わかな歯科

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# 日本人はなぜ「完全な遺体」にこだわるのか:歯科医師が語る死生観

# 日本人はなぜ「完全な遺体」に

こだわるのか:歯科医師が語る死生観

**〜休診日の研修会で学んだ、

大切なこと〜**

## はじめに:お詫びと研修のご報告

 昨日(11月27日・木曜日)の午後は、休診とさせていただき、患者様には大変ご迷惑をおかけいたしました。心よりお詫び申し上げます。

 この日、私は千葉県歯科医師会館で開催された警察歯科医会の研修会に参加してまいりました。東京歯科大学の石川昇教授による「身元確認における歯科医師の役割」という講演で、日本人の「死生観」について深く考えさせられる内容でした。

 普段の診療では決してお話しすることのないテーマですが、私たち歯科医師の仕事の本質に関わる大切な内容でしたので、患者様にもぜひ知っていただきたいと思い、ブログ記事にまとめました。

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## なぜ歯科医師が「死生観」を学ぶのか

「歯医者が死生観?」と不思議に思われるかもしれません。

 実は、大きな災害や事故が起きたとき、歯科医師は警察と協力して「亡くなった方が誰なのか」を特定する役割を担っています。これを「身元確認」といいます。

 石川教授は、海外での身元確認業務の経験から、亡くなった方への向き合い方は国や文化によって全く違うこと、そして日本人の死生観を理解することの重要性について語られました。

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## 日本人が信じる「あの世への旅」

### 三途の川と閻魔大王の審判

 多くの日本人は、亡くなった後にこのような旅をすると信じています:

**死後49日間の旅:**

1. 三途の川を渡る
1. 7日ごとに審判を受ける(初七日、二七日…)
1. 5番目の審判が有名な閻魔大王
1. 49日目で次にどう生まれ変わるかが決まる

 講演では、閻魔大王は実は10人いる審査員の5人目であり、この審判には「不服申し立て」のような再審の仕組みがあることが説明されました。百箇日、一周忌、三回忌で審判の見直しがあるという考え方です。これは江戸時代の三審制に似た、日本人らしい優しいシステムだと感じました。

 これが、四十九日法要、一周忌、三回忌の本当の意味なのです。

### 三回忌までの重要性

 仏教では、死後の審判は49日目で決まるとされていますが、日本では独特の考え方が発展しました。

**死後の審判スケジュール:**

- **四十九日(七七日忌):** 来世がどこかが決まる最初の審判
- **百箇日:** 第一審の見直し
- **一周忌:** 第二審の見直し
- **三回忌:** 最終確定

 三回忌を過ぎると、故人は完全に「仏」や「祖霊(ご先祖様)」になり、魂が落ち着いて家を守る存在に変わると考えられています。だから「三回忌まではしっかり供養を」という習慣があるのです。

 その後の七回忌、十三回忌、十七回忌などの法要は、もう審判は終わっていますが、「忘れていませんよ」という遺族から故人へのメッセージだと説明されました。

### この旅に「完全な身体」が

必要という信念

 ここが重要なポイントです。

日本人は、この49日間の旅を自分の体で行かなければならないと考えています。だから「完全な身体」が必要なのです。

**なぜ完全な身体が必要か:**

- 腕がないと、あの世でご飯が食べられない
- 足がないと、三途の川を渡れない
- 体が不完全だと、次の世界にうまく生まれ変われない

「迷信でしょ?」と思われるかもしれません。でも、これは日本人が何百年も信じてきた、本気の信念なのです。

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## 東日本大震災で見えた「本気の願い」

### 遺族が語った言葉

 石川教授の東日本大震災での経験が紹介されました。

 不明だった右手が見つかったとき、遺族の方は安堵の表情で「これでお箸が持てる」と語られたそうです。左足が見つからないときには「足が片方ないと、あの世で転んでしまう」と心配され、頭蓋骨の一部が欠けていたときには「頭が欠けていると、閻魔様の質問に答えられない」と訴えられたといいます。

これは比喩ではなく、遺族が本気でそう信じているのだと、石川教授は強調されました。そして、その信念を尊重することが医療者の務めであると。

### 「最後の一片」まで探す理由

 指の骨一本でも見つかると、遺族は涙を流して喜ばれる。それは、あの世での旅が少しでも楽になると信じているからです。

 80年前の戦争で亡くなった方の遺骨を、今も海外で探し続けているのも、同じ理由からです。

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## 「身体は親からの授かりもの」という教え

### 儒教が教える身体観

 日本人の身体観に大きな影響を与えた儒教の教えが紹介されました。

 儒教の「孝経」には、「身体髪膚、これを父母に受く。あえて毀傷せざるは孝のはじめなり」という言葉があります。

**意味:**

- 体も髪の毛も、すべて親からいただいたもの
- それを傷つけないことが、親孝行の第一歩
- 死んだ後も、完全な形で返すべき

だから日本人は:

- 解剖への抵抗感が強い
- 臓器提供をためらう
- 「死んでまで体を傷つけたくない」と考える

**数字で見る日本の特徴:**

- 日本の解剖率:約1%
- 欧米の解剖率:50〜70%
- 臓器提供率:スペインの約60分の1

 講演では、これは予算や人材不足だけでなく、「死んでまで体を切られたくない」という文化的な抵抗感が確実に存在すると説明されました。

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## なぜお葬式は仏教なのか

### 神道と仏教の違い

 講演では、興味深い歴史的背景が説明されました。

 神道は霊の存在を認めていて、遺体を「穢れ」として恐れる傾向がありました。一方、仏教は「また生まれ変わるだけ」という考えなので、遺体への恐怖心が少なかったのです。

 そのため、都合よく仏教がお葬式を担当するようになり、それが今も続いているということでした。

### 日本人の不思議な宗教観

 日本人はクリスマスにケーキを食べ、除夜の鐘を聞き、翌日には初詣に行きます。キリスト教、仏教、神道を次々と変える。これは世界的には非常に珍しい現象だそうです。

 他の国では、違いを認識した上で尊重していますが、日本人は「興味がない」「気にしない」という特殊な状況にあると指摘されました。会場では、学生に宗教の話をすると3分の1が寝てしまうというユーモアを交えた説明に、笑いが起きました。

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## 歯科医師の本当の役割

### 単なる「名前の確認」ではない

 身元確認の本質について、深い説明がありました。

 災害現場では、バラバラになった遺体片が運ばれてきます。DNA鑑定には時間がかかるため、歯の治療痕や歯並びから「この骨片とこの骨片は同じ人」と判断し、一人の身体として組み立て直す作業が行われます。

 日本人の遺族は「完全な身体」を強く望むため、可能な限り「一人分」を集めて返すことが、遺族の心の平安につながるのです。

### なぜ「歯」なのか

**歯が身元確認に適している理由:**

- 火事でも溶けない(1000度以上の高温に耐える)
- 腐敗しても残る(骨と同じく無機質が主成分)
- 一人ひとり違う(治療の痕、歯並び、詰め物の形)
- **カルテという記録が残っている**

講演では、歯は亡くなった後も「その人らしさ」を静かに語り続ける器官であり、警察歯科の現場で歯を診るという行為は、「名前」と「身体」と「心」をもう一度結び直して、「この人は確かにここに生きていた」という事実を社会と家族に返す営みだと説明されました。

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## 私たち歯科医師が普段していること

### カルテ・レントゲンの本当の意味

 患者様は、診療のたびに私たちが:

- 細かくカルテに記録している
- レントゲンを撮って保管している
- 治療内容を詳しく書いている

のをご覧になっていると思います。

 これは、今の健康を守るためだけではありません。

**万が一の時に:**

- その人が「誰なのか」を特定する
- 完全な身体として家族の元に返す
- 遺族の心に平安をもたらす

そのための、とても大切な記録なのです。

### 「ご遺体」という言葉に込められた想い

 講演の最後に印象的だったのは、言葉の使い方についての指摘でした。

 欧米の解剖学の教科書には「cadaver(死体)」と書いてあるのに対し、日本の教科書には「ご遺体」と書いてある。科学的には物体かもしれないが、人間としてどう向き合うかは文化によって違う—この違いが、すべてを物語っているのだと感じました。

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## 日本人にとって「死」とは

### 終わりではなく、関係の変化

 講演で最も印象に残ったのは、日本人にとって死は関係の終わりではなく、形を変えた関係の始まりだという指摘でした。

**死後も続く関係:**

- **四十九日まで:** 旅の途中、まだ近くにいる時期
- **一周忌〜三回忌:** 審判を受けている、見守っている時期
- **三回忌以降:** 完全に仏・祖霊(ご先祖様)となり、家を守る存在に
- **お盆:** 年に一度帰ってくる
- **仏壇:** 毎日話しかける対象

 だから、お墓参りで話しかけたり、仏壇に手を合わせたりするのは、決しておかしなことではないのです。

 三回忌までは故人の魂がまだ「審判中」であり、三回忌を過ぎて初めて完全に落ち着いた存在になる—この考え方は、遺族の心の整理にも大きな意味を持っています。

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## おわりに:研修を終えて

 昨日午後の研修会で、私は改めて歯科医師という仕事の深さを実感しました。

 虫歯を治したり、入れ歯を作ったりする日常の診療。それは患者様の健康を守る大切な仕事です。

 でも同時に、私たちが毎日記録しているカルテやレントゲンは、万が一の災害や事故の時に、「その方を、その方として、完全な形でご家族の元にお返しする」という、もっと深い意味も持っているのです。

 講演では、亡くなった人を検体ではなく一人の人として見る姿勢こそが、日本的な「送り方」の感覚そのものだと説明されました。

**休診でご迷惑をおかけしましたが、このような大切なことを学ぶ機会をいただけたことに、深く感謝しております。**

 今後とも、患者様一人ひとりの健康と、そして万が一の時の「尊厳」を守るために、丁寧な診療と記録を続けてまいります。

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**参考文献:**

1. 『日本人の死生観を探究するための三つの扉』[nippon.com](http://nippon.com)
1. 『日本人の霊魂観』日本ペインクリニック学会関東地方会
1. 『遺族の死後世界観と解剖や臓器提供に対する態度』心理学研究
1. 『大規模災害時における身元確認(歯科的個人識別)体制』日本災害歯科学会

*この記事は、2025年11月27日に千葉県歯科医師会館で開催された令和7年度千葉県警察歯科医会研修会における、東京歯科大学法歯学法人類学講座・石川昇教授の特別講演「身元確認における歯科医師の役割」の内容をもとに作成しました。*

**わかな歯科  院長**

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