妊娠中の解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン)と自閉症:最新研究から見えてきたこと
# 妊娠中の解熱鎮痛薬
(アセトアミノフェン)と自閉症:
最新研究から見えてきたこと
## はじめに:大統領発言が呼んだ波紋
https://youtu.be/VPz3QmwWGgM?si=3LFyn9ieOCVOZ9EP
2025年9月22日、アメリカのトランプ大統領が「妊娠中にタイレノール(日本ではカロナールなどの商品名で知られる解熱鎮痛薬)を服用すると、自閉症の子どもが生まれる可能性がある」と発言し、世界中で大きな反響が広がりました。
アセトアミノフェンは妊娠中でも比較的安全とされ、日本でも妊婦さんが発熱や痛みに使える数少ない薬のひとつです。世界では半数以上の妊婦さんが服用しているとの報告もあります。ですから、このニュースを耳にした多くの方が「それなら薬は使わない方がよいのでは?」と不安を抱かれました。
ただし医学の専門家や国際的な学会は、この発言とは異なる見解を示しています。本記事では、最新の研究を整理して、今時点で分かっていることを患者さんにも分かりやすく解説します。
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## アセトアミノフェンとは?
アセトアミノフェン(商品名:カロナール、タイレノールAなど)は、発熱や痛みを和らげる薬です。妊娠中でも安全性が比較的高いとされ、長年にわたり多くの医師が処方してきました。
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## 最新研究が示す複雑な知見
### 46研究を統合した最新レビュー(2025年, Environmental Health)
ハーバード大学の研究チームは、46件の研究をまとめて解析しました。その結果、約6割の研究で「妊娠中の使用と子どもの自閉症やADHDに関連がある」とされました。ただし重要なのは、多くの研究が「関連」を指摘するものの、「原因と結果」であるかまでは証明できていない点です。この研究でも「必要最小限の使用を推奨」と結ばれています。
### スウェーデンの大規模研究(2024年, JAMA)
カロリンスカ研究所が行った大規模研究は約248万人を対象とした画期的なものでした。母親が妊娠中にアセトアミノフェンを使ったかどうかを調べ、子どもが自閉症やADHDを発症するリスクを比較しました。
- 集団全体で比べると自閉症やADHDのリスクはわずかに上がっていました。
- ところが、同じ母親から生まれた兄弟姉妹を比較すると「リスク差は消失」しました。
この結果は「薬自体ではなく、家族に共通する遺伝的要因や生活習慣が影響している可能性が高い」ことを示唆しています。研究者自身も「因果関係を支持する証拠は見られなかった」と結論しています。
### 生体サンプル研究(2019年, JAMA Psychiatry)
一方で、へその緒の血液から実際に薬の成分濃度を測定した研究では「濃度が高い赤ちゃんは将来的に自閉症やADHDの診断を受けるリスクが高かった」という結果も示されています。ただし、この研究は大規模ではなく、補足的な知見と位置づけられています。
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## 研究結果が食い違う理由
異なる結論が出るのは、研究のやり方に違いがあるからです。
- 観察研究:母親の服薬歴をアンケートや診療記録で調べる方法。大規模に行えるが、交絡因子(もともとの体質や環境要因)を除ききれない。
- きょうだい比較研究:同じ母親から生まれた兄弟で比較するため、遺伝や生活習慣を調整できるのが強み。結果的に因果関係を否定的に示した。
- 生体サンプル研究:薬の実際の血中濃度を調べられるが、人数が少なく一般化に限界がある。
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## 妊娠中に確実に予防効果があるもの:葉酸
不安な情報が多い中で、はっきり分かっている予防効果として重要なのが「葉酸の摂取」です。
研究により、妊娠前後に葉酸を摂ると自閉症のリスクが3割以上低下することが報告されています。これは確立した予防法として国際的に推奨されています。
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## 医学界と政府の見解の違い
- **トランプ政権の主張**:アセトアミノフェンは危険であり使用すべきでないと断定的。
- **医療学会の立場**:因果関係は証明されていない。必要に応じた最小限の使用を推奨。
- **日本産婦人科学会**:高熱を放置する方が胎児にとって大きなリスク。必要な場合には使用してよい。
このように、専門家の意見はいずれも「不安を煽る必要はない」という方向で一致しています。
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## 妊婦さんへの実践的アドバイス
- 高熱や強い痛みを放置することは明らかな危険をもたらすため、適切に対処することが大切です。
- 薬を使用する場合は「最小限の量を最短期間」で行い、必ず主治医に相談してください。
- 葉酸サプリメントは妊娠前から摂取を心がけましょう。
- すでに薬を使用したことがある妊婦さんも、最新研究では因果関係が否定的であるため、過剰に不安になる必要はありません。
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## まとめ:現時点で言えること
1. 妊娠中のアセトアミノフェンと自閉症の関連については、一部の研究で弱い関連が見られるが、因果関係は確立されていない。
2. 最も信頼性の高い大規模研究(2024年スウェーデン)では、家族要因を調整すると関連は消失した。
3. 医学界の主流の見解は「必要に応じた適切な使用は可能」であり、「過度の不安は不要」。
4. 確実に有効な対策としては葉酸の摂取がある。
妊婦さんにとって最も大切なのは「正しい情報に基づいて冷静に判断すること」です。薬の使用に不安を感じるときは、自己判断せず必ず主治医に相談してください。
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## 参考文献
1. Prada D, et al. Evaluation of the evidence on acetaminophen use and neurodevelopmental disorders using the Navigation Guide methodology. *Environmental Health*. 2025;24:56. doi:10.1186/s12940-025-01208-0
2. Ahlqvist VH, et al. Acetaminophen Use During Pregnancy and Children’s Risk of Autism, ADHD, and Intellectual Disability. *JAMA*. 2024;331(14):1205-1214. doi:10.1001/jama.2024.3172
3. Ji Y, et al. Association of Cord Plasma Biomarkers of In Utero Acetaminophen Exposure With Risk of Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder and Autism Spectrum Disorder in Childhood. *JAMA Psychiatry*. 2019;76(6):602-609.
4. Surén P, et al. Maternal Use of Folic Acid Supplements and Risk of Autism Spectrum Disorders in Children. *JAMA*. 2013;309(6):570-577.
5. American College of Obstetricians and Gynecologists (ACOG). Committee Opinion No. 823: Acetaminophen Use During Pregnancy. 2025.
6. European Medicines Agency (EMA). Review of paracetamol use during pregnancy. 2025.
7. 日本産科婦人科学会. 妊娠中の解熱鎮痛薬使用に関するガイドライン. 2025年改訂版.
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