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『生きたクスリ』で病気を治す未来へ  

# 『生きたクスリ』で病気を治す未来へ  
## 遺伝子組換え腸内細菌による画期的治療法の論文解説

### はじめに:お腹の中の小さなヒーローたち

 私たちの腸には、自分の細胞以上の数の微生物が住んでいます。この「腸内細菌叢」は、消化吸収を助け、ビタミンを作り、免疫を高め、さらには病原菌も防ぐ、健康維持に欠かせない存在です。腸内細菌のバランスが乱れることで、肥満・糖尿病・アレルギー・精神疾患など様々な病気のリスクが高まることが分かっています。

### 革新的な治療「生きたクスリ」とは?

 最新研究では、こうした腸内細菌自体や、遺伝子を組み換えた微生物を「薬」として使う新しい治療アプローチ「微生物治療薬(Live Biotherapeutics)」が注目されています。さらに合成生物学の技術により、微生物に「特別な治療能力」を持たせることも可能になりつつあります。

### 本研究が取り組んだ課題:腸に定着させる・コントロールする

 腸という生態系はすでに多様な細菌で埋め尽くされており、「新参者」が住み着くのは非常に困難(定着抵抗性)です。また、安全に患者さんの体内で細菌の数を制御することも大きなチャレンジでした。

### 研究の工夫1:細菌に「特別なごはん」を与えて定着を実現

 研究チームは、海苔などの海藻由来の「ポルフィラン」という食物繊維に注目しました。ほとんどの腸内細菌はこれを栄養にできませんが、遺伝子を組み換えた細菌だけがポルフィランを分解・利用できるように設計。ポルフィランという「専用ニッチ」を用意し、この細菌だけが増殖・定着できる仕組みを作り上げました。さらに、ポルフィランの摂取量で細菌の数も調整可能です。

### 研究の工夫2:腎臓結石の原因「シュウ酸」を分解

 治療対象として選ばれたのは「高シュウ酸尿症」。腸内で細菌にシュウ酸を分解する機能を持たせることで、腎臓結石のリスクを減らす仕組みを開発しました。5つの遺伝子を導入し、シュウ酸を無害な物質に分解できるようにしています。

### 研究の工夫3:「生きたクスリ」の安全スイッチ

 安全性確保のため、「ポルフィランがないと生きられない」特殊な設計(バイオコンテインメント)を導入。この細菌は、ポルフィランがないと必須なタンパク質を作れず、自然に消滅します。つまり、食事で細菌のオン・オフをコントロールできるのです。

### 実験と臨床試験の成果

- 動物実験(ラット)で、シュウ酸値が約40%減少。
- 人への臨床試験(第1相・第2a相)でも、安全性、定着性、コントロール性、治療効果の兆しを確認。
- 細菌の増減や除去が、ポルフィランの摂取量で自在に制御できることが証明されました。
- 既存の腸内フローラへの悪影響も最小限でした。

### 現状の課題と展望

- 長期使用で細菌が治療機能を失う“進化”を起こすこと
- 遺伝子がほかの細菌に移動しうるリスク
- 必要に応じてさらなる進化耐性設計が求められることも指摘されています

 この研究が築いたプラットフォーム技術は、高シュウ酸尿症だけでなく、さまざまな病気への応用可能性を持つと評価されています。

### おわりに:医療の新時代へ

 薬を「飲む」時代から、「生きたクスリ」を体の中で「育てて」「制御する」時代へと、医療は進化しつつあります。今回の論文は、合成生物学と腸内細菌研究の最前線。そして、患者さん一人ひとりに合わせた精密な治療の可能性を切り拓く大きな一歩です。

## 参考文献

- Kurtz, C. B., et al. (2023). *Engineered live bacterial therapeutics for treatment of hyperoxaluria*. Nature Biotechnology.
- ClinicalTrials.gov Identifier: NCT04909723
- Novome Biotechnologies(現Tenza Therapeutics)企業情報
- Hillman, E. T., et al. (2017). *Colonization resistance: bar set high for newcomers*. Curr Opin Microbiol.
- Cryan, J. F., et al. (2019). *The Microbiota-Gut-Brain Axis*. Physiol Rev.

情報源

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