「まず患者さんを診る」―AI時代に大切にしたい医療の原点
# 「まず患者さんを診る」
―AI時代に大切にしたい医療の原点
こんにちは。わかな歯科の若菜です。
今日は、医療における最も基本的で大切なテーマについてお話しします。それは「患者さんをよく観察すること」の意義です。最新の医学研究が、テクノロジー全盛の時代だからこそ、この原点に立ち返る必要性を訴えています。
## 失われつつある「患者さんとの時間」
驚くべきデータがあります。現代の医師が患者さんと直接向き合う時間は、診療時間全体のわずか13%まで減少しているというのです[1]。残りの時間は、電子カルテへの入力、検査結果の確認、画像の読影などに費やされています。
医療技術の進歩により、高精度な画像診断、迅速な血液検査、AIによる診断支援など、素晴らしいツールが登場しました。しかし同時に、医療者が「データは見ているが、目の前の人を見ていない」という状況も生まれています[1][2][3]。
その結果、診断エラーの増加、不必要な検査の増加、医療者の共感力の低下といった問題が指摘されています。患者さんの表情、言葉の端々に現れる本当の訴え、診察室での様子など、数値化できない大切な情報が見落とされやすくなっているのです[1][3]。
## 問診と診察の持つ力
重要な研究結果をご紹介します。複数の臨床研究で「詳しい問診と丁寧な身体診察だけで、約40〜70%の症例において正確な診断が可能である」ことが示されています[1][4]。
つまり、患者さんの話をじっくり聴き、注意深く観察し、適切に診察することで、多くの場合において診断に到達できるということです。
これは私たち歯科医師の日常でも実感することです。患者さんが「歯が痛い」と来院されたとき、レントゲンを撮る前に、まず詳しくお話を伺います。
「いつから痛みますか?」「冷たいものでしみますか?」「夜、ズキズキしますか?」「痛みの場所ははっきりわかりますか?」
こうした質問への答え方や表情から、多くの情報が得られます。そして実際に口腔内を観察します。問題の歯だけでなく、周囲の歯肉の状態、口腔内全体の様子、患者さんの反応なども診ていきます。
こうした問診と診察によって、レントゲンを撮る前に診断の方向性が見えてきます。検査は診断を「確定」するために必要ですが、診断の「方向性」は、患者さん自身が教えてくれるのです[1][4]。
## なぜAI時代に「五感」が重要なのか
AI技術の進歩は目覚ましいものがあります。しかし、最新研究では「AI技術が進歩すればするほど、人間による観察と診察の価値が高まる」と指摘されています[5][6]。
なぜでしょうか。AIは膨大なデータを処理することに優れていますが、人間の五感が捉える情報の多くは感知できません[5][6]。
患者さんの表情の微妙な変化、声のトーン、身体の緊張、呼吸の様子、口臭―これらは数値化できない情報ですが、診断の鍵を握ることが少なくありません。
特にお子さん、高齢の方、障がいのある方の診療では、言葉以外の観察がさらに重要になります。泣き方の質、身体の緊張、視線の動き、いつもと違う様子―これらを読み取りながら、その方にとって最も安全で快適な診療を実現します。
こうした観察と判断は、どんなに優れたAIでも代替できません。人間的な観察力があってこそ、AIが提供する情報も正しく解釈でき、真価を発揮するのです[5][6]。
## 「まず診よ」という教え
近代医学の父と呼ばれるウィリアム・オスラー医師(1849-1919)は、「See first(まず診よ)」という言葉を残しています[5][6][7]。
これは「教科書や検査の前に、まず患者のベッドサイドに立ち、観察し、話を聴き、触れなさい。それがすべての医学の出発点である」という意味です[7][8]。
オスラーは「患者なくして医学を学ぶことは、海に出ることなく航海を学ぼうとするようなものだ」とも言っています[10]。医学は単なる知識ではなく、人間を相手にする実践的な営みなのです。
100年以上前の教えが、なぜ今再び注目されているのでしょうか。それは、テクノロジーの発展により、医療者が「画面を見る時間」は増えたが「患者を診る時間」が減ってしまったからです[1][2][3]。2025年の最新研究でも、ベッドサイド診療の重要性が強く訴えられています[3]。
## 当院での実践
わかな歯科では、「まず患者さんを診る」という姿勢を大切にしています。
初診の方は、診察室に入る前から観察が始まっています。待合室での様子、お名前をお呼びしたときの反応、椅子への座り方―これらが患者さんの状態を教えてくれます。
問診では、書かれた文字だけでなく、話される言葉、その背後にある気持ちに耳を傾けます。「ちょっと気になって」という控えめな表現の裏に、実は大きな不安が隠れていることもあります。
口腔内診察では、主訴の部位だけでなく、口腔内全体を観察します。粘膜の色、舌の状態、唾液の量、口臭、ブラッシング状態―これらすべてが診断の手がかりです。
治療中も、常に患者さんを観察しています。「痛くないですか?」と尋ねて「大丈夫です」と答えても、表情や身体の緊張から、実は我慢されていることに気づくことがあります。
## 技術と人間性の調和
もちろん、検査やAIが不要というわけではありません。最新の検査機器やデジタル技術は、確実に医療の質を高めてくれます[5][6][9]。
大切なのは、バランスと順序です。まず患者さんをよく観察し、話を聴き、診察する。その上で必要な検査を選択し、得られたデータを解釈する。そして患者さんと一緒に治療方針を考える―これが理想的な医療の流れです[1][5][9]。
テクノロジーは医療者の能力を拡張してくれますが、代替はしてくれません。「この患者さんにとって、今この治療が本当に必要か」といった判断は、やはり人間にしかできないのです[5][6]。
世界中の医学教育者が認識しているのは、「テクノロジーと人間的な観察力は、両方が必要である」ということです[2][3][5][9]。
## まとめ
オスラーの「まず診よ」という言葉は、100年以上前のものですが、テクノロジーが発達した現代だからこそ、その価値が再認識されています[3][5][9]。
現代医療が目指すべきは、最新技術と人間的な観察力の調和です[1][2][5]。この姿勢は、診断精度の向上、医療安全の確保、患者満足度の向上につながります。
わかな歯科では、最新の技術を積極的に取り入れながら、同時に「患者さんをよく観察し、話を聴き、一人ひとりに寄り添う」という歯科医療の本質を大切にしていきます。
デジタル技術がどれほど進歩しても、医療の中心にあるのは「人と人との関わり」です。私たちは、そのことを常に心に留めながら、日々の診療に取り組んでいます。
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### 参考文献
[1] Back to the bedside. *PMC - PubMed Central - NIH*. <https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6836578/>
[2] Research Article. *British Journal of Medical Practitioners*. <https://www.bjmp.org/category/content/research-article>
[3] Six Strategies to Reinvigorate the Doctor-Patient Bedside Encounter. *Northwestern University*, November 2025. <https://news.feinberg.northwestern.edu/2025/11/13/six-strategies-to-reinvigorate-the-doctor-patient-bedside-encounter/>
[4] The contribution of the medical history for the diagnosis of simulated cases. *International Journal of Medical Education*. <https://www.ijme.net/archive/3/diagnosis-by-medical-students.pdf>
[5] William Osler (1849–1919) at the Roots of Evidence-Based Medicine. *Canadian Journal of General Internal Medicine*. <https://utppublishing.com/doi/full/10.22374/cjgim.v14i4.345>
[6] Sir William Osler quotes and Oslerisms. *LITFL*. <https://litfl.com/eponymictionary/oslerisms/>
[7] William Osler Quotes. *A-Z Quotes*. <https://www.azquotes.com/author/11160-William_Osler>
[8] William Osler. *David Elpern*. <https://davidelpern.com/william-osler/>
[9] Medical Humanities and Medical Education. *Association for Medical Humanities*. <https://amh.ac.uk/wp-content/uploads/2014/11/MEDICAL-HUMANITIES-AND-MEDICAL-EDUCATION-FILE-2.doc>
[10] 10 Osler-isms to Remember in Your Daily Practice. *Stanford Medicine 25*. <https://med.stanford.edu/stanfordmedicine25/blog/archive/2014/10-Osler-isms-to-Remember-in-Your-Daily-Practice.html>
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*わかな歯科 院長 若菜*
