# 論文解説:賢いチームの作り方とは?個人のIQより大切な「集団知性」の秘密
# 論文解説:賢いチームの作り方とは?
個人のIQより大切な「集団知性」の秘密
## はじめに:なぜこの論文は重要なのか?
「優秀な人材を集めれば、最高のチームができる」——多くの人がそう信じているかもしれません。しかし、2010年に世界的な科学雑誌『Science』に掲載された画期的な論文は、その常識を覆しました。
アメリカのWoolley博士らによる研究**「Evidence for a Collective Intelligence Factor in the Performance of Human Groups(人間グループのパフォーマンスにおける集団知性因子の証拠)」**は、チームの賢さ(パフォーマンス)が、必ずしも個々のメンバーのIQ(知能指数)の合計では決まらないことを科学的に証明したのです。
では、何が本当に賢いチームを作るのでしょうか?この論文は、その鍵が**「集団知性(コレクティブ・インテリジェンス)」**という新しい概念にあることを示しました。
今回は、この非常に影響力の大きい論文を、日常での例を交えながら、わかりやすく詳細に解説します。
## 1. この研究が明らかにした「集団知性(cファクター)」とは?
研究チームが提唱した**集団知性(collective intelligence / c-factor)とは、「グループ全体として、多様な課題を遂行する能力」**のことです。簡単に言えば、**「チームとしての地頭の良さ」**と表現できます。
研究者たちは、この「集団知性」という因子が存在するのか、そして、もし存在するなら何によって決まるのかを調べるために、以下のような実験を行いました。
### 実験の概要
**参加者:** 699人の参加者を2人から5人の小グループに分けました。
**課題:** グループに、以下のような多岐にわたる課題に取り組んでもらいました。
- ブレインストーミング:アイデアを出し合う
- パズル:視覚的なパズルを解く
- 意思決定:倫理的なジレンマについて判断する
- 交渉:限られたリソースをどう配分するか交渉する
**分析:** 各グループの成績を測定し、どのような要因がグループの成績(=集団知性)と関係しているかを統計的に分析しました。
## 2. 驚きの発見:賢いチームの3つの条件
分析の結果、研究チームは驚くべき結論に達しました。グループの成績を予測する上で、メンバー個人の平均IQや、最もIQの高いメンバーのIQは、強い相関関係を示さなかったのです。
代わりに、以下の3つの要素が「集団知性」を大きく左右することが明らかになりました。
### 条件1:メンバーの「社会的感受性」が高い
これは、この研究における最も重要な発見です。
**社会的感受性とは?**
相手の表情、声のトーン、しぐさなど、非言語的なサインから相手の感情や心の状態を正確に読み取る能力のことです。日本語で言う「空気を読む力」や「人の気持ちを察する力」に近い概念です。
**測定方法:**
実験では、「Reading the Mind in the Eyes(目を見て心を読む)」テストなどが用いられました。これは、人物の目の周りだけの写真を見て、その人がどのような感情状態にあるかを当てるテストです。
**なぜ重要なのか?**
社会的感受性が高いメンバーが多いチームでは、互いの意図を汲み取り、無言のうちに連携が取れたり、誰かが困っている時に自然なフォローが生まれたりします。これにより、チーム内の無駄な摩擦が減り、スムーズな協働が可能になるのです。
> **【日常での例】**
> 会議中に、あるメンバーが何か言いたそうにしているが、発言のタイミングを逃しているとします。この時、社会的感受性の高い人が「〇〇さん、何かご意見がありそうですが、いかがですか?」と話を振ってあげることで、その人の貴重な意見が引き出され、議論が深まることがあります。これが集団知性を高める行動です。
### 条件2:一部の人間だけが話していない(発話の均等性)
次に重要だったのが、会話の量でした。
**発話の均等性とは?**
チーム内の会話が特定の人に独占されず、メンバー全員が比較的均等に発言している状態を指します。
**なぜ重要なのか?**
特定のリーダーや声の大きい人だけが話し続けるチームでは、他のメンバーの多様な視点や知識、アイデアが活かされません。たとえ優れた意見を持っていても、発言できなければチームの成果には繋がりません。全員が少しずつでも貢献することで、情報の共有が促進され、より良い結論に達しやすくなります。
> **【日常での例】**
> 会社の部署で、いつも部長だけが一方的に話して会議が終わってしまうとします。他のメンバーは良いアイデアを持っていても「どうせ言っても無駄だ」と諦めてしまい、チーム全体の創造性は失われていきます。
>
> 逆に、全員が「一言は必ず発言する」というルールのあるチームでは、思わぬ視点から問題の解決策が見つかることがあります。
### 条件3:チームの女性比率が高い
少し意外に思えるかもしれませんが、チームに女性メンバーが多いほど、集団知性が高くなる傾向が見られました。
**なぜか?**
これは「女性の方が本質的に優れている」という意味ではありません。この研究では、女性の方が平均して「社会的感受性」のスコアが高かったため、結果として女性比率が高いチームは平均的な社会的感受性も高まり、集団知性が向上したと説明されています。
**重要なポイント:**
本質的に重要なのは性別そのものではなく、チームが持つ**「社会的感受性」というスキル**なのです。
## 3. この研究から私たちが学べること
この論文は、ビジネス、教育、地域活動など、私たちが関わるあらゆる「チーム」にとって非常に重要な示唆を与えてくれます。
**リーダーシップへの応用:**
リーダーの役割は、答えを示すことだけではありません。メンバー全員が安心して発言できる心理的な安全性を作り、会話を均等に促す**「ファシリテーター」としての役割**が極めて重要になります。
**組織作り・チームビルディング:**
新しいチームを作る際、専門知識やIQの高い人材を集めるだけでなく、他者への配慮ができるか、協調性があるかといった「社会的感受性」の側面も考慮に入れるべきです。
**オンラインでのコミュニケーション:**
テキストチャットやビデオ会議など、相手の表情が見えにくいオンライン環境では、社会的感受性はさらに重要になります。意識的に「〇〇さんはどう思いますか?」「ここまでで何か質問はありますか?」と問いかけ、全員の参加を促す工夫が、オンラインでの集団知性を高める鍵となります。
## 歯科医院でのチーム作りにも応用できます
私たち歯科医院も、歯科医師、歯科衛生士、歯科助手、受付スタッフなど、さまざまな職種のメンバーで構成されるチームです。この研究の知見は、より良い歯科医療を提供する上でも非常に参考になります。
例えば、スタッフ全員が患者さんの不安な表情や言葉にならない困りごとに気づける「社会的感受性」を持つこと、朝礼やミーティングで全員が意見を言える雰囲気を作ること、これらが結果的に患者さんの満足度向上につながるのです。
## まとめ
Woolley博士らの研究は、「賢いチーム」の正体が、個々のスーパースターの存在ではなく、**メンバー間の健全なインタラクション(相互作用)**にあることを科学的に明らかにしました。
真に生産性の高いチームとは、お互いの心に配慮し(高い社会的感受性)、誰もが安心して意見を言える(発話の均等性)、そんな場であると言えるでしょう。この知見は、私たちがより良い社会や組織を築く上で、強力な指針を与えてくれます。
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## 参考文献
- Woolley, A. W., Chabris, C. F., Pentland, A., Hashmi, N., & Malone, T. W. (2010). Evidence for a collective intelligence factor in the performance of human groups. *Science*, 330(6004), 686-688. <https://doi.org/10.1126/science.1193147>
1. Baron-Cohen, S., Wheelwright, S., Hill, J., Raste, Y., & Plumb, I. (2001). The “Reading the Mind in the Eyes” Test revised version: a study with normal adults, and adults with Asperger syndrome or high-functioning autism. *Journal of Child Psychology and Psychiatry*, 42(2), 241-251.
1. Woolley, A. W., Aggarwal, I., & Malone, T. W. (2015). Collective intelligence and group performance. *Current Directions in Psychological Science*, 24(6), 420-424.
1. Engel, D., Woolley, A. W., Jing, L. X., Chabris, C. F., & Malone, T. W. (2014). Reading the mind in the eyes or reading between the lines? Theory of mind predicts collective intelligence equally well online and face-to-face. *PloS one*, 9(12), e115212.