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感覚がよみがえる?「次世代バイオインプラント」の最前線と未来展望

# 感覚がよみがえる?

「次世代バイオインプラント」の最前線と未来展望

## はじめに

 現代のインプラント治療は、オッセオインテグレーション(骨結合)により失われた歯の咀嚼機能を高いレベルで回復させる、確立された治療法です。しかし、天然歯が持つ「歯根膜」を介した繊細な感覚(食感や噛む力の制御)までは再現できず、これが長年の課題とされてきました。この根本的な課題を解決すべく、世界中で「感覚を持つ」次世代のインプラント開発が進められています。本記事では、特に日本で先行し臨床研究段階に入った技術と、米国の最新研究を紹介し、歯科医療の未来を展望します。

## 日本発・世界をリードする

「歯根膜再生バイオインプラント」

 現在、最も実用化に近いと期待されているのが、岡山大学、理化学研究所、そして再生医療ベンチャーのオーガンテックなどが共同で開発を進めている「次世代バイオインプラント」です。この技術は、2025年1月29日に臨床研究の開始が発表され、大きな注目を集めています。

### 従来のインプラントとの決定的違い

 従来のインプラントが歯根膜なしに骨と直接結合するのに対し、このバイオインプラントは、インプラント体に歯根膜組織を付与し、天然歯のように歯根膜を介して顎骨と生着(結合)させます。これにより、従来のインプラントでは得られなかった以下のような天然歯に近い生理機能の回復が実証されています。

**感覚機能の回復**

 動物実験において、インプラント周囲に再生された歯根膜組織内に神経線維の侵入が確認されました。さらに、インプラントに外部から刺激を与えると、天然歯と同様に脳の特定領域(三叉神経脊髄路核)が応答することが判明しており、噛みごたえなどの感覚が中枢神経系に伝達される可能性が示されています。

**生理的な歯の移動**

 歯根膜が持つ骨のリモデリング機能により、歯科矯正力を加えることで天然歯のように歯を移動させることが可能です。これは、成長期の若年者や、加齢による噛み合わせの変化に対応できる点で画期的です。

**衝撃吸収能と感染防御**

 歯根膜がクッションとして機能し、噛む際の衝撃を和らげます。また、歯と歯肉の強固な付着を再現し、感染に対する防御機構の回復も期待されます。

### 実用化への道のり

 この技術は、動物実験でその有効性と安全性が確認され、ついにヒトでの有効性を検証する臨床研究の段階へと移行しました。岡山大学の研究チームは、器官原基法という技術を用いて、大型動物モデル(ビーグル犬)における構造的・機能的に完全な歯の再生を実証しています。当初は胎児性の歯小嚢組織を用いていましたが、実用化に向けて患者自身の抜去歯などから採取した歯根膜細胞を用いる研究も進められており、今後の展開が待たれます。

## 米国タフツ大学の新たな挑戦「スマートインプラント」

 一方、米国タフツ大学の研究チームも、感覚を持つインプラントに関する研究成果を2025年4月にScientific Reports誌で発表しました。こちらは、日本のアプローチとは異なる独自の方法で感覚の回復を目指しています。

### 技術の核心

 この「スマートインプラント」は、生分解性の特殊なコーティングが特徴です。

**ナノコーティング技術**

 インプラント表面を、幹細胞と神経分化を促すタンパク質を含んだ生分解性コーティングで覆います。

**神経再生の誘導**

 インプラントが埋め込まれると、コーティングが徐々に分解され、放出された幹細胞などが周囲で新たな神経組織の成長を促し、抜歯時に切断された神経終末との再接続を狙います。

**プレスフィット固定**

 コーティングには圧縮された粒子が含まれており、インプラントが抜歯窩に配置されると拡張し、抜歯によって生じた空間を埋める低侵襲な手法です。

### 現状と課題

 ラットを用いた6週間の実験では、炎症や拒絶反応なくインプラントが生着し、骨との間に軟組織のスペースが維持されることが確認されています。しかし、この研究はまだ基礎研究の段階であり、最も重要な「感覚機能が実際に回復したか」という点については未だ証明されておらず、今後の検証が必要です。

## 臨床医としての考察と今後の展望

 感覚を持つインプラントは、もはやSFの世界の話ではなく、具体的な臨床研究の対象となっています。特に日本の「歯根膜再生バイオインプラント」は、すでに大型動物での実証を経てヒトへの臨床研究が開始されており、実用化において世界をリードしていると言えるでしょう。

 これらの技術が実用化されれば、歯科医療は大きく変わる可能性があります。

**QOLの向上**

 食事の楽しみを大きく左右する「食感」を取り戻すことができます。

**インプラントの長期安定**

 噛む力を精密にコントロールできるようになるため、過大な力によるインプラントや上部構造の破損、対合歯へのダメージを防ぐことが期待できます。

**治療選択肢の拡大**

 矯正治療が可能になることで、成長期の患者や、より包括的な咬合再構成が必要な症例にも対応できるようになります。

 もちろん、実用化までには、長期的な安全性と安定性の確立、細胞の供給源や培養に関する技術的・倫理的課題のクリア、そして高額になりがちな治療コストと公的医療保険適用の問題など、乗り越えるべきハードルは少なくありません。

 しかし、これらの研究は、失われた身体機能を生体に近い形で取り戻す「再生医療」が、歯科の領域においても着実に進歩していることを示しています。我々臨床医は、これらの新しい技術動向を常に注視し、科学的根拠に基づいた最善の治療を患者様に提供できるよう、知識と技術の研鑽を続けていく必要があります。次世代のインプラント治療が、多くの患者様にとってさらなる福音となる日を心から期待しています。

## 参考文献

1. 岡山大学. (2014). 天然歯の生理機能を有する『次世代型口腔インプラント治療』の実証に成功. https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id231.html
1. 岡山大学. (2023). イヌの歯の再生に成功 大型動物モデルにおける構造・機能的に完全な歯の再生成功によりヒトにおける完全な歯の再生治療の実現可能性を証明. https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id457.html
1. 時事通信. (2025). かむ感覚があるインプラント 歯根膜残す新型、臨床研究へ―患者6人対象、福島のクリニック. https://www.jiji.com/jc/article?k=2025012901005&g=soc
1. Das, S., Ghosh, S., Tu, Q., Zhu, Z. X., & Chen, J. J. (2025). Surgical considerations towards inducing proprioceptive feedback in dental implants. Scientific Reports, 15, 15208. https://doi.org/10.1038/s41598-025-99923-8
1. Tufts Now. (2025). What if Dental Implants Could Feel More Like Your Real Teeth? https://now.tufts.edu/2025/06/11/what-if-dental-implants-could-feel-more-your-real-teeth
1. 株式会社オーガンテック. (2025). 次世代バイオインプラントの臨床研究について. https://www.organ-tech.jp/news/2025/
1. 岡山大学. (2019). コラーゲンに結合する増殖因子を用いて、歯槽骨の再生促進に成功 歯周病の再生医療の可能性拡大へ. https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id623.html

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