妊娠中のカロナール(アセトアミノフェン)使用と神経発達リスクの最新エビデンス解説
# 妊娠中のカロナール
(アセトアミノフェン)使用と
神経発達リスクの最新エビデンス解説
## はじめに
カロナール(一般名:アセトアミノフェン)は、頭痛や発熱、痛み止めの薬として妊婦さんにも長年「比較的安全」と考えられてきました。現実に、妊娠中の女性の50%以上が何らかの体調管理でこの薬を一度は使ったことがあると言われています。歯科診療においても、妊娠中の患者さんの歯科治療後の痛み管理によく使用される薬剤です。
しかし、この「安全神話」も、ここ10年で見直しの動きが加速しています。お腹の赤ちゃんへの長期的な影響、特に自閉症スペクトラム障害(ASD)や注意欠如・多動性障害(ADHD)との関連が話題になっています。
## 観察研究でみられた「関連」の発見
いくつかの観察研究では、「妊娠中にアセトアミノフェンを使うと、子どもの神経発達障害のリスクがやや上がるかもしれない」といった結果が報告されてきました。例えば2025年のPradaらのシステマティックレビューは、46件の過去の研究を厳格な基準で評価し、質の高い研究ほど、妊娠中のアセトアミノフェン曝露とASD/ADHDに「関連あり」と結論する傾向があったことを報告しています。
また、一部の研究では「アセトアミノフェンで胎盤の遺伝子発現が変化し、ADHDリスクに影響する可能性」も示唆されました。
## 一方、より厳密な研究では結論に”変化”
しかし、観察研究には”交絡因子”(薬そのものではなく、薬を飲むきっかけとなった熱や体質、家庭環境や遺伝など別の要因)による見かけ上の関係が多く混ざっています。これを見抜いたのが、2024年発表のスウェーデン大規模研究(Ahlqvistら)です。
この研究は、同じ母親から生まれた兄弟姉妹で「アセトアミノフェンを使った妊娠」と「使わなかった妊娠」を比較することで、遺伝や環境の影響を極力除外しました。
**解析の結果:**
- 最初は従来の方法と同様、アセトアミノフェン使用群でASDやADHDリスクが”わずかに”高く見える
- しかし、兄弟姉妹間で比べた場合、その差は消滅
- つまり、「薬そのもの」に因果関係は見られなかった
## なぜ”関連”がみられたのか?— 因果関係と交絡因子
この結果は、高熱や炎症など「アセトアミノフェンを内服しなければならなかった状況」や「遺伝的体質」などが、もともと神経発達障害のリスクを上げていた可能性を示唆します。
**たとえば:**
- 高熱や感染症自体が胎児脳発達に影響を与えることが知られている
- 遺伝的に神経発達障害のリスクが高い家庭が、頻繁に薬を使う傾向にあるかもしれない
- 妊娠中のストレスや体調不良そのものがリスク要因となっている可能性
## 規制機関や専門学会の最新見解
**FDA(米国食品医薬品局):** 現時点で因果関係を裏付ける直接的な証拠はなし。必要時は医師と相談し、慎重に最小限の投与を推奨
**ACOG(米国産科婦人科学会):** アセトアミノフェンの妊娠中使用に関して大きな制限は勧告しておらず、ベネフィットがリスクを上回る場合は使用可能
**SMFM(母体胎児医学会):** 十分な因果関係の証拠はない、現行のガイドライン通りに使用可能との見解
## 歯科診療における考慮事項
歯科治療においても、妊娠中の患者さんの痛み管理は重要な課題です。歯の痛みや炎症を放置することで生じるストレスや感染リスクの方が、適切に使用されるアセトアミノフェンよりも胎児への影響が大きい可能性があります。歯科治療後の痛み管理においても、以下の原則に従って処方を行っています。
## 妊婦さんと家族へのガイダンス
**必要なときは恐れ過ぎずにカロナール(アセトアミノフェン)を使いましょう。**
**ただし:**
- 医師・歯科医師に必ず相談する
- 最小限の量、最短期間で使用する
- 用法・用量を守る
- 他の薬剤との併用に注意する
**治療しないことのリスクも考慮しましょう:**
- 高熱による胎児への影響
- 激しい痛みによるストレス
- 歯科疾患の進行による感染リスク
**不安を感じても、納得できるまで専門家と対話してください。** 現在の科学的エビデンスに基づいた適切な判断をサポートします。
## まとめ
最新の研究結果は、妊娠中のアセトアミノフェン使用と子どもの神経発達障害との間に直接的な因果関係はないことを示唆しています。過度に恐れることなく、必要な時には適切に使用することが大切です。一方で、薬剤は必要最小限に留めるという基本原則も変わりません。
妊娠中の歯科治療や薬剤使用について不安がございましたら、いつでもお気軽にご相談ください。
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## 参考文献
1. Prada D, Ritz B, Bauer AZ, et al. Evaluation of the evidence on acetaminophen use and neurodevelopmental disorders using the Navigation Guide methodology. *Environ Health*. 2025;24:56.
1. Ahlqvist VH, Sjöqvist H, Dalman C, et al. Acetaminophen Use During Pregnancy and Children’s Risk of Autism, ADHD, and Intellectual Disability. *JAMA*. 2024;331(14):1205–1214.
1. 妊婦のアセトアミノフェン服用は安全か?:児のADHDやASD発症リスクとの関連について. *ファルマウェア*. 2022;56(10):961-965.
1. 妊娠中のアセトアミノフェン使用と子どもの自閉症、ADHD. *Growth Ring Healthcare*. 2024年4月アクセス.
1. 妊婦のアセトアミノフェン使用は児の神経発達障害リスクを上げるか?. *Hokuto*. 2024年4月.
1. 妊娠中のカロナール使用は安全?医師のアドバイスを確認. *ヒロクリニック*. 2024年アクセス.
1. 妊娠中アセトアミノフェン使用の児の神経発達障害への関与を否定する兄弟姉妹研究. *Medical Online*. 2024年.
1. アセトアミノフェンは子どもの神経発達症と関連しない. *つじファミリークリニック*. 2024年アクセス.
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*この記事は2025年8月時点での最新の科学的エビデンスに基づいて作成されています。医療に関する判断は必ず専門医にご相談ください。*