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謹んで野毛の夜の次第を申し上げ候

# 謹んで野毛の夜の次第を申し上げ候

謹白

時下益々御清祥の段、慶賀の至りに存じ奉り候。

師走も押し詰まり候昨夜の儀、高校の頃より御懇意に預かり候内科部長殿との忘年の宴の次第を、恐れながら書き記させて賜り度く存じ候。

此度の会合は、実に半歳ぶりの邂逅にて御座候。

## 半歳ぶりの邂逅に就きて

内科部長殿は誠に律儀なる人物にて、本年も春、夏、秋と、幾度となく酒席へのお誘いを賜り候。

然れども小生、その都度「誠に恐れ入り候へども、其の日は先約これあり…」「聊か都合つきかね候…」と、御断り申し上げ続けて仕舞い候次第にて御座候。

気付けば師走。

半歳もの月日流れ居り候。

今年最後の忘年の宴が、半歳ぶりの再会と相成り候。

## 野毛への遠征の儀

「近頃、野毛と申す場所、若き者共の間にて流行り居る由に候」

内科部長殿の此の一言より、我らが野毛遠征始まり候。

野毛―横浜が誇る下町の聖地にて御座候。

「せんべろの聖地」と称せられ、若き者共の間にて話題と相成り居る由に御座候。

「面白かるべく候。何も計画せず、只流れに身を任せ申すべく候」

斯くして五十三歳の我ら二人、何の計画も無きまま野毛への遠征決行仕り候。

電車の中にて、半歳分の積もる話致しながら、野毛へと向かい候。

行く先も定めず、只運を天に任す。

此れぞ、五十三歳の無計画野毛遠征にて御座候。

## 野毛の街並みの様子

夕暮れ時、提灯灯る商店街の門くぐり候へば、そこには昭和の面影色濃く残る世界広がり居り候。

「The Time Shot Bar」「カラオケ」などと申す、風情ある看板軒を連ね居り候。

彼方此方より聞こえ参り候、笑い声と乾杯の音頭。

「此れが今流行りの野毛にて候や」

小生、思わず呟き仕り候。

流行とは誠に不思議なるもので、新しきものを求めながら、古きものへと回帰するにて候。

古き商店街歩きながら、我らは店を探し候。

そして、見つけ候。

黄色き看板目を引く「餃子 三陽」。

店頭には「とんねるずのみなさんのおかげでした」の汚き店認定証誇らしげに掲げられ居り候。

「此処に決め申すべく候」

内科部長殿の一言にて、我らが行き先決まり候次第にて御座候。

## 三陽の店内の様子に就きて

暖簾くぐり候瞬間、先ず鼻突き候はタバコの匂いにて御座候。

そして、人、人、人。

店内は客にて溢れかえり居り候。

雑然たる店内には、何とビールの樽転がり居り候。

否、転がり居ると申すより、置かれ居ると申すべきか…否、矢張り転がり居ると申すが正しかるべく候。

我らは、其のビールの樽またぎて、奥の席へと進み候。

「此のビールの樽、またがねばならぬにて候や」

「左様にて候。入店の儀式との由に候」

「五十三歳の腰には、聊か厳しく候な」

五十三歳の腰にて、ビールの樽またぐ。

誠に難儀なることにて御座候。

壁には色褪せたる芸人の署名や絵姿所狭しと貼られ居り候。

店内は人にて溢れかえり、隣席との距離殆ど御座無く候。

タバコの煙立ち込め、喧騒渦巻き居り候。

漸く席に着き候へば、足元に何やら違和を覚え候。

見下ろし候へば、左足の下には酔客落とし候と思わるる爪楊枝散乱致し居り候。

「足元に爪楊枝散乱致し居り候な」

内科部長殿笑い候。

小生も笑い候。

五十三歳にも相成りて、爪楊枝踏みながら酒酌み交わすとは。

然れども、不思議と心地良きにて候。

此れが野毛の魅力なるべく候。

片言の日本語話す店の者、満面の笑みにて近づき参り候。

周囲の喧騒に負けぬよう、大声にて話しかけ参り候。

「イラッシャイマセ!オススメ、スグ モッテキマスネ!」

我らが何か申し上ぐる間も無く、片言の店の者は強引におすすめ三品持ち参り候。

此れが三陽の流儀なるべく候。

無計画どころか、注文も致し居らず候。

全く店の調子に乗せられ居る次第にて御座候。

## 餃子の美味なること

最初に運ばれ参り候は、餃子にて御座候。

皿拝見致し候へば、明らかに大蒜通常の餃子より多く入り居る様子。

此れは…増し増しに致され居るにて候や。

勝手に増し増しに致され居り候。

然れども、此れが正解のような気致し候。

黄金色に輝く餃子。

一口齧り候瞬間。

滴る肉汁口中いっぱいに広がり候。

そして、押し寄する大蒜の波濤。

「此れは…」

言葉に相成らず候。

只、美味し。

無計画にて参りて、大正解にて御座候。

そして、其の後も次々と料理登場致し候。

何を頼み候やも分からぬまま、卓上は料理にて埋まり参り候。

足元には相変わらず爪楊枝散乱致し居り候へども、最早気に相成らず候。

片言の店の者強引に持ち参り候料理―醤油仕立ての炒め物、辛き一品、そして正体不明の揚げ物。

何れも間違い無き味わいにて御座候。

周囲は人にて溢れかえり、タバコの煙立ち込め、喧騒渦巻き居り候。

足元には爪楊枝散乱。

然れども、不思議と其れが心地良きにて候。

## 会計済ませて

気付けば、餃子とおすすめ数品、そして麦酒数杯にて、すっかり良き気分に相成り居り候。

三陽の費用に対する効果の高きに感銘受けながら、我らは会計済ませ候次第にて御座候。

店出づる際、また例のビールの樽またぎ候。

今度は、酒入り居り候故、更に難度高く候。

五十三歳の腰には、誠に厳しきことにて候。

何とか無事にビールの樽またぎ、三陽を後に致し候。

提灯灯る野毛の商店街出で候へば、我らより大蒜の匂い漂い居り候。

増し増しに致され候大蒜の威力は絶大にて候。

「我々、相当なる大蒜臭にて候な」

内科部長殿申され候。

「誠に、甚だしく臭い候」

小生答え候。

「然れども、気にせず参るべく候」

「左様。五十三歳、大蒜臭など気に致さず候」

大蒜の匂い漂わせながら、我らは次の店探し候。

無計画の野毛遠征は、未だ未だ続くにて候。

「次は何処へ参るべく候や」

「彼方の焼き鳥屋良さそうにて候な」

「では、参るべく候。大蒜臭など気に相成らず候」

「野毛の夜は、未だ未だ此れよりにて候」

## 結びに代えて

半歳ぶりの再会、無計画の野毛遠征、そして大蒜増し増しの餃子。

五十三歳の旧友二人は、大蒜の匂い漂わせながら、野毛の夜の街へと消え参り候。

提灯の灯りの下、次の店へと向かう我らの姿は、宛ら高校の頃に戻り候が如くにて御座候。

白髪増え候へども、腹出で候へども、大蒜臭漂い候へども、爪楊枝踏みながらにても、斯くして変わらず笑い合える友御座候。

人生とは、誠に不思議なるものにて候。

五十三歳にも相成りて、無計画にて野毛に遠征致し、ビールの樽またぎ、爪楊枝踏みながら、片言の店の者に強引におすすめ持ち来られ、大蒜増し増しの餃子食す。

然れども、其れが何より幸せなることなるにて候。

末筆ながら、御身におかれましても、良き友との時を大切になさるよう、心より祈念申し上げ候。

恐惶謹言

令和七年師走

若菜 謹んで申し上げ候​​​​​​​​​​​​​​​​

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