パラジウム高騰で銀歯治療が危機に――歯科医院が直面する経済的現実
# パラジウム高騰で銀歯治療が危機に――
歯科医院が直面する経済的現実
虫歯治療でおなじみの「銀歯」が、いま大きな岐路に立たされています。原因は、銀歯の主成分であるパラジウムの価格高騰。山梨県のYBS NEWS NNNで報道されたように、「治療すればするほど赤字」という深刻な事態が全国の歯科医院で起きています。[1][2] 今回は、この問題の背景と、患者さんにとっての影響について詳しく解説します。
## 銀歯とパラジウムの関係
日本の保険診療で使われる銀歯は、正式には「金銀パラジウム合金」と呼ばれる金属です。この合金には金、銀、そしてパラジウムが含まれており、特にパラジウムは合金に強度と耐久性を与える重要な役割を果たしています。[3]
パラジウムは貴金属の一種で、歯科治療以外にも自動車の排ガス触媒や電子部品など、幅広い産業で使用されています。この多様な需要が、現在の価格高騰の一因となっています。
## なぜパラジウム価格は高騰しているのか
パラジウム価格高騰の背景には、複数の要因が絡み合っています。
**世界的な需要拡大**
自動車産業での排ガス浄化装置への需要が増大し、特にハイブリッド車やEV車の普及に伴い、パラジウムの工業的需要が急増しています。[3][4]
**地政学的リスク**
パラジウムの主要生産国はロシアと南アフリカです。国際情勢の不安定化により、安定供給への懸念が価格を押し上げています。[16]
**円安と資源価格の高止まり**
国際市場での資源価格上昇に加え、円安の進行により、日本国内での調達コストがさらに増大しています。
具体的な価格推移を見ると、パラジウムは2025年だけでも1グラムあたり4,500円台から5,700円台へと短期間で急騰しており、[5] 1990年からの35年間では実に10倍もの価格上昇を記録しています。[3]
「治療するほど赤字」の仕組み
歯科医院が深刻な経営難に陥っている理由は、材料費と診療報酬のミスマッチにあります。
保険診療では、歯科医院が患者さんに請求できる治療費(診療報酬)は国が定めた価格に固定されています。一方、銀歯の材料費は市場価格で変動します。通常であれば、国は定期的に診療報酬を見直し、材料費の変動に対応しますが、その改定頻度は年1~2回程度です。[2][9]
ところが、パラジウム価格は数週間から数ヶ月の単位で急騰することがあり、診療報酬の改定スピードが材料費の高騰に全く追いつかない状態が続いています。
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その結果、報道では1回の銀歯治療で約4,000円の赤字が発生するケースも生じています。[1][2][6] つまり、患者さんのために治療を行えば行うほど、歯科医院の経営は悪化するという矛盾した状況に陥っているのです。
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## 診療報酬改定の課題
歯科用貴金属の価格変動に対応するため、厚生労働省は「随時改定」という制度を設けています。[9] これは、市場価格の変動が一定基準を超えた場合に、通常の診療報酬改定とは別に臨時で価格を見直す仕組みです。
しかし、この随時改定にも限界があります。実際の市場価格の変動スピードに比べて改定のタイミングが遅れがちで、また改定幅も実際のコスト増加を完全には補填できていないのが現状です。[8]
## 患者さんへの影響と今後の展望
現時点では、患者さんが窓口で支払う治療費が直接値上がりすることはありません。保険診療の自己負担割合(通常1~3割)は変わらないためです。
しかし、中長期的には以下のような影響が考えられます。
**治療の選択肢への影響**
銀歯の提供を制限したり、保険診療の範囲を縮小したりする歯科医院が出てくる可能性があります。
**代替材料への移行**
国は金銀パラジウム合金に代わる材料として、白い詰め物である「CAD/CAM冠」や「ジルコニア」などの保険適用範囲を段階的に拡大しています。[3][7] これらは金属アレルギーの心配もなく、見た目も自然な白色という利点があります。
**材料選択の多様化**
今後は、歯の位置や状態に応じて、銀歯以外の保険適用材料を選択できるケースが増えていくでしょう。
## 患者さんができること
この問題は個々の歯科医院だけでは解決できない構造的な課題です。患者さんにできることとして、以下の点をお勧めします。
1. **定期検診の継続**: 虫歯を早期に発見し、小さな治療で済ませることで、大規模な修復治療の必要性を減らせます。
1. **材料の相談**: 銀歯以外の選択肢(CAD/CAM冠など)についても、歯科医師に相談してみましょう。保険適用の範囲は年々拡大しています。
1. **予防への投資**: 虫歯予防に力を入れることで、修復治療そのものの必要性を減らすことができます。
## まとめ
パラジウム価格の高騰は、世界経済や地政学的要因が日本の医療現場に直接影響を及ぼす典型例となっています。歯科医院が「治療するほど赤字」という異常事態に直面している一方で、国の制度改革は急務となっています。
患者さんにとって重要なのは、この状況を理解した上で、自分に最適な治療法を歯科医師と相談していくことです。銀歯に限らず、様々な治療選択肢について、遠慮なく質問してみてください。
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## 参考文献
1. YBS NEWS NNN「『治療するほど赤字』銀歯に不可欠な金属”パラジウム”価格高騰で歯科医が苦境 山梨」2025年11月7日
<https://www.excite.co.jp/news/article/ybs_1359475254422405401/>
1. ディー・プラス・エス株式会社「銀歯治療が”赤字”に―パラジウム高騰が歯科医院経営を直撃」2025年11月8日
<https://d-plus-s.com/>
1. note「歯科用金銀パラジウム合金が急騰、1990年から35年で10倍増加」2025年10月4日
<https://note.com/tohoku_itako_661/n/n3530b98ae797>
1. 赤坂矯正歯科コラム「知っておきたい歯のパラジウム事情」2025年9月29日
<https://akasaka-kyousei.com/column/399-2/>
1. パラジウム価格推移グラフ(YBS NEWS NNNより)
1. 歯科医院における赤字額の事例(YBS NEWS NNNより)
1. 坂井歯科「保険の『銀歯』がなくなる? CAD/CAM冠と高騰する金属の裏事情」2025年10月1日
<https://www.sakai-dent.com/dental-metal-prices-cadcam/>
1. 日本経済新聞「歯科医悩ます『銀歯』高 診療報酬の改定追いつかず」2021年
<https://www.nikkei.com/article/DGXZQODJ068JE0W1A100C2000000/>
1. 東京歯科保険医協会「2025年12月 歯科用貴金属の随時改定情報」2025年10月28日
<https://www.tokyo-sk.com/news1/35473/>
1. 中野デンタルクリニック「【2025年現在】歯科用金属が高騰中!? 歯科治療費に影響する理由」2025年7月2日
<https://nakanodent.com/blog/archives/8427>
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*本記事は2025年11月の情報に基づいています。診療報酬や材料価格は変動する可能性がありますので、最新の情報は当院までお問い合わせください。*
