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筋肉は膵臓がんから身体を守る?

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# 筋肉は膵臓がんから身体を守る?―36万人を追跡した最新研究の解説

 膵臓がんは日本でも年間約4万人が新しく診断されますが、5年後に生存している人はわずか10%ほど。その理由は「発見が遅れる」うえに「治療が効きにくい」からです。従来から、肥満や糖尿病、慢性的な炎症が膵臓がんのリスクを高めることはわかっていました。しかし、そのリスクをどう減らせるのかについては明確な答えがありませんでした。  

 2025年、BMC Cancer誌に発表されたLiu氏らの研究は、この問いに「筋肉」という新しい切り口から挑みました。イギリスの大規模データ「UKバイオバンク」に登録された36万人以上を平均14年にわたって追跡し、筋肉量や筋力が膵臓がんの発症にどう影響するかを調べたのです。その結果、筋肉が多く、筋力のある人は膵臓がんになりにくいことが示されました。  

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### 研究の方法
- **対象**:40〜69歳の男女36万3693人  
- **測定**:  
  - 筋肉量は生体電気インピーダンス法(BIA)で全身を測定  
  - 握力は握力計で最大の力を記録  
- **追跡期間**:中央値13.7年  
- **解析**:喫煙・飲酒・身体活動・肥満・糖尿病など、多数の要因を考慮して統計解析を実施  

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### 主な結果
1. **筋肉量が多い人はリスクが14%低下**  
   筋肉が一番少ない人と比べて、一番多い人では膵臓がんになる確率が14%低下していました。  

2. **握力が強い人はリスクが10%低下**  
   同様に、握力の強い人は10%リスクが下がっていました。  

3. **性別・持病による違い**  
   - 男性は筋肉量の効果がより強い  
   - 女性は握力の影響が顕著  
   - 糖尿病患者や肥満のある人では、筋肉の保護効果がさらに大きい  

 研究チームの推計では、筋肉と筋力を改善するだけで膵臓がんの**5〜12%を予防できる可能性**があります。これは公衆衛生上とても大きな成果です。  

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### なぜ筋肉が効くのか?
 研究者たちはいくつかの仕組みを考えています。  

1. **血糖をうまく処理してインスリン抵抗性を改善**  
   筋肉はブドウ糖を大量に取り込みます。筋肉量が多いとインスリンが効きやすくなり、膵臓がんの背景にある「高インスリン血症」による発がん刺激が抑えられます。  

2. **筋肉から分泌される「マイオカイン」**  
   運動時に筋肉が放出するホルモン物質(IL-6やSPARCなど)が腫瘍の増殖を抑えたり、免疫細胞を活性化して「がんの芽」をつぶす働きをします。  

3. **慢性炎症の抑制**  
   定期的に筋肉を動かすと「炎症物質」が下がり、「抗炎症物質」が増えます。炎症はがんの温床になるので、これも大切な予防効果です。  

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### この研究の強みと限界
 **強み**は大規模で長期的な追跡を行い、筋肉量と筋力を客観的に測定している点。  
一方で**限界**としては、観察研究なので「因果関係」を完全に証明したわけではないこと、また対象が英国の白人中心でアジア人への当てはまりはこれから検討が必要な点が挙げられます。  

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### 実生活でできること
 この研究は「筋肉を増やすことは、膵臓がん予防に効くかもしれない」と強く示しています。具体的にできることは次の3つです。  

- **筋力トレーニング**:週2〜3回、スクワットや腕立てなど大きな筋肉を動かす  
- **有酸素運動**:週150分、ウォーキングやジョギングなどを継続  
- **タンパク質摂取**:体重1kgあたり1.2〜1.6gを目安に  

 特に糖尿病や肥満がある方では、これらの取り組みががん予防につながる可能性が大きいと考えられます。  

 また、握力は簡単に測れるため、健康診断での新たなリスクチェック法としても期待されます。  

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### まとめ
36万人を14年間追跡した結果、筋肉量と筋力は膵臓がんのリスクを確実に下げることが示されました。筋肉は単なる力の源ではなく、血糖コントロール、炎症抑制、免疫強化と多方面から身体を守る「生きた薬」です。がん予防の観点からも、筋肉を増やし、維持することの重要性は今後ますます高まるでしょう。  

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## 参考文献
1. Liu X, Song H, Li C, et al. Muscle strength and mass as predictors of pancreatic cancer: insights from the UK Biobank. *BMC Cancer*. 2025;25:45.  
2. Pedersen BK, Febbraio MA. Muscles, exercise and obesity: skeletal muscle as a secreting organ. *Nat Rev Endocrinol*. 2012;8(8):457-465.  
3. Hawley JA, Lessard SJ. Exercise training-induced improvements in insulin action. *J Appl Physiol*. 2008;105(3):785-793.  
4. Hojman P. Exercise protects from cancer through regulation of immune function and inflammation. *Biochem Soc Trans*. 2017;45(4):905-911.  
5. Petersen AMW, Pedersen BK. The anti-inflammatory effect of exercise. *J Appl Physiol*. 2005;98(4):1154-1162.  
6. American College of Sports Medicine. *ACSM’s Guidelines for Exercise Testing and Prescription*. 11th ed. 2022.  
7. World Health Organization. *WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour*. 2020.  

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