麻疹が私たちの免疫システムの 「記憶」を消去する仕組み
# 麻疹が私たちの免疫システムの
「記憶」を消去する仕組み
## はじめに
麻疹(はしか)は、単なる発疹や熱を伴う病気ではありません。近年の研究によって、麻疹ウイルスが私たちの体の免疫システムに深刻な影響を与え、過去に獲得した免疫の「記憶」を部分的に消去してしまうことがわかってきました。この記事では、その仕組みと健康への影響について、わかりやすく解説します。
## 免疫システムの「記憶」とは?
私たちの体には、病原体(ウイルスや細菌など)から身を守る「免疫システム」があります。このシステムは一度感染した病原体や、ワクチンで接種した弱毒化された病原体を「記憶」し、次に同じ病原体が侵入してきたときに素早く対応できるようになっています。
この「記憶」を担っているのが、**メモリーB細胞**と**メモリーT細胞**と呼ばれる特殊な免疫細胞です。これらの細胞は、一度出会った病原体の特徴を記憶し、将来同じ病原体に出会ったとき、素早く適切な防御反応を起こすことができます。
## 麻疹ウイルスの恐ろしい能力
麻疹ウイルスは非常に感染力が強いことで知られていますが、最近の研究で、さらに恐ろしい能力が明らかになりました。
麻疹ウイルスは、私たちの免疫システムの「記憶」を担当するメモリーB細胞やメモリーT細胞を標的にして破壊するのです。これにより、過去に獲得していた免疫の記憶が部分的に「消去」されてしまいます。
この現象は「免疫健忘(めんえきけんぼう)」と呼ばれています。科学的研究では、麻疹感染後、患者の既存の抗体(病原体と戦うためのタンパク質)の11〜73%が消失することが確認されています(Petrova et al., 2019)。つまり、それまで持っていた様々な病気への免疫力が大幅に低下してしまうのです。
## 具体的な影響
この「免疫健忘」の結果、麻疹から回復した後も、2〜3年間は他の感染症にかかるリスクが通常より高まります(Mina et al., 2015)。特に影響を受けやすいのは以下のような疾患です:
- 肺炎
- 気管支炎
- 中耳炎
- 下痢性疾患
- 脳炎
これらの二次感染は、特に小さな子どもでは深刻な合併症を引き起こす可能性があります。
## 麻疹の流行がもたらす社会的影響
麻疹の流行は、単に麻疹患者が増えるだけでなく、その地域全体の「集団免疫」を弱める可能性があります。感染者の免疫記憶が部分的に消去されることで、他の感染症も流行しやすくなるからです。
特に予防接種率が低下している地域では、この問題は深刻になる可能性があります。麻疹の流行による免疫記憶の消失が、他の病気の流行をも引き起こす「連鎖反応」が懸念されています。
## 予防が最大の対策
麻疹による免疫記憶の消失を防ぐ最も効果的な方法は、予防接種です。特にMMR(麻疹・おたふく風邪・風疹)ワクチンは、麻疹感染を99%以上予防できると言われています(WHO, 2023)。
予防接種には以下のような利点があります:
1. 麻疹そのものの感染を防ぐ
2. 免疫記憶の消失を完全に防ぐ
3. 他の人への感染拡大を防ぐ(集団免疫の形成)
## まとめ
麻疹は単なる「子どもの病気」ではなく、私たちの免疫システムの記憶を部分的に消去するという恐ろしい性質を持っています。これにより、麻疹感染後は様々な病気にかかりやすくなり、特に子どもでは深刻な合併症のリスクが高まります。
予防接種は、麻疹そのものの感染を防ぐだけでなく、この「免疫健忘」現象を防ぐためにも非常に重要です。日本でも麻疹の患者数が増加していることを考えると、予防接種の重要性を再認識する必要があります。
自分自身と周りの人々、そして社会全体を守るためにも、予防接種のスケジュールを守り、適切な時期に接種を受けましょう。
## 参考文献
1. Petrova VN, et al. (2019). "Incomplete genetic reconstitution of B cell pools contributes to prolonged immunosuppression after measles." *Science Immunology*, 4(41). DOI: 10.1126/sciimmunol.aay6125
2. Mina MJ, et al. (2015). "Long-term measles-induced immunomodulation increases overall childhood infectious disease mortality." *Science*, 348(6235), 694-699. DOI: 10.1126/science.aaa3662
3. WHO (2023). *Measles Fact Sheet*. 世界保健機関公式サイトより
4. Moss WJ. (2017). "Measles." *Lancet*, 390(10111), 2490-2502. DOI: 10.1016/S0140-6736(17)31463-0
5. Laksono BM, et al. (2016). "Measles Virus Host Invasion and Pathogenesis." *Viruses*, 8(8), 210. DOI: 10.3390/v8080210