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睡眠と免疫力の深い関係 ~風邪をひきやすい人に知ってほしいこと

# 睡眠と免疫力の深い関係

~風邪をひきやすい人に知ってほしいこと~

わかな歯科院長の若菜です。

 「風邪をひきやすい」「毎年インフルエンザにかかってしまう」——そんなお悩みをお持ちの方は少なくありません。手洗い・うがい・マスクといった基本的な予防策はもちろん大切ですが、実は「睡眠」が免疫力に非常に大きな影響を与えていることをご存知でしょうか。

 今回は、睡眠と感染症リスクの関係、そして歯科医師の立場から「お口の環境」が免疫にどう関わるかについて、最新の研究をもとにお伝えします。

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## 睡眠時間が6時間を切ると風邪のリスクは4倍以上に

 2015年、アメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームが、睡眠と風邪の関係を調べた画期的な研究を発表しました。

 この研究では、164人の健康な成人に腕時計型の活動量計を装着してもらい、1週間の睡眠を客観的に記録しました。その後、参加者全員に風邪の原因となるライノウイルスを点鼻し、実際に風邪を発症するかどうかを観察したのです。

 結果は驚くべきものでした。

**1日の平均睡眠時間が6時間未満の人は、7時間以上眠っている人に比べて、風邪をひくリスクが4倍以上も高かったのです。**

 この関連性は、年齢や体格、ストレスの程度、喫煙習慣など、さまざまな要因を考慮に入れても変わりませんでした。研究を主導したPrather博士は「睡眠時間は、他のどの要因よりも強力に風邪の発症を予測する因子だった」と述べています。

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## 「よく眠れた気がする」は当てにならない

 もう一つ重要な研究があります。2009年にカーネギーメロン大学のCohen博士らが発表した研究では、睡眠の「長さ」だけでなく「質」も重要であることが示されました。

 この研究では「睡眠効率」という指標に注目しました。これは、ベッドにいる時間のうち実際に眠っている時間の割合のことです。

**睡眠効率が低い人(92%未満)は、高い人(98%以上)に比べて風邪をひくリスクが5.5倍も高いことがわかりました。**

 そして注目すべきは、「ぐっすり眠れた」「疲れがとれた」という主観的な感覚は、実際の風邪のかかりやすさとは関係がなかったという点です。

 つまり、自分では「睡眠は足りている」と思っていても、実際には免疫力が低下している可能性があるのです。

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## 最適な睡眠時間は7〜8時間

 イギリスの大規模な研究(UK Biobank、約50万人のデータを分析)では、睡眠時間と呼吸器感染症のリスクの関係がU字型のカーブを描くことが明らかになりました。

 短すぎる睡眠はもちろんリスクを高めますが、長すぎる睡眠(9時間以上)もリスク上昇と関連していたのです。ただし、長時間睡眠については、何らかの体調不良や疲労が背景にある可能性もあり、単純に「寝すぎは悪い」とは言えません。

 複数の研究を総合すると、**免疫機能にとって最も良いのは7〜8時間の睡眠**と考えられています。

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## ワクチンの効果も睡眠で変わる

 睡眠の影響は、風邪だけにとどまりません。インフルエンザワクチンやCOVID-19ワクチンの効果にも関係しています。

 2002年にシカゴ大学の研究チームが行った研究では、インフルエンザワクチン接種の前後に睡眠時間を4時間に制限した人は、通常通り眠った人に比べて、**抗体の産生量が半分以下になっていました。**

 また、2003年のドイツの研究では、A型肝炎ワクチンを接種した夜にしっかり眠った人は、一晩起きていた人に比べて、4週間後の抗体価が約2倍高いことが示されました。

 睡眠中には成長ホルモンなどが分泌され、免疫細胞の働きが活発になります。ワクチンを打った後の睡眠は、体が「免疫の記憶」を定着させる大切な時間なのです。

**ワクチン接種の効果を最大限に得るためには、接種前後の数日間、十分な睡眠を確保することが大切です。**

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## 歯科医師の視点から:

お口は感染の「入り口」です

 ここからは、歯科医師としてぜひお伝えしたいことがあります。

風邪やインフルエンザなどの呼吸器感染症は、ウイルスが口や鼻の粘膜に付着することから始まります。つまり、**お口の中の環境は、感染を防ぐ「最前線の防衛ライン」なのです。**

### 唾液は天然の抗菌液

 唾液の中には「分泌型IgA(エスアイジーエー)」という免疫物質が含まれています。これは、粘膜の表面でウイルスを捕まえて中和し、体内への侵入を防ぐ働きをしています。

 動物実験では、睡眠を奪われたラットは唾液の分泌量が減り、このIgAの量も大幅に低下することが確認されています。

 人間のアスリートを対象にした研究でも、睡眠の質が悪いと唾液中の免疫物質が減少し、その後に上気道感染症にかかりやすくなることが報告されています。

**睡眠不足の朝、お口の中はウイルスに対して無防備な状態になっているのです。**

### 口呼吸が免疫力を下げる理由

 睡眠中の呼吸の仕方も、感染リスクに影響します。

 鼻で呼吸をすると、吸い込んだ空気は鼻の中で温められ、適度に加湿されます。また、鼻毛や粘膜の繊毛がほこりやウイルスを捕らえてくれます。さらに、副鼻腔では一酸化窒素という物質が作られ、これには殺菌作用があります。

 一方、口呼吸をすると、これらの防御機能がすべてバイパスされてしまいます。乾いた空気が直接のどに届き、粘膜が乾燥してウイルスが付着しやすくなるのです。

**睡眠中の口呼吸は、ウイルスに対して「特急レーン」を開けているようなもの**と言えます。

### 睡眠時無呼吸症候群との関係

 いびきをかく方、朝起きたときに口が乾いている方は、睡眠中に口呼吸になっている可能性があります。

 特に、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)の方は、気道が狭くなることで強制的に口呼吸になりやすく、口腔内の乾燥が進みます。これにより、虫歯や歯周病のリスクが高まるだけでなく、感染症にもかかりやすくなります。

 歯並びの問題(出っ歯や開咬など)で唇が閉じにくい方も、睡眠中に口が開いてしまいがちです。

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## 今日からできること

 これまでの研究をまとめると、感染症から身を守るために以下のことが大切だとわかります。

**睡眠について**

- 毎日7時間以上の睡眠を確保しましょう
- 就寝・起床時間を一定にして、睡眠の質を高めましょう
- ワクチン接種の前後は特に睡眠を大切にしましょう

**お口の健康について**

- 唾液の分泌を促すために、よく噛んで食事をしましょう
- 定期的な歯科検診で口腔内環境を整えましょう
- 睡眠中の口呼吸が気になる方は、鼻の通りを良くする工夫や、必要に応じて専門的な治療を検討しましょう
- いびきや無呼吸が気になる方は、睡眠時無呼吸症候群の検査をお勧めします

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## おわりに

 マスクや手洗いと同じくらい、いやそれ以上に、「質の良い睡眠」と「健康な口腔環境」は私たちの体を守る基盤です。

 「最近よく風邪をひく」「ワクチンを打っても効いている気がしない」という方は、ぜひご自身の睡眠習慣を振り返ってみてください。そして、朝起きたときに口が乾いていないか、いびきを指摘されていないかも確認してみましょう。

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### 参考文献

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