、腸や血管など体中の組織を支える”足場”のような役割を持っています。

### 腸のバリア機能とは?

腸の壁は、栄養を吸収する一方で、**細菌や毒素が血液に入り込まないようにするバリア(防御壁)**の役割も果たしています。このバリアが壊れると、本来入ってはいけないものが体の中に入り込んでしまい、様々な病気の原因になります。

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## 今回の研究で分かったこと

### 1. 肝臓病の患者さんでは、口の細菌が腸に”引っ越し”している

研究チームは、肝硬変などの進行した肝臓病の患者さん104人と、健康な方々を比較しました。すると、肝臓病の患者さんでは、**口の中(唾液)と腸の中(便)に、同じ種類の細菌が見つかる**ことが分かりました。

特に「ベイヨネラ(Veillonella)」や「ストレプトコッカス(Streptococcus)」という、本来は口の中に多い細菌が、腸の中にも住み着いていたのです。

**なぜこんなことが起こる?**

- 肝臓病が進むと、胃酸の分泌が減ったり、腸の動きが悪くなったりします
- すると、本来は胃酸で殺されるはずの口の細菌が、生きたまま腸まで届いてしまうのです
- 健康な人では、口と腸の細菌バランスは全く違いますが、肝臓病の方では似てしまうのです

### 2. 腸に移った口の細菌が、

“コラゲナーゼ”という酵素を作っていた

さらに詳しく調べると、腸に移り住んだ口の細菌たちが、**コラゲナーゼという酵素を大量に作っている**ことが判明しました。

実際に患者さんの便を調べると、健康な人より**コラゲナーゼの活性(働き)が明らかに高い**ことが確認されました。

### 3. コラゲナーゼが腸の壁を壊していた

コラゲナーゼは何をしているのでしょうか?

腸の壁は、コラーゲンという”足場”によって強度を保っています。コラゲナーゼは、この足場を壊してしまう酵素です。

研究では、培養した腸の細胞に患者さんの便の成分を加えると、**腸のバリア機能が低下し、本来通さないはずの物質が漏れ出してしまう**ことが確認されました。

つまり、**腸の壁に”穴”が開いてしまうイメージ**です。

### 4. マウス実験で

「悪化のメカニズム」が証明された

「本当に口の細菌が原因なのか?」を確かめるため、研究チームは次のような実験を行いました。

**実験の方法:**

1. マウスに肝臓の病気を起こさせる
1. 患者さんの口から取り出した細菌(コラゲナーゼを作るタイプ)を、マウスの胃に入れる
1. 何も入れていないマウスと比較する

**結果:**

- 細菌を入れたマウスでは、**腸のバリアが壊れ、腸の組織が硬くなった(線維化)**
- さらに、**肝臓の線維化(肝臓が硬くなる変化)も悪化した**
- つまり、「口の細菌 → 腸のバリア破壊 → 肝臓の悪化」という流れが実際に起こったのです

### 5. 将来は「検査」にも使えるかもしれない

この研究では、便や唾液の細菌パターン、コラゲナーゼの活性などを組み合わせて、**肝臓病の状態を予測するモデル**も作られました。

精度は既存の方法より高く、将来的には「便や唾液の検査で肝臓の状態をチェックする」といった新しい診断法が開発される可能性があります。

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## 患者さんにとって何が大切か

### 「口の健康」は「肝臓の健康」にも

つながる

この研究が示しているのは、**口の中の環境が、腸を通じて肝臓にまで影響を与えうる**ということです。

特に肝臓に病気がある方は:

- 口が乾きやすい
- 薬の副作用で口内環境が変わりやすい
- 免疫力が落ちている

こうした理由から、口の中の細菌バランスが崩れやすく、今回のような「口から腸への細菌移動」が起こりやすいと考えられます。

### 歯科医院でできること

**現時点でできること:**

1. **定期的なクリーニングと歯周病治療**

- 口の中の細菌量を減らし、バランスを整えます
- 特に歯周病菌は、様々な悪影響を及ぼすことが分かっています

1. **口腔乾燥のチェックと対策**

- 唾液が少ないと細菌が増えやすくなります
- 保湿剤の使用や生活習慣のアドバイスを行います

1. **主治医との連携**

- 肝臓の先生と情報を共有し、全身状態を考えた口腔ケアを行います

**将来の可能性:**

- 便や唾液の細菌検査で、肝臓病のリスクを評価
- 特定の細菌やコラゲナーゼ活性をターゲットにした治療
- 口腔ケアによる肝機能改善の可能性

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## まだ分からないこと・今後の課題

### 1. 「鶏が先か、卵が先か」問題

この研究は主に「ある時点での観察」です。そのため:

- 口の細菌が肝臓病を悪化させているのか?
- それとも、肝臓病が進んだ結果、口の細菌バランスが崩れたのか?

完全には分かっていません。今後、長期間患者さんを追跡する研究が必要です。

### 2. コラゲナーゼだけが悪者?

患者さんの口の細菌は、コラゲナーゼ以外にも色々な物質を作っています。今回の結果だけでは、「どこまでがコラゲナーゼの影響か」を完全に切り分けることはできません。

今後、もっと細かく調べた研究が必要です。

### 3. 人間での「介入研究」がこれから

マウスでは「口の細菌を入れると悪化する」ことが示されました。では、人間ではどうでしょうか?

たとえば:

- 集中的に口腔ケアをすると、本当に肝臓の状態が良くなるのか?
- どのくらいの期間、どんなケアが効果的なのか?

こうした「実際の治療効果」を調べる研究は、まだこれからです。

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## 当院の考え方

この研究は、「**口の健康が全身の健康につながる**」ことを、また一つ科学的に証明してくれました。

特に肝臓に病気のある方、または肝臓の数値が気になる方は、**口腔ケアの重要性がさらに高い**と言えます。

当院では:

- 全身の病気を持つ患者さんの口腔ケアを、内科の先生方と連携しながら行っています
- 最新の研究成果にも注目し、より良い医療を提供できるよう努めています
- 「お口の健康」を通じて「全身の健康」をサポートしたいと考えています

肝臓の治療を受けている方、数値が気になる方は、ぜひお気軽にご相談ください。

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## 参考文献

1. Jin S, Cenier A, Schirmer M, et al. Microbial collagenase activity is linked to oral–gut translocation in advanced chronic liver disease. *Nature Microbiology*. 2025;10(1):59-75. doi:10.1038/s41564-025-02223-0.
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