## 前回のおさらい：

食道が「広がりにくい」タイプの

機能性嚥下障害

- 検査で「形の異常はないのに、胸のあたりでつかえる」人の中に、「食道の上の方が、飲み込んだときに十分に広がらない（拡張しにくい）」タイプの方がいることが九州大学から報告されました。[2][1]
- これは機能性嚥下障害（Functional dysphagia）の「一部のタイプ」の説明であり、「拡張しにくい＝食べ物の通り道が狭く感じやすい」という新しい視点を示したものです。[5][6]

ただし、「どこが狭い／広がりにくいか」だけでなく、「どんな圧の変化で食べ物が引き込まれているか」も合わせて見ると、全体像がもっと分かりやすくなります。

## 飲み込みは「ただ落ちる」のではなく、“圧の差”で引き込まれる

- 飲み込み（嚥下）は、「高い圧」から「低い圧」へ、つまり“圧の差（圧勾配）”に沿って食べ物が動いていく現象です。  
- 研究では、舌と上あご・ノド・食道の中の圧を同時に測ることで、「どのタイミングでどこが陰圧（マイナスの圧）になるか」が詳しく調べられています。[7][8][3]

イメージとしては、  
「上（お口〜ノド）から押し出しつつ、下（食道側）が少し“吸い込んで”受け取る」  
という共同作業です。

## お口の中の陰圧：

ストローの“吸う力”に近い働き

- 舌が上あごにピタッとつき、くちびるを閉じた状態で飲み込むと、お口の中は“ふさがれた小さな部屋”になります。  
- 健康な人でこの瞬間の圧を測ると、口蓋の下の空間などでマイナス数十〜数十mbarの陰圧（外より低い圧）が一時的に発生することが報告されています。[8][9][3]

これは、ストローで飲み物を吸うときに、お口の中を陰圧にしてジュースを引き上げるのと少し似ています。  
飲み込みでは、舌・くちびる・頬・あごの筋肉が協力して「食べ物を前にこぼさずまとめつつ、後ろへ送り出しやすい陰圧環境」を作っていると考えられています。[10][3]

## ノドから食道へ：

陰圧で“吸い込み”を補助するバキューム嚥下

- 九州大学の研究が扱ったのは食道の広がり方（拡張能）ですが、別の研究グループは、逆に「食道側で意図的に陰圧をつくることで、ノドからのボーラス（食塊）を吸い込ませる」方法を報告しています。これが「バキューム嚥下（vacuum swallowing）」です。[4][11][12]
- 延髄外側症候群などでノドの押し出す力が弱い患者さんに対し、胸の中〜食道内に強い陰圧をつくる訓練をすると、造影検査で「ノドの残りがスッと食道側に吸い込まれていく」様子が観察されたと報告されています。[13][4]

つまり、  
前回の「拡張障害」は「食道の“広がりやすさ”」の問題、  
バキューム嚥下は「食道の“陰圧をつくる力”」を利用する話で、  
両方とも「食道が食べ物をどう受け入れるか」という“下流側”のメカニズムに属します。[6][12][4]

## 「陰圧から見た」飲み込みの全体像

陰圧という視点で、飲み込みの流れをざっくり整理すると次のようになります。

1. お口の中  
   - 舌と上あごが密着し、お口の中が閉じた“部屋”になり、軽い陰圧と舌の押し出しで食べ物をノドの入り口まで運ぶ。[3][8]

2. ノド（咽頭）  
   - 「ごっくん」のタイミングでノドの奥が広がり、喉頭がグッと持ち上がって、食道の入口（上部食道括約筋）が開く。  
   - このとき、ノド側の圧と食道側の圧の差が変化して、食べ物が食道に引き込まれていく。[14][6]

3. 食道  
   - 普段から胸の中はやや陰圧（呼吸の影響）になっており、食道の蠕動運動（波打つ動き）と組み合わさって、下へ下へと送り込まれる。  
   - バキューム嚥下のように、ここでさらに強い陰圧をつくると、ノドから食道への“吸い込み”が補強される。[4][5]

この流れのどこかで「圧のかかり方／陰圧の作り方」がうまくいかないと、  
・口の中でまとめられない（口腔期の問題）  
・ノドを安全に通れない（咽頭期の問題）  
・胸のあたりでつかえる（食道期の問題：前回の九大の話）  
といった症状に分かれて現れてきます。

## 歯科・医科での役割分担と、

九大研究とのつながり

- 歯科では、おもに「お口の中の圧づくり」を担当します。舌圧の測定、入れ歯やかみ合わせ・上あご（口蓋）形態の調整、舌やくちびるのトレーニングなどで、「陰圧を作りやすく、飲み込みやすいお口」を目指します。[15][16][10]
- 医科（消化器内科・耳鼻咽喉科・リハ科など）は、「ノド〜食道側の圧や動き」を詳しく調べます。高解像度食道内圧検査（HRM）やバキューム嚥下のようなリハビリを用いながら、「食道の拡張障害」「食道の陰圧利用」など“下流側”の問題にアプローチします。[1][2][6][4]

九州大学の「食道拡張障害」は、  
「検査で形の異常がないのに胸のつかえが続く人の一部で、“食道の広がり方（＋おそらく圧のかかり方）に問題があるのではないか”」という新しいピースを示した研究でした。[17][1]
今回の「陰圧」の話は、それに対して、  
「そもそも飲み込みとは、上流・下流でどう圧をつくってバトンリレーしているのか」  
を補う“生理学編”と考えていただくと、全体像がつながりやすいと思います。

***

## 参考文献（専門家向け）

1. 九州大学プレスリリース「食事のつかえ、検査で異常なし→食道拡張障害かもしれません！」2025年12月.[2][17][1]
2. Engelke W, et al. Intra-oral compartment pressures: a biofunctional model and experimental measurements under different conditions of posture. Clin Oral Investig. 2010.[7][3]
3. Santander P, et al. Intraoral pressure patterns during swallowing. Dysphagia. 2013.[18][8]
4. Fuentes R, et al. Description of intraoral pressures on sub-palatal space in young adults. Int J Clin Exp Med. 2015.[9]
5. Mari A, et al. Esophageal and Oropharyngeal Dysphagia: Clinical recommendations. UEG Journal. 2025.[5][6]
6. Oku Y, Yagi N, et al. Mastering Vacuum Swallowing to Improve Pharyngeal Bolus Passage. Progress in Rehabilitation Medicine. 2025.[11][12][19][4]
7. Review articles on functional dysphagia and esophageal motility disorders, 2024–2025.[20][5]
8. 気圧計の口腔機能計測への応用（口腔内陰圧計測に関する日本語総説）.[15]

※本記事は、これらの文献をもとに、前回の九州大学研究の解説記事の「続編」として、圧と陰圧の観点から嚥下をかみ砕いて説明したものであり、原著の文章・図表を直接引用することなく再構成しています。

情報源
[1] 食事のつかえ、検査で異常なし→食道拡張障害かもしれません！ https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1371/
[2] 食事のつかえ、検査で異常なし→食道拡張障害かもしれません！ https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1371
[3] Intra-oral compartment pressures: a biofunctional model ... https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3056003/
[4] Mastering Vacuum Swallowing to Improve Pharyngeal Bolus ... - NIHpmc.ncbi.nlm.nih.gov › articles › PMC12009955 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12009955/
[5] [PDF] Esophageal and Oropharyngeal Dysphagia - IRIS https://www.iris.unicampus.it/retrieve/62b051c8-ab0d-4132-9566-114676d63e20/UEG%20Journal%20-%202025%20-%20Mari%20-%20Esophageal%20and%20Oropharyngeal%20Dysphagia%20%20Clinical%20Recommendations%20From%20the%20United%20European.pdf
[6] Esophageal and Oropharyngeal Dysphagia: Clinical ... https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ueg2.70062
[7] Intra-oral compartment pressures: a biofunctional model ... - PubMed https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20127264/
[8] Intraoral pressure patterns during swallowing - PubMed Central https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3580144/
[9] [PDF] Description of intraoral pressures on sub-palatal space in young ... https://e-century.us/files/ijcem/8/7/ijcem0010037.pdf
[10] Intra-oral compartment pressures: a biofunctional model and experimental measurements under different conditions of posture https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3056003/
[11] 八木 直美 (Naomi Yagi) - Mastering Vacuum Swallowing to ... https://researchmap.jp/7000009906/published_papers/51263700
[12] Mastering Vacuum Swallowing to Improve Pharyngeal ... https://www.jstage.jst.go.jp/article/prm/10/0/10_20250011/_html/-char/en
[13] Mastering Vacuum Swallowing to Improve Pharyngeal ... https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40264469/
[14] Pharyngeal Swallow... https://nmoer.pressbooks.pub/swallowingdisorders/chapter/adult-swallow-physiology/
[15] 気圧計の口腔機能計測への応用 - J-Stage https://www.jstage.jst.go.jp/article/sgf/21/1/21_40/_article/-char/ja/
[16] Quantitative evaluation of swallowing function in ... https://www.frontiersin.org/journals/neurology/articles/10.3389/fneur.2024.1355627/full
[17] [PDF] 食事のつかえ、検査で異常なし→食道拡張障害かもしれません！ https://www.kyushu-u.ac.jp/f/64176/25_1210_01.pdf
[18] Intraoral pressure patterns during swallowing - OUCI https://ouci.dntb.gov.ua/en/works/4OAMWpm9/
[19] Mastering Vacuum Swallowing to Improve Pharyngeal ... https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000016-I2014017051
[20] A narrative review of functional dysphagia—what we know so far https://aoe.amegroups.org/article/view/8007/html
[21] 食事のつかえ、検査で異常なし→食道拡張障害かも ... - 九州大学医学部 https://www.med.kyushu-u.ac.jp/news/research/detail/1819/
[22] Ever wondered what really happens when you swallow ... - Instagram https://www.instagram.com/reel/DOxEuY1j_XG/
[23] Scientists create a mathematical model that explains esophageal ... https://www.kyushu-u.ac.jp/en/researches/view/353
[24] Video - Facebook https://www.facebook.com/KyushuUniv.en/videos/ever-wondered-what-really-happens-when-you-swallow-researchers-at-kyushu-univers/1062727589272235/
[25] [PDF] Intra-oral compartment pressures: a biofunctional model and ... https://www.semanticscholar.org/paper/Intra-oral-compartment-pressures:-a-biofunctional-Engelke-Jung/c9f09108062be485726755613bbc739373864a74
[26] Kyushu University develops model for swallowing and dysphagia https://www.linkedin.com/posts/kyushuuniversity_kyushuuniversity-hospitalcampus-health-activity-7374626654138093570-Twrb