頬っぺたの筋肉「頬筋」の新常識!お食事と入れ歯に、こんな変化が?
# 頬っぺたの筋肉「頬筋」の新常識!
お食事と入れ歯に、こんな変化が?
「食べる」「話す」といったお口の機能は、私たちの生活の質に直結します。今日は、その中でも特に「食べる(摂食・嚥下)」機能や「入れ歯(義歯)」の快適さに深く関わる「頬筋(きょうきん)」という頬の筋肉について、歯科医師の視点から驚きの最新研究と、それが私たちの治療にどんな変化をもたらすのかを詳しくお話しします。
## ステップ1:「頬筋」って、お食事や入れ歯とどう関係してるの?(基本のキ)
頬筋は、頬の内側にある薄くて平らな筋肉です。普段意識することは少ないかもしれませんが、実はお食事の場面や入れ歯の使い心地に、こんな風に大活躍しています。
### 食べ物をまとめる名脇役
噛んでいる食べ物が歯列の外にこぼれ落ちないように、頬を内側に引き寄せ、食べ物を歯の上に保持する働きがあります。これにより、効率よく食べ物を噛み砕き、飲み込みやすい「食塊(しょっかい)」という塊を作るのを助けています。
### 飲み込み(嚥下)のスムーズな連携
頬筋は、唇を閉じる口輪筋や、喉の奥で食べ物を食道に送り込む上咽頭収縮筋などと連携して、「バクシネーターメカニズム」と呼ばれる一連の動きを作り出し、スムーズな飲み込みを助けています。頬筋の力が弱まると、食べ物が頬と歯茎の間に溜まりやすくなったり、飲み込みにくさ(嚥下障害)のリスクが高まることが指摘されています。
### 入れ歯を支える縁の下の力持ち
総入れ歯の場合、頬筋は入れ歯の側面(頬側)の形に影響を与えます。入れ歯の縁が頬筋の動きを邪魔しないように、また逆に頬筋が適度に入れ歯の側面を押さえて安定させるように、その形を精密に調整する必要があります。頬筋の力が弱かったり、麻痺したりすると、食べ物が入れ歯と頬の間に挟まりやすくなることもあります。
これまでの解剖学では、この頬筋は上あごの骨、下あごの骨、そして「翼突下顎縫線(よくとつかがくほうせん)」というスジ状の組織から始まると考えられてきました。
## ステップ2:大発見!頬筋の「新常識」が明らかに!
最近、日本人研究者の岩永譲先生(米国チューレーン大学)らが行った非常に精密な解剖学的研究によって、この頬筋の「常識」が大きく変わる可能性が出てきました。特に注目すべきは以下の2点です。
### 発見その1:「翼突下顎縫線」は
主役じゃなかった?
これまで頬筋の重要な起始部とされていた「翼突下顎縫線」ですが、今回の詳細な研究では、教科書に書かれているような明確な「縫線」という構造物は確認されませんでした。
### 発見その2:新事実!噛む筋肉(側頭筋)とダイレクトにつながっていた!
頬筋の下側の線維は、下あごの骨の一部から始まるだけでなく、食べ物を噛むときに使う主要な筋肉の一つである「側頭筋」の深い部分の腱(筋肉と骨をつなぐスジ)と、共通の腱を形成してつながっていることが初めて明らかになりました。
## ステップ3:この新発見、何がどう変わるの?歯科医師の視点から解説!
この頬筋に関する新しい解剖学的知見は、私たち歯科医師が「摂食・嚥下機能」や「入れ歯治療」を考える上で、どのような新しい視点や変化をもたらす可能性があるのでしょうか?
### 「食べる・飲み込む(摂食・嚥下)」
機能の理解が深まる!
#### より精密なリハビリテーション指導へ
頬筋の力が弱まると、食べ物が口の中に残りやすくなったり、飲み込みにくくなるリスクが高まります。今回の発見で、頬筋が単独で働くのではなく、強力な咀嚼筋である「側頭筋」と直接的につながっていることが分かりました。
これは、摂食・嚥下機能のリハビリテーションにおいて、頬筋だけでなく、側頭筋を含めたより広範囲の筋肉群の連携を意識したトレーニングや指導が、より効果的である可能性を示唆しています。例えば、噛む力を鍛えることが、間接的に頬の機能改善にもつながる、といった新しいアプローチが考えられるかもしれません。
#### 食塊形成のメカニズム解明に期待
食べ物を効率よく噛み砕き、飲み込みやすい「食塊」を形成する上で、頬筋は食べ物を歯の上に集める重要な役割を担っています。側頭筋との直接的な連携が明らかになったことで、この食塊形成のプロセスが、これまで考えられていた以上にダイナミックで力強いものである可能性が出てきました。今後の研究で、この連携が摂食・嚥下の効率にどう影響するのかが解明されれば、より効果的な食事介助や嚥下指導法の開発につながるかもしれません。
### 「入れ歯(義歯)」の
考え方が変わるかも!
#### より安定し、快適な入れ歯作りの
ヒントに
総入れ歯の安定には、入れ歯の形と周囲の筋肉(頬筋、唇の筋肉、舌など)との調和が不可欠です。特に、入れ歯の側面(頬側面)の形態は、頬筋の動きを妨げず、かつ頬筋が適度に入れ歯を支えるように設計する必要があります。
今回の研究で、頬筋の起始部がより正確に分かり、特に下顎においては側頭筋との連続性も明らかになりました。これは、入れ歯の設計、特に下顎義歯の頬側の形態や辺縁の長さ、厚みを決定する際に、より精密な考慮が必要になることを意味します。
例えば、従来「翼突下顎縫線」を目安にしていた部分の義歯形態の考え方が変わるかもしれません。側頭筋の動きも考慮に入れた設計をすることで、咀嚼時や会話時の義歯の安定性がさらに向上し、頬を噛んでしまうといったトラブルの軽減も期待できます。
#### 「ニュートラルゾーン」の概念に
新たな視点
入れ歯の人工歯を並べる位置は、「ニュートラルゾーン(中立帯)」といって、舌からの内向きの力と、唇や頬からの外向きの力が釣り合う場所に設定するのが理想的とされています。頬筋は、この外向きの力を構成する主要な筋肉の一つです。
頬筋の起始部や側頭筋との連携がより詳細に理解されることで、このニュートラルゾーンをより正確に把握し、患者さん一人ひとりの口腔周囲筋の機能に調和した、よりパーソナルな入れ歯作りが可能になるかもしれません。
#### 歯槽骨吸収が進んだ難症例への応用
歯を失って長期間経過すると、歯を支えていた顎の骨(歯槽骨)が吸収して痩せてしまうことがあります。このような場合、入れ歯の安定を得るのが難しくなります。頬筋の付着部が歯槽骨の吸収に伴って変化することが知られており、頬筋の正確な解剖学的知識は、このような難症例の入れ歯治療や、インプラント治療前の軟組織マネジメント(歯肉移植など)においても非常に重要です。今回の新知見は、こうした治療計画の精度向上に貢献する可能性があります。
## ステップ4:この考えは本当に正しい?
これからの歯科医療に向けて
今回の研究成果は、これまでの解剖学の教科書的な記述に一石を投じるものであり、非常に興味深いものです。もちろん、これがすぐに全ての歯科治療のスタンダードを変えるわけではありません。しかし、基礎的な解剖学の理解が深まることは、臨床における診断能力や治療技術の向上に必ずつながります。
私たち歯科医師は、このような最新の研究動向に常にアンテナを張り、日々の診療に活かせる知識や技術をアップデートしていくことが大切だと考えています。
## まとめ:頬筋の「新常識」が、
より快適なお口の未来を拓く!
頬筋という一つの筋肉に関する解剖学的な新発見が、私たちが毎日行う「食べる」という行為や、「入れ歯」という治療法に対して、こんなにも多角的な影響を与える可能性があることに、改めて驚かされます。
わかな歯科では、これからも最新の医学的知見に基づき、患者さん一人ひとりのお口の状態とライフスタイルに合わせた、より質の高い歯科医療の提供を目指してまいります。
お食事のこと、入れ歯のこと、その他お口に関するお悩みやご相談がありましたら、どうぞお気軽にお声がけください。
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## 参考文献
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