帯状疱疹ワクチンは認知症を防ぐのか?〜現時点でのエビデンスを正確に理解する〜
# 帯状疱疹ワクチンは認知症を防ぐのか?〜現時点でのエビデンスを正確に理解する〜
## はじめに
最近、「帯状疱疹ワクチンが認知症予防に役立つかもしれない」という研究結果が話題になっています。患者さんから「本当ですか?」とご質問をいただくことも増えてきました。
今回は、帯状疱疹ワクチンについて「確実にわかっていること」と「まだ研究段階であること」を整理して、患者さんにとって役立つ情報をお届けします。
## 帯状疱疹とは?なぜ予防が大切か
帯状疱疹は、子どもの頃にかかった水ぼうそうのウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルス:VZV)が、神経の中に潜んでいて、年齢を重ねたり免疫力が低下したりしたときに再び活動を始めることで発症します。
50歳以降に発症しやすく、体の片側に帯状の水ぶくれができ、強い痛みを伴います。特に困るのが「帯状疱疹後神経痛」と呼ばれる、皮膚の症状が治った後も続く痛みです。この痛みは数ヶ月から数年続くこともあり、日常生活に大きな支障をきたします。
顔に出た場合は顔面神経麻痺、目に出た場合は視力障害、耳に出た場合は聴力障害など、深刻な合併症が起こることもあります。特に高齢の方や免疫力が低下している方では重症化しやすいため、予防が重要な病気です。
## 帯状疱疹ワクチンの確実な効果
現在、日本で使用できる帯状疱疹ワクチンには「生ワクチン」と「不活化ワクチン(組換えワクチン)」の2種類があります。
アメリカのCDC(疾病予防管理センター)は、50歳以上のすべての成人に対して、組換えワクチン「シングリックス」の2回接種を推奨しています。また、免疫が低下している19歳以上の方にも接種が推奨されています。
**ワクチンの確実な効果**として、大規模な臨床試験から以下のことがわかっています:
- 帯状疱疹の発症を約90%予防できる
- 帯状疱疹後神経痛を大幅に減らすことができる
- 効果は数年間持続する
この「帯状疱疹とその合併症をしっかり予防できる」という点は、科学的に最も確実なワクチンの効果です。
## 認知症との関係:何がわかっているのか
### 大規模研究が示したこと
2025年に世界的に権威のある科学誌「Nature」に発表された研究では、イギリス・ウェールズの高齢者を対象に、帯状疱疹ワクチン接種と認知症診断との関係が調べられました。約7年間の追跡調査の結果、ワクチンを接種した人では、接種していない人と比べて認知症と診断されるリスクが約20%低かったと報告されています。
その後の研究では、ワクチン接種が:
- 正常な状態から軽度認知障害(MCI)への進行
- 軽度認知障害から認知症への進行
- 認知症による死亡
これらのリスクを一貫して下げる可能性が示されています。
### 組換えワクチン(シングリックス)の研究
別の研究(Nature Medicine誌)では、組換えワクチン「シングリックス」を接種した人でも、認知症の発症リスクが低いという結果が報告されています。また、帯状疱疹ウイルスの再活性化そのものが認知症リスクと関連するという研究もあり、「ウイルスの再活性化を抑えることで、認知症リスクが下がる可能性がある」という考え方が注目されています。
### 研究の限界:正確に理解するために大切なこと
ここで重要なのは、これらの研究はすべて「観察研究」であるという点です。つまり:
- ランダムに振り分けて比較した試験(ランダム化比較試験)ではない
- 「医療機関で認知症と診断されたかどうか」というデータを使った研究であり、脳の変化を直接測定したものではない
- ワクチンを接種する人は健康意識が高い傾向があるなど、完全には調整しきれない要因が残る
そのため、「ワクチン接種が確実に認知症を予防する」とまでは言えないのが現状です。
## 患者さんへ:正確な理解と実際の判断
現時点で科学的に正確にお伝えできることは、次の通りです:
**確実にわかっていること**
- 帯状疱疹ワクチンは、帯状疱疹とその合併症(特に帯状疱疹後神経痛)をしっかり予防できる
**可能性として示されていること**
- 将来の認知症リスクや、認知症の進行を遅らせる可能性がある
- ただし、これはまだ研究段階であり、保証はできない
**まだわからないこと**
- どの種類の認知症(アルツハイマー型、血管性など)にどの程度効果があるのか
- 効果がどのくらいの期間続くのか
- すべての人に同じように効果があるのか
## 当院の考え方
当院では、帯状疱疹ワクチンの接種を検討する際、以下のように考えています:
**第一の目的は帯状疱疹の予防**
50歳以上の方、特に60〜70代以降の方や、免疫力が低下しやすいご病気や治療中の方には、「帯状疱疹そのものの予防」を主な目的としてワクチン接種をお勧めします。
**認知症への効果は「期待できるおまけ」として**
認知症については、「最近の研究で予防や進行抑制の可能性が報告されているが、まだ確実ではない」ことを正直にお伝えした上で、「もし脳の健康にも良い影響があるなら、それはうれしいおまけ」という位置づけで考えていただくのが良いと思います。
## 接種を検討される方へ
帯状疱疹ワクチンには生ワクチンと不活化ワクチンがあり、年齢や全身状態、持病、服用中のお薬などによって、どちらが適しているかが変わってきます。
接種をご検討の際は、診療時に以下の点を一緒に確認しながら、最適な選択をしていきましょう:
- 年齢と全身状態
- 現在治療中のご病気
- 服用中のお薬
- これまでのワクチン接種歴
- 水ぼうそうや帯状疱疹の既往
ご質問やご不安な点があれば、遠慮なくおたずねください。
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## 参考文献
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1. Centers for Disease Control and Prevention. Shingles Vaccine Recommendations. <https://www.cdc.gov/shingles/hcp/vaccine-considerations/index.html>
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1. Eyting M, Xie M, Michalik F, et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature. 2025. PMID:40175543. <https://www.nature.com/articles/s41586-025-08800-x>
1. Stanford Medicine News. For those living with dementia, new study suggests shingles vaccination may help. <https://med.stanford.edu/news/all-news/2025/03/shingles-vaccination-dementia.html>
1. Taquet M, Dercon Q, Todd JA, Harrison PJ. The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia. Nat Med. 2024. <https://www.nature.com/articles/s41591-024-03201-5>
1. Polisky V, et al. Varicella-zoster virus reactivation and the risk of dementia. Nat Med. 2025. <https://www.nature.com/articles/s41591-025-03972-5>
1. Geneesmiddelenbulletin. Dementia and herpes zoster vaccination. 2024. <https://www.ge-bu.nl/en/artikel/dementia-and-herpes-zoster-vaccination>
1. Drugs & Therapy Perspectives. Can the herpes zoster vaccination be a strategy against dementia? 2025. <https://www.jstage.jst.go.jp/article/ddt/19/2/19_2025.01032/_article>
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※本記事の内容は2025年12月時点の情報に基づいています。医療情報は日々更新されますので、最新の情報については診療時にご確認ください。
