わかな歯科

お知らせ

「軟骨が再生する時代」がやってくる?mRNA医薬の可能性と現実

# 「軟骨が再生する時代」がやってくる?mRNA医薬の可能性と現実

**~歯科医師が注目する膝関節症研究、その理由は変形性顎関節症への応用可能性~**

## なぜ歯科医師が膝の研究に注目するのか?

「膝が痛くて階段の上り下りがつらい」「口を開けるたびに顎が痛む」——一見異なるこれらの症状ですが、どちらも関節の問題です。

 ただし、顎関節症は複雑な疾患で、筋肉の緊張、関節円板の問題、咬合異常、ストレスなど様々な原因があります。その中でも**変形性顎関節症**と呼ばれるタイプは、膝関節症と同様に軟骨のすり減りが主要因となります。

 私が歯科医師として、今回膝関節症におけるmRNA医薬の研究を取り上げる理由は、**この革新的技術が変形性顎関節症の治療にも応用できる可能性**があるからです。膝も顎も同じ「関節」であり、軟骨の構造や再生メカニズムには多くの共通点があります。

 日本では1,000万人以上が膝の変形性関節症に悩んでいます。また、顎関節症も多くの方が経験する疾患で、その一部は軟骨変性を伴う変形性顎関節症です。これまで「軟骨は一度すり減ったら二度と元に戻らない」というのが医学の常識でした。しかし、近年注目を集める**mRNA医薬**という新技術が、この常識を覆す可能性を秘めているのです。

-----

## そもそも、なぜ軟骨は治らないのか?

 膝や顎の関節をスムーズに動かしてくれる軟骨。この組織には、治りにくい理由があります:

- **血管がない**:怪我をしても血液が届かないため、栄養や修復細胞が運ばれません
- **神経がない**:痛みを感じにくいため、気づいたときには相当悪化していることが多い
- **細胞が少ない**:軟骨を作る細胞(軟骨細胞)の数が非常に少ない
- **新陳代謝が遅い**:新しい軟骨を作るスピードが、すり減るスピードに追いつかない

つまり軟骨は、人体の中でも特に「治りにくい組織」の代表格なのです。

-----

## 今の治療法の限界を知っておこう

現在、変形性関節症の治療として一般的に行われているのは:

**対症療法(症状を和らげる治療)**

- 痛み止めの内服:数時間~数日の効果
- ヒアルロン酸注射:関節の潤滑をよくする(数週間~数ヶ月)
- ステロイド注射:強力な抗炎症作用(数週間~数ヶ月)

**再生を目指す治療(まだ研究段階)**

- PRP療法:自分の血液から成長因子を抽出して注射
- 幹細胞治療:軟骨になる可能性のある細胞を移植

**最終手段**

- 人工関節置換:金属やプラスチックの関節に交換

どの治療も一定の効果はありますが、「元の健康な軟骨を取り戻す」根本治療には至っていません。そこで登場したのがmRNA医薬なのです。

-----

## mRNA医薬って何?軟骨細胞が

「やる気」を出す仕組み

### mRNAとは?

 mRNA(メッセンジャーRNA)は、私たちの細胞内で「このタンパク質を作って!」という指令書の役割をする分子です。COVID-19ワクチンで一躍有名になりましたが、実は治療薬としても大きな可能性を秘めています。

### 軟骨再生の司令塔「RUNX1」

 東京大学の研究チームが注目したのは、RUNX1(ランクス1)という「軟骨作製の司令官」です。この分子が軟骨細胞に届くと、細胞は「軟骨を作るぞ!」とやる気を出し、健康な軟骨に必要な成分を大量に作り始めます。

### 超微細な宅配便「ナノミセル」

 しかし、mRNAはとても壊れやすい分子です。そこで研究者たちは、髪の毛の1000分の1以下という超微細なカプセル「ナノミセル」を開発。このカプセルに入れることで、mRNAを安全に軟骨細胞まで届けることができるようになりました。

-----

## 動物実験で驚きの結果!

でも課題も見えてきた

### 膝での実験結果

 2016年、東京大学の研究チームはマウスの膝関節にRUNX1のmRNAを注射する実験を行いました。結果は驚くべきもので:

✅ **軟骨破壊が大幅に抑制**
✅ **軟骨を作る遺伝子の活性化**
✅ **軟骨細胞の増殖促進**
✅ **重篤な副作用なし**

具体的には、軟骨の状態を評価する国際基準「OARSIスコア」で有意な改善が見られ、軟骨の主成分であるII型コラーゲンの産生も増加しました。

### しかし、課題も明らかに

**効果の持続期間が短い**
mRNAは分解されやすいため、長期効果を得るには何度も注射が必要

**すべての軟骨に届きにくい**
関節の奥深くの軟骨まで薬が届くかは不明確

**人間での効果は未知数**
動物とヒトでは軟骨の性質が異なるため、同じ効果が得られるかわからない

-----

## 現実的な見通し:いつ頃実用化される?

### 世界の研究動向

- **2024年**:アメリカでmRNAを使った新しい軟骨治療法の研究が発表
- **2025年現在**:遺伝子治療の臨床試験が複数進行中
- **今後5-10年**:mRNA医薬の臨床試験開始の可能性

### 実用化への障壁

1. **安全性の確認**:長期間の副作用チェックが必要
1. **効果の持続性**:より長持ちする製剤の開発
1. **コスト**:現在の技術では治療費が高額になる可能性
1. **適応患者の選定**:どんな患者さんに最も効果的かの見極め

-----

## 患者さんが今できること、

今後に備えること

### 現在の治療を大切に

 新しい治療法への期待は大切ですが、今ある治療選択肢を最大限活用することが重要です:

- **適切な薬物療法の継続**
- **理学療法・運動療法**:筋力維持で関節負担を軽減
- **体重管理**:膝への負担軽減
- **生活習慣の改善**:適度な運動と栄養バランス

### 新しい希望も出てきている

 2024年には、関節リウマチの薬「メトトレキサート」が膝関節症の痛みにも効果があることがイギリスの大規模研究で証明されました。このように、既存の薬から新しい治療選択肢が見つかることもあります。

### 将来への準備

- **信頼できる医療機関での定期的な相談**
- **新しい治療法の正確な情報収集**
- **臨床試験参加の可能性について医師と相談**

-----

## まとめ:変形性顎関節症への希望の光

 mRNA医薬による軟骨再生治療は、確かに革命的な可能性を秘めています。そして、歯科医師として私が特に注目しているのは、**この技術が変形性顎関節症治療への応用も期待される**点です。

 顎関節症には様々なタイプがありますが、その中でも軟骨のすり減りが主因となる変形性顎関節症においては、膝関節症と同様のアプローチが有効である可能性があります。実際に、2022年には東京医科歯科大学の研究で、変形性顎関節症のラットモデルに抗炎症作用を持つmRNAを投与し、たった1回の注射で4週間の痛み改善と軟骨破壊抑制効果が確認されています。

**期待できること:**

- 根本的な軟骨再生の可能性(膝・変形性顎関節症両方で)
- 副作用の少ない治療法
- 個人に合わせた治療

**現実的な課題:**

- 実用化まで5-10年程度必要
- 高額な治療費が予想される
- すべての患者さんに効果があるとは限らない
- 顎関節症の中でも軟骨変性が主因の症例に限定される

**大切なのは:**
新しい治療法への希望を持ちながらも、現在利用できる治療選択肢を適切に活用し、QOL(生活の質)の向上を図ることです。膝関節症の方も変形性顎関節症の方も、担当医と定期的に相談し、最新の治療情報を得ながら、自分に最適な治療を選択していきましょう。

 科学の進歩は確実に進んでいます。いつの日か、膝も顎も「軟骨が再生する時代」が現実となることを、私たち医療従事者も心から願っています。

-----

## この記事のポイント

- mRNA医薬は軟骨細胞に「再生指令」を送る新技術
- 動物実験では膝関節症で顕著な効果を確認
- 変形性顎関節症への応用も研究が進んでいる
- 実用化には5-10年程度必要と予想
- 現在の治療法の継続が最も重要

-----

## 参考文献

1. Aini H, Itaka K, Fujisawa A, Uchida H, Uchida S, Fukushima S, Kataoka K, Saito T, Chung UI, Ohba S. Messenger RNA delivery of a cartilage-anabolic transcription factor as a disease-modifying strategy for osteoarthritis treatment. *Scientific Reports*. 2016;6:18743. doi:10.1038/srep18743
1. Zhou C, Zhang Y, Li J, Liu L, Wang P, Borrero E, et al. Runx1 protects against the pathological progression of osteoarthritis. *Bone Research*. 2021;10(1):63. doi:10.1038/s41413-021-00173-x
1. Zhang Y, Pizzute T, Li J, He F, Pei M. Runx1 is a key regulator of articular cartilage homeostasis by orchestrating YAP, TGFβ, and Wnt signaling in articular cartilage formation and osteoarthritis. *Bone Research*. 2022;11(1):44. doi:10.1038/s41413-022-00231-y
1. Deng J, Fukushima Y, Nozaki K, Nakanishi H, Yada E, Terai Y, Fueki K, Itaka K. Anti-inflammatory therapy for temporomandibular joint osteoarthritis using mRNA medicine encoding interleukin-1 receptor antagonist. *Pharmaceutics*. 2022;14(9):1785. doi:10.3390/pharmaceutics14091785
1. Yano F, Ohba S, Murahashi Y, Tanaka S, Saito T, Chung UI. Runx1 contributes to articular cartilage maintenance by enhancement of cartilage matrix production and suppression of hypertrophic differentiation. *Scientific Reports*. 2019;9(1):7666. doi:10.1038/s41598-019-43948-3
1. LeBlanc KT, Walcott ME, Gaur T, O’Connell SL, Basil K, et al. Runx1 Activities in Superficial Zone Chondrocytes, Osteoarthritic Chondrocyte Clones and Response to Mechanical Loading. *Journal of Cellular Physiology*. 2015;230(2):440-448. doi:10.1002/jcp.24727
1. Conaghan PG, Kingsbury SR, et al. Methotrexate for knee osteoarthritis (MADRE): a 12-month double-blind, randomised, placebo-controlled trial. *Annals of Internal Medicine*. 2024;181(7):956-965.
1. Murphy WL, et al. mRNA-activated blood clots for osteoarthritis treatment. *Bioactive Materials*. Published online December 2024.
1. Yuan W, Wu Y, Huang M, Zhou X, Liu J, Yi Y, Wang J, Liu J. A new frontier in temporomandibular joint osteoarthritis treatment: Exosome-based therapeutic strategy. *Frontiers in Bioengineering and Biotechnology*. 2022;10:1074536. doi:10.3389/fbioe.2022.1074536
1. Li W, Zhao S, Yang H, Zhang C, Kang Q, Deng J, et al. Potential pathological and molecular mechanisms of temporomandibular joint osteoarthritis. *International Journal of Medical Sciences*. 2023;20(3):372-384.

-----

**※この記事は医学情報の提供を目的としており、診断や治療の代替となるものではありません。症状については必ず専門医にご相談ください。**

元のページへもどる