わかな歯科

お知らせ

治療中の「急なトイレ…」 遠慮なくお申し出ください

# 🦷 治療中の「急なトイレ…」

遠慮なくお申し出ください【医学論文解説】

 今回は、「歯科治療中にお腹が痛くなったら…」「急に便意を感じたら…」という、患者さんが意外と相談しづらい症状について、**最新の医学論文に基づき**お話しします。

実は、こうした症状の背景には、時として緊急性の高い健康状態が隠れている可能性があるのです。

-----

## 😰 「治療中に急な便意…恥ずかしくて言えない」その我慢が危険かも

 歯科治療中、突然強い便意に襲われた経験はありませんか?

「こんなこと言ったら恥ずかしい」「我慢できるはず」と、そのまま治療を続けてしまう方が少なくありません。

 しかし、医学的には**排便切迫感(Fecal Urgency)**と呼ばれるこの症状は、**単なる腹痛や緊張だけではなく、時として重篤な基礎疾患のサインである可能性**があり、専門家から注目されています。

-----

## 📚 消化器内科の権威ある専門誌が警鐘「排便切迫感を軽視しないで」

 2023年、消化器内科領域でトップクラスの専門誌『Clinical Gastroenterology and Hepatology』(インパクトファクター12.0以上)に掲載されたシステマティックレビューでは、排便切迫感が炎症性腸疾患をはじめとする複数の重篤な基礎疾患と関連して出現する重要な臨床症状であることが報告されました [1]。

 この論文では、排便切迫感の「識別(Identifying)」「理解(Understanding)」「管理(Managing)」について包括的に解説されており、**この症状が患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させ、基礎疾患の重症度を示す重要な指標となる**ことが強調されています。

-----

## 排便切迫感が示唆する可能性のある疾患

排便切迫感は単独で起こるのではなく、以下のような基礎疾患に伴って出現することがあります :

### 🔴 **炎症性腸疾患(IBD)**

 潰瘍性大腸炎やクローン病など、腸に慢性炎症が起こる疾患の活動期において、排便切迫感は80%以上の患者さんに認められ、疾患の重症度と相関する重要な症状です 。

### 🔴 **重度の感染性腸炎**

 特定の細菌やウイルスによる重度の感染が、腸の運動機能や感覚に異常をきたし、突発的な便意として現れることがあります。

### 🔴 **神経系の異常**

 排便のコントロールは脳と脊髄の複雑な神経経路によって制御されています。これらに異常があると、便意を適切に抑制できず、突発的な切迫感につながる場合があります。

### 🔴 **便秘に伴う排便切迫感**

 意外かもしれませんが、便秘の患者さんの71%が排便切迫感を経験しており、そのうち約4分の1が日常生活に支障をきたすレベルであることが報告されています [2]。

-----

## 🏥 歯科診療中に起こりうる緊急事態

### **血管迷走神経反射(Vasovagal Syncope)**

 歯科診療中に起こる最も一般的な医療緊急事態は「血管迷走神経反射」であり、全医療緊急事態の約50%を占めます [3]。

これは、**恐怖・痛み・緊張・疲労**などのストレスにより自律神経系が過剰に反応し、以下の症状が出現する状態です:

- めまい・ふらつき
- 冷や汗
- 顔面蒼白
- **悪心・嘔気**
- **腹部不快感や排便切迫感**
- 意識消失(失神)

 血管迷走神経反射に伴う症状として、悪心や嘔吐がよく知られていますが、消化器症状の一環として排便切迫感が出現することもあります  。

### **なぜ歯科治療中に消化器症状が?**

 心理的ストレス(恐怖、痛み、血液を見ること、病気への不安)により迷走神経が過度に刺激されると、静脈血のうっ滞、徐脈(心拍数の低下)が生じ、脳への血流が減少します 。

 この自律神経系の失調が、**消化管の運動にも影響を及ぼし**、突然の腹痛や便意として現れることがあるのです。

-----

## 🚨 こんな症状があったらすぐにお申し出ください

 歯科治療中に以下の症状を感じたら、**決して我慢せず、すぐにスタッフにお伝えください**:

【症状】急な強い便意
臨床的な意義: 血管迷走神経反射の初期症状や、基礎疾患の存在を示唆する可能性
【症状】腹痛・腹部不快感
臨床的な意義: 消化管の異常や自律神経失調のサイン
【症状】冷や汗・顔面蒼白
臨床的な意義: 失神前の警告サイン(前失神状態)
【症状】めまい・気分不良
臨床的な意義: 脳血流低下の初期徴候
【症状】動悸・息苦しさ
臨床的な意義: 循環器系への影響
【症状】悪心・吐き気
臨床的な意義: 自律神経系の異常反応

 特に高齢者、神経精神疾患をお持ちの方、施設入所中の方は、便秘に伴う糞便嵌頓(便が硬く固まって詰まること)のリスクが高く、これが腸閉塞や腸穿孔などの致死的合併症を引き起こす可能性があります  [4]。

-----

## 💡 なぜ歯科医院が全身の健康に注目するのか

### **口腔と全身の健康は密接につながっています**

 炎症性腸疾患のような全身の慢性炎症を持つ方は、歯周病も進行しやすいことが多くの研究で示されています 。また、口腔内の細菌が血流を介して全身に影響を与える可能性も、現在活発に研究されています。

### **安全な歯科治療のために**

 私たち歯科医療従事者は、**すべての患者さんの全身状態を常に把握し、治療中の急変リスクを最小限にする責任**があります。

 システマティックレビューによれば、歯科医師の約79%が失神を診断できる一方で、86%が適切な対処方法についてスキル不足を感じており、約43%の歯科医院でしか酸素供給設備が整っていないことが報告されています  [3]。

当院では、こうした統計を踏まえ、緊急時対応のトレーニングと設備を整え、**小さな体調変化も見逃さない体制**を構築しています。

-----

## 📝 患者さんへのお願い

### ✅ **治療前に必ずお伝えください**

- 最近の体調変化(下痢、便秘、腹痛など)
- 持病や服薬状況
- 過去の歯科治療での体調不良の経験
- 不安や恐怖心

### ✅ **治療中も遠慮なくお申し出ください**

- 気分が悪くなった
- お腹が痛い・トイレに行きたい
- めまいがする
- 冷や汗が出る
- 息苦しい

「こんなこと言っていいのかな?」と思うような小さな変化こそ、重要なサインです。

-----

## 📊 まとめ:小さなサインを見逃さないことが健康を守る

 一般人口における排便切迫感の有病率は約3.3%で、下痢を伴う方ではさらに高くなりますが、実は排便切迫感を持つ方の約70%は下痢を伴わないことも明らかになっています [5]。

つまり、**「お腹の調子が悪い」という症状は、想像以上に多様で複雑**なのです。

 歯科治療中に感じる「いつもと違う」体のサイン—それは、あなたの体からの大切なメッセージかもしれません。

 どんな小さなことでも構いません。**安全で快適な治療を受けていただくため、私たちにお伝えください。**

-----

## 📘 参考文献

[1] Caron B, Ghosh S, Danese S, Peyrin-Biroulet L. Identifying, Understanding, and Managing Fecal Urgency in Inflammatory Bowel Diseases. *Clin Gastroenterol Hepatol.* 2023 Jun;21(6):1403-1413.e27. doi: 10.1016/j.cgh.2023.02.029.

[2] Mazor Y, Katz L, Kopylov U, et al. Fecal Urgency is common in constipated patients and is associated with anxiety. *Am J Gastroenterol.* 2019 Apr;114(Suppl):S1131. doi: 10.14309/01.ajg.0000594558.30609.6c.

[3] Beunis A, Lindeboom JAH, de Visscher JGAM. Syncope in Dental Practices: A Systematic Review on Aetiology and Management. *J Oral Maxillofac Surg.* 2021 Sep;79(9):1847-1860. doi: 10.1016/j.joms.2021.04.017.

[4] De Simone B, Sica GS, Soreide K. Fecal impaction: a systematic review of its medical complications. *BMC Geriatr.* 2016 Jan 11;16:4. doi: 10.1186/s12877-015-0162-5.

[5] Menees SB, Almario CV, Spiegel BMR, Chey WD. Risk Factors for Fecal Urgency Among Individuals With and Without Diarrhea, Based on Data From the National Health and Nutrition Examination Survey. *Clin Gastroenterol Hepatol.* 2018 Sep;16(9):1450-1458.e2. doi: 10.1016/j.cgh.2018.02.024.

元のページへもどる