【論文解説】ヒポクラテスの知恵、現代科学で証明? 腸を整えて風邪を予防する「プロバイオティクス」の力
【論文解説】ヒポクラテスの知恵、現代科学で証明? 腸を整えて風邪を予防する「プロバイオティクス」の力
「全ての病気は腸から始まる」
古代ギリシャの医師ヒポクラテスの言葉として、よく知られていますね。これは、彼の著作に全く同じ言葉があるわけではありませんが、彼の「健康の基本は食事と腸にある」という考え方を象徴する言葉として語り継がれてきました。
そして2500年の時を経て、現代科学がこの古代の知恵に再び光を当てています。腸内環境が私たちの全身の健康、特に免疫力に深く関わっていることが、次々と明らかになっているのです。
今回は、その中でも特に皆さんの関心が高いであろう「**プロバイオティクスは風邪の予防に本当に効果があるのか?**」という疑問について、最も信頼性が高いとされる研究手法の一つ「コクラン・レビュー」の2022年の報告を基に、分かりやすく解説していきます。
#### **そもそも「風邪」と「プロバイオティクス」って何?**
解説に入る前に、基本的な言葉の整理をしましょう。
* **風邪(急性上気道感染症)**
私たちが「風邪」と呼んでいるものの正式名称です。鼻や喉にウイルスなどが感染して起こる炎症で、その原因の約8~9割はウイルスです。そのため、細菌を殺す抗生物質(抗菌薬)は、ほとんどの風邪には効果がありません。だからこそ、かかってから治すことよりも「予防」がとても大切になります。
* **プロバイオティクス**
ヨーグルトや乳酸菌飲料でおなじみの、体に良い働きをする「生きた善玉菌」のことです。世界保健機関(WHO)などでは「十分な量を摂取したときに、人に有益な作用をもたらす生きた微生物」と定義されています。
ここで非常に重要なのが、プロバイオティクスの効果は**「菌株(きんかぶ)」レベルで決まる**という点です。「乳酸菌」というだけでは不十分で、『Lactobacillus rhamnosus GG(LGG®)』のように、特定の「菌株名」まで特定されて初めて、その効果が科学的に議論できます。つまり、「どのヨーグルトでも同じ」ではないのです。
#### **【本題】科学が出した結論は?2022年コクラン・レビューを解剖!**
科学の世界には、論文の信頼度を示す「エビデンスレベル」という考え方があります。その頂点に立つのが、質の高い複数の研究結果を統合・分析する**「システマティック・レビュー」**です。コクラン・レビューは、その中でも特に厳格な基準で知られ、世界中の医療専門家が信頼を寄せる情報源です。
2022年に発表されたHao & Luによるレビューは、まさにこのテーマにおける決定版とも言えるものです。
* **研究の概要**
* **目的**:プロバイオティクスは風邪の予防に有効か?
* **対象**:過去に行われた23件の信頼できる研究(ランダム化比較試験)
* **参加者**:乳児から高齢者まで、合計6,950人
* **驚きの結果**
メタアナリシス(複数の研究結果を統計学的に統合する手法)の結果、次のことが分かりました。
1. **風邪にかかる人が減る!**:プロバイオティクスを摂ったグループは、偽薬(プラセボ)のグループに比べて、風邪に1回以上かかった人の割合が**24%減少**しました。
2. **繰り返す風邪に特に有効?**:風邪を3回以上繰り返した人の割合に至っては、**41%も減少**しました。
3. **風邪の期間が短くなる!**:風邪にかかった期間が、平均して**約1.22日短縮**されました。
#### **なぜ効くの?鍵は「腸肺相関」**
「腸の健康が、なぜ遠く離れた鼻や喉の免疫に関係するの?」と不思議に思いませんか。その謎を解くキーワードが、近年の研究で注目されている**「腸肺相関(ちょうはいそうかん)」**です。
これは、腸と肺が、免疫システムを介して互いに密接に情報をやり取りしている、という考え方です。
1. 腸内のプロバイオティクス(善玉菌)が、食物繊維などをエサにして「短鎖脂肪酸」などの有益な物質を作ります。
2. この短鎖脂肪酸や、プロバイオティクスによって活性化された免疫細胞が、血流に乗って全身を巡ります。
3. そして、肺に到達したこれらの物質や細胞が、肺の免疫機能を調整し、ウイルスなどに対する防御力を高めてくれるのです。
つまり、腸で起きた良い変化が、文字通り全身を駆け巡り、呼吸器のバリア機能を強めてくれる。これが、プロバイオティクスが風邪予防に繋がるメカニズムの中心です。
#### **歯科医師からのワンポイント:
お口は腸への入り口**
私たち歯科医師の立場から、一つ大切なことを付け加えさせてください。その「腸」の入り口は、どこでしょうか?…そう、**「お口」**です。
お口の中にも、数百億の細菌が住み着いて「口腔内フローラ」を形成しています。お口のケアを怠ると、歯周病菌などの悪玉菌が増え、それらが食道や胃を通って腸にたどり着き、腸内環境を乱す一因になる可能性が指摘されています。
つまり、**ヒポクラテスの言う「腸の健康」は、まず「お口の健康」から始まる**のです。日々の丁寧な歯磨きや、定期的な歯科検診でお口の環境を整えることは、全身の免疫力を支える腸活の、まさに第一歩と言えるでしょう。
#### **結論:賢いプロバイオティクスの使い方**
今回の論文解説から見えてきたことをまとめます。
* 特定のプロバイオティクスは、**風邪の予防と症状の軽減に、控えめながらも科学的に有効である可能性**が示されました。
* その効果の鍵は、腸内環境を整えることで全身の免疫に働きかける**「腸肺相関」**にあります。
* ただし、どの菌株でも良いわけではなく、**効果は「菌株特異的」**です。製品を選ぶ際は、パッケージの宣伝文句だけでなく、「L. plantarum HEAL9」や「L. paracasei 8700:2」のように、研究で効果が示されている菌株名が明記されているかを確認することが重要です。
プロバイオティクスは万能薬ではありません。しかし、質の良い睡眠やバランスの取れた食事、そして何より基本となる**口腔ケア**といった健康習慣と組み合わせることで、私たちの体を内側から支えてくれる頼もしい味方になってくれるかもしれません。
##### **参考文献**
1. Hao, Q., & Lu, Z. (2022). Probiotics for preventing acute upper respiratory tract infections. *Cochrane Database of Systematic Reviews*.
2. International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics (ISAPP). (2022). The ISAPP quick guide to probiotics for health professionals.
3. World Gastroenterology Organisation. (2017). Probiotics and Prebiotics.
4. Cochrane. About Cochrane.
5. Belkaid, Y., & Hand, T. W. (2020). The Gut-Lung Axis in Health and Respiratory Diseases. *Frontiers in Cellular and Infection Microbiology*.
6. Probi. (2021). Probiotics for the common cold: L. plantarum HEAL9 and L. paracasei 8700:2. Metagenics Institute.
7. くさの耳鼻咽喉科・小児科. 急性上気道炎.
8. 厚生労働省 eJIM. 経口プロバイオティクス.
9. 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所.「機能性表示食品」の現状と課題について~紅麹事件を踏まえて.