脳腫瘍と口の中の細菌の意外なつながり ―歯周病が脳に影響を与える可能性―
# 脳腫瘍と口の中の細菌の意外なつながり
―歯周病が脳に影響を与える可能性―
「歯周病が脳の病気に関係しているなんて、本当なの?」と驚かれる方も多いでしょう。実は2025年11月、世界で最も信頼される医学雑誌の一つ『Nature Medicine(ネイチャー・メディシン)』に、驚くべき研究結果が発表されました。脳腫瘍の組織の中に細菌の成分が見つかり、しかもその一部が私たちの口の中にいる細菌と関係している可能性があるというのです。
今日は、この最新研究を患者さんにもわかりやすくご説明し、日々の口腔ケアがいかに大切かをお伝えしたいと思います。
## 脳腫瘍の中に細菌?
―最新研究でわかったこと
### 研究の概要
アメリカのテキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究チームは、221名の患者さんから採取した合計243のサンプル(168の脳腫瘍サンプルと75の正常な脳組織)を最先端の技術を使って詳しく調べました。
その結果、何がわかったのでしょうか?
脳腫瘍の細胞の中やその周りに、細菌の遺伝子や細胞の部品が実際に存在していることが確認されました。しかも、これらの細菌成分は「生きている」ような状態で、腫瘍の成長や進行に何らかの影響を与えている可能性があることがわかったのです。
### これまでの常識が変わる発見
これまで脳は「無菌の臓器」、つまり細菌がいない場所だと考えられてきました。しかし、この研究によってその常識が覆されたのです。
研究では200以上の脳組織サンプルを詳細に分析し、細菌成分が腫瘍内の特定の免疫反応や代謝の仕組みと関連していることを発見しました。
さらに興味深いのは次の点です。
### 口の中の細菌との関連
詳しい分析の結果、脳腫瘍内で見つかった細菌の特徴が、私たちの口の中にいる細菌(口腔マイクロバイオーム)と関連していることが示されました。
つまり、お口の中の細菌が何らかの経路で脳にまで到達している可能性があるということです。
ただし、研究チームも述べているように、現時点ではこれらの細菌が実際に腫瘍の成長を直接促進しているかどうかは証明できていません。 今後さらに詳しい研究が必要です。
## 歯周病菌はどうやって脳に到達するの?
ここで一つの疑問が浮かびます。「お口の中の細菌が、どうやって脳まで届くの?」
脳には「血液脳関門(けつえきのうかんもん)」という強力なバリアがあり、血液中の有害物質が脳に入り込まないように守っています。まるで厳重なセキュリティゲートのようなものです。
### 歯周病菌の巧妙な侵入メカニズム
しかし、歯周病の主な原因菌である**ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)**という細菌は、このセキュリティを突破する特殊な能力を持っていることが研究でわかっています。
2023年の研究では、この歯周病菌を実験動物に8週間投与したところ、脳内に特殊な色素が入り込み、細菌が実際に血液脳関門を通過できることが確認されました。
どうやって通過するのでしょうか?
歯周病菌は、脳の血管を作る細胞(脳微小血管内皮細胞)に感染すると、「カベオラ」という小さな袋のような構造を増やし、「カベオリン-1」というタンパク質を増加させます。このタンパク質は、歯周病菌が作る「ジンジペイン」という毒素と強く結びつくことがわかりました。
もう少しわかりやすく言うと、歯周病菌は脳を守るバリアの「弱点」を見つけて、そこから侵入する巧妙な仕組みを持っているのです。
### 毎日起こる「菌血症」のリスク
実は、歯周病がある方の場合、こんなことが日常的に起こっています:
- **歯磨きをするとき**
- **食事をするとき**
- **硬いものを噛むとき**
これらの日常的な行為によって、歯茎から細菌が血液中に入り込む「菌血症(きんけつしょう)」という状態が繰り返し起こるのです。
重度の歯周病の方では、この「菌血症シャワー」が毎日何度も発生し、それが長年続くことで、脳を含む全身に細菌が届く可能性が高まります。
## 脳に到達した歯周病菌は何をするの?
脳に到達した歯周病菌は、ただそこにいるだけではありません。
### アルツハイマー病との関連
実際、アルツハイマー病の患者さんの脳から歯周病菌が見つかり、さらにこの細菌が作る「ジンジペイン」という毒素も検出されました。このジンジペインの量は、アルツハイマー病の特徴である「タウ」というタンパク質の異常と関係していました。
動物実験では、マウスの口から歯周病菌を感染させると、脳内に細菌が住み着き、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβ(ベータ)というタンパク質が増加しました。また、ジンジペインは神経細胞に毒性を示し、正常な脳機能に必要なタウタンパク質を傷つけることがわかりました。
### 脳腫瘍への影響
今回の『Nature Medicine』の研究では、細菌成分が存在する腫瘍細胞やその周辺で、特殊な遺伝子の働きや生物学的な変化が確認されました。
これは、細菌が単に「たまたまそこにいる」だけでなく、実際に腫瘍の環境に何らかの影響を与えている可能性を示しています。
### 神経変性疾患全般への影響
2025年2月に発表された総説論文では、歯周病菌が血液脳関門を通過したり、腸と脳をつなぐ経路(腸-脳軸)を通じて脳に炎症を起こし、神経細胞の成長や生存に影響を与え、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の発症や進行に関わる可能性が指摘されています。
## 今日からできる予防―お口のケアが脳を守る
これらの研究結果から、私たち歯科医療に携わる者が強く感じることがあります。**口腔ケアは、単に歯を守るだけでなく、脳を含む全身の健康を守る大切な医療行為である**ということです。
### 1. 毎日の丁寧な歯磨き
**朝・昼・晩の食後と就寝前**に、1回あたり3分以上かけて丁寧に磨きましょう。
- 歯ブラシは鉛筆を持つように軽く持つ
- 歯と歯茎の境目を意識して磨く
- 強くゴシゴシせず、優しく小刻みに動かす
### 2. デンタルフロスや歯間ブラシの使用
歯ブラシだけでは、歯と歯の間の汚れは60%程度しか落とせません。
- 就寝前には必ずフロスか歯間ブラシを使う
- 最初は面倒でも、習慣にすると2〜3分で終わります
- 続けることで歯周病菌の数を大きく減らせます
### 3. 定期的な歯科検診とクリーニング
**3〜6ヶ月に1回**は歯科医院で専門的なチェックとクリーニングを受けましょう。
- 初期の歯周病は自覚症状がほとんどありません
- プロによるクリーニングで、自分では取れない汚れを除去
- 早期発見・早期治療が何より大切です
### 4. 歯周病の治療
もし歯周病と診断されたら、放置せずにしっかり治療を受けてください。
歯周病の予防と治療を改善することは、神経変性疾患の発症と進行を減らすのに役立つ可能性があります。
### 5. 生活習慣の見直し
- **禁煙**:喫煙は歯周病の最大のリスク要因です
- **バランスの良い食事**:免疫力を保つために大切です
- **ストレス管理**:ストレスは免疫機能を低下させます
- **十分な睡眠**:体の修復機能を高めます
## 医科歯科連携の重要性
現在、研究チームは細菌がどのように脳に到達し、脳腫瘍の発症にどのように影響するかをより深く理解するために研究を続けており、歯周病が脳への細菌拡散に役割を果たしているかを調査しています。
これからの医療では、歯科医師と医師が連携して患者さんの健康を守ることがますます重要になります。
特に以下のような方は、歯科との連携が大切です:
- がん治療を受ける予定の方
- 心臓病や糖尿病などの持病がある方
- 手術を控えている方
- 認知機能の低下が心配な方
医科と歯科が協力することで、より良い治療結果と健康維持が期待できます。
## おわりに―「口は全身の健康への入り口」
「口は全身の健康への入り口」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。この言葉は、もはや単なる標語ではなく、科学的な事実として認識されつつあります。
今回ご紹介した研究は、脳腫瘍という重い病気においてさえ、口の中から来た可能性のある細菌成分が存在し、何らかの影響を及ぼしているかもしれないことを示した画期的なものです。
研究を主導したWargo博士は「細菌の要素が脳腫瘍の環境にどのように影響するかを解明することで、これらの深刻な病気と闘う患者さんの治療成績を改善する新しい方法を見つけられる可能性があります」と述べています。
私たち歯科医療者は、この新しい知見を真摯に受け止め、患者さんのお口の健康を守ることが、全身の健康、そして脳の健康にもつながるという視点を持って、日々の診療に取り組んでいます。
**お口の健康は、あなたの全身の健康とつながっています。**
毎日の丁寧な口腔ケアと、定期的な歯科受診を習慣にしてください。それが、将来の健康を守る大切な一歩になります。
もし歯周病や口腔内の問題で気になることがあれば、どんな小さなことでも構いません。お気軽にご相談ください。一緒に、あなたの健康を守っていきましょう。
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## 参考文献
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**当院では、患者さん一人ひとりに合わせた口腔ケアのアドバイスと、定期的なメンテナンスを提供しています。お口の健康について、ぜひお気軽にご相談ください。**
