過去の感染が未来の病気を作る——微生物と慢性疾患をつなぐ「見えない時間差攻撃」
# 過去の感染が未来の病気を作る——微生物と慢性疾患をつなぐ「見えない時間差攻撃」
こんにちは。わかな歯科の若菜です。
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今日は、スタンフォード大学の最新研究をもとに、私自身も非常に関心を持っているテーマについてお話しします。それは「若い頃にかかった感染症が、何十年も経ってから脳や心臓、免疫システムに深刻なダメージを与える」という、医学界で今最もホットな研究分野です。
## 医療が直面する新しい課題
急性疾患から慢性疾患へ
私たちは風邪、インフルエンザ、COVID-19といった感染症にかかります。多くの場合、数日から数週間で回復し、「治った」と思います。しかし実際には、体の中で物語は終わっていないかもしれません。
現代医学が直面している大きな課題は、健康問題の重心が「急性感染症」から「慢性疾患」へと移ってきていることです。神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病)、自己免疫疾患、心血管疾患、がんなど、これらの病気の一部が、実は過去の微生物感染に起因している可能性が示唆されているのです。
## なぜ今まで気づかれなかったのか?
——時間差という盲点
感染症と慢性疾患の関係が見過ごされてきた最大の理由は、**両者の間に長い時間のギャップがある**ことです。
20代で感染したウイルスが、50代、60代になって脳の病気を引き起こす。その間に30年、40年という時間が経過していれば、医師も患者さんも、両者をつなげて考えることはほとんどありません。
しかし最新の研究技術により、この「見えない時間差攻撃」のメカニズムが少しずつ明らかになってきました。
## 微生物が仕掛ける「3つの時限爆弾」
### 1. 終わらない炎症(慢性炎症の持続)
急性感染が治まった後も、微生物の一部が体内に潜伏し続けることがあります。完全には排除されない微生物は、低レベルながら継続的な炎症反応を引き起こします。
この「くすぶり続ける炎症」が何年、何十年と続くことで、臓器や組織に少しずつダメージが蓄積していきます。脳であれば神経細胞の変性、血管であれば動脈硬化、免疫システムであれば自己免疫反応といった形で表れます。
### 2. 免疫システムの混乱
(分子模倣と自己免疫)
一部の微生物は、人間の正常な組織と非常によく似た構造を持っています。免疫システムが微生物を攻撃する過程で、似た構造を持つ自分自身の組織まで攻撃対象にしてしまうことがあります。
これが「自己免疫疾患」の引き金となります。感染が治まった後も、一度誤作動を起こした免疫システムは自分の組織を攻撃し続け、慢性的な病気を引き起こすのです。
### 3. 組織バリアの破壊
(保護機構の崩壊)
私たちの体には、重要な臓器を守るバリアがいくつも存在します。脳を守る「血液脳関門」、腸を守る「腸管バリア」などです。
慢性的な感染や炎症は、これらのバリアを徐々に弱め、破壊します。すると、本来入ってはいけない物質や細菌が臓器内に侵入し、新たな病気の火種となります。
## 具体例:
どの微生物がどの病気を引き起こすのか
### エプスタイン・バーウイルス(EBV)→ 多発性硬化症
多くの人が子供の頃に感染するありふれたウイルスですが、2022年のハーバード大学の研究で、EBV感染が多発性硬化症発症の「ほぼ必須条件」であることが明らかになりました。感染から発症まで、数十年かかることもあります。
### 歯周病菌(P. gingivalis)
→ アルツハイマー病
歯周病は単なる「歯の病気」ではありません。歯茎の炎症部位から血流に入り込んだ歯周病菌が脳に到達し、アルツハイマー病の原因物質である「アミロイドベータ」の蓄積を促進することが、複数の研究で示されています。
実際、アルツハイマー病患者さんの脳組織から歯周病菌が検出されており、その毒素(ジンジパイン)が神経細胞を直接破壊している証拠も見つかっています。
### ヘルペスウイルス(HSV-1)→ 認知症
口唇ヘルペスの原因ウイルスは、一度感染すると神経節に一生潜み続けます。ストレスや加齢で免疫力が低下すると再活性化し、脳内で炎症を引き起こします。この繰り返しが、認知機能の低下を加速させる可能性があります。
### COVID-19 → 多臓器への長期影響
COVID-19のパンデミックは、「感染症の長期的影響」という概念を多くの人に知らしめました。いわゆる「Long COVID」では、感染から数ヶ月、数年経っても、疲労、認知機能障害、心血管系の問題などが続くケースが報告されています。
## スタンフォード大学が提唱する
新しい医療戦略
スタンフォード大学の研究者たちは、こう述べています。
> **「どの感染性微生物がどの慢性疾患の原因となるのかが分かれば、一方が他方を引き起こす前に、いつ、どのように介入すべきかが分かるかもしれません。感染症を治したり予防したりする方が、数十年後に感染症によって引き起こされた臓器や組織の損傷を元に戻すよりもずっと簡単なはずです。」**
これは医療の考え方を根本から変える発想です。つまり、**「今日の感染予防が、30年後の認知症予防になる」**ということです。
## 私たちができる具体的な予防策
### 1. ワクチン接種を適切に受ける
帯状疱疹ワクチン、インフルエンザワクチン、COVID-19ワクチンなど、利用可能なワクチンを適切に接種することは、将来の慢性疾患リスクを下げる可能性があります。
### 2. 口腔ケアを徹底する
歯周病は「口の中だけの問題」ではありません。全身の炎症状態を引き起こし、脳、心臓、血管にダメージを与えます。
- 毎日の丁寧なブラッシングとフロス
- 定期的な歯科検診(3〜6ヶ月ごと)
- 歯周病の早期発見と治療
これらは単なる「歯を守る」行為ではなく、**脳と体を守る投資**です。
### 3. 免疫力を維持する生活習慣
潜伏しているウイルスの再活性化を防ぐためには、免疫システムを健康に保つことが重要です。
- 十分な睡眠(7〜8時間)
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- ストレス管理
- 禁煙
### 4. 感染症を「甘く見ない」
「ただの風邪」「ただの歯茎の腫れ」と軽視せず、適切に治療することが重要です。急性感染をしっかり治すことが、将来の慢性疾患予防につながります。
## 歯科医師としての視点
口腔ケアが全身を守る
私が特に強調したいのは、**口腔の健康が全身の健康の入り口である**ということです。
歯周病は、脳だけでなく、心臓病、糖尿病、関節リウマチ、誤嚥性肺炎など、さまざまな全身疾患と関連があることが分かっています。口の中の慢性炎症が、全身に「火種」をまき散らしているのです。
逆に言えば、口腔ケアをしっかり行うことで、これら多くの病気のリスクを下げられる可能性があります。
## まとめ——未来の健康は、今日の予防から
過去の感染が未来の病気を作る——この事実は怖いように思えるかもしれません。しかし、見方を変えれば、**今日できる予防が、何十年も先の健康を守る**という希望でもあります。
- ワクチンを接種する
- 口腔ケアを怠らない
- 健康的な生活習慣を続ける
- 感染症を適切に治療する
これらのシンプルな行動が、未来のあなたを認知症や心臓病から守る盾になるかもしれません。
当院では、こうした最新の科学的知見に基づいた口腔ケアと予防歯科を提供しています。歯を守ることは、脳と体を守ることでもある——そんな視点で、皆さんの健康をサポートしていきたいと考えています。
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## 参考文献
1. Goldman, B. (2025). Infection connections: How past microbial incursions can lead to neurodegenerative diseases. *Microbiology*, Issue 2, September 22, 2025. Stanford Medicine Magazine. Available at: <https://stanmed.stanford.edu/infections-link-to-chronic-diseases/>
1. Bjornevik, K., et al. (2022). Longitudinal analysis reveals high prevalence of Epstein-Barr virus associated with multiple sclerosis. *Science*, 375(6578), 296-301.
1. Dominy, S. S., et al. (2019). Porphyromonas gingivalis in Alzheimer’s disease brains: Evidence for disease causation and treatment with small-molecule inhibitors. *Science Advances*, 5(1), eaau3333.
1. Itzhaki, R. F. (2018). Corroboration of a Major Role for Herpes Simplex Virus Type 1 in Alzheimer’s Disease. *Frontiers in Aging Neuroscience*, 10, 324.
1. Nalbandian, A., et al. (2021). Post-acute COVID-19 syndrome. *Nature Medicine*, 27(4), 601-615.
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わかな歯科 院長 若菜
