八街市で始まる成人歯科検診:課題と展望
## 八街市で始まる成人歯科検診:課題と展望
近年、全身の健康と口腔の健康との関連性が改めて注目され、生涯を通じた歯科健診の重要性が認識されています。八街市においても、市民の歯と口腔の健康増進を目的とした成人歯科検診の実施が計画されており、これは大変意義深い取り組みです。しかし、その効果を最大限に引き出すためには、全国の自治体で見られるような様々な課題を理解し、対策を講じる必要があります。本稿では、成人歯科検診が抱える一般的な課題をデータと共に概観し、八街市での検診事業をより実りあるものにするための考察、そして歯科医師会として貢献できる可能性について述べます。
### 成人歯科検診の現状と全国的な課題
**受診率の低さ**
成人歯科検診における最大の課題は、受診率の低さです。厚生労働省の報告によると、市町村が実施する歯周疾患検診の受診率は約5.0%(令和2年度推計)にとどまっています。過去のデータを見ても、平成12年度の全国平均受診率は1.27%、平成27年度には4.30%と徐々に上昇傾向にはあるものの、依然として低い水準です。最近の報道では、40~70歳を対象とした歯周病検診の受診率はわずか5%という指摘も見られます。具体的な自治体の例として、前橋市では平成30年度の40歳対象の再受診勧奨者の受診率が4.4%でした。住民側の要因としては、事業自体の認知度不足、歯科疾患や歯科医療に対する認識不足、検診のメリットを感じにくいことなどが挙げられます。
**地域間・年齢層による受診率の格差**
受診率には地域間で大きな差があり、過去のデータでは都道府県別に見て最も高い県と最も低い県で約40倍もの開きが見られました。この背景には、自治体の取り組みの違いに加え、歯科健診・保健指導への力の入れ具合や、家計に占める保健医療費の割合、貯蓄高といった社会・人口統計学的要因が関連しているとの分析もあります。
年齢層による差も顕著で、特に20代や30代といった若年層の受診率が低い傾向が指摘されています。千葉県のデータ(令和3年度および令和4年度)においても、定期的に歯科検診を受けている人の割合は、20歳代で17.3%~18.1%、30歳代で28.4%~30.5%と、他の年代に比べて低いことが示されています。一方で、厚生労働省の調査では、年代が上がるにつれて過去1年以内の歯科健診受診率は増加する傾向が見られ、全体では半数以上が受診し、その中でも「3ヶ月以内に受けた」という回答が最も多かったという報告もあります。
**既存の歯科受診習慣との兼ね合いと住民の意識**
定期的に歯科医院でメンテナンスを受けている方や治療中の方は、市の検診事業を改めて利用しない傾向があります。住民の意識としては、予防への関心が低く、過去の歯科治療での痛み経験などから検診や受診を避け、結果的に治療が遅れるという悪循環に陥っているケースも指摘されています。また、日本では虫歯や歯周病の治療に公的医療保険が適用され自己負担が比較的軽いため、予防への意識が高まりにくいという医療制度の特性も影響している可能性があります。
**検診実施体制の課題**
自治体における歯科口腔保健事業の実態調査では、約3割の自治体が「地域における課題を把握できていない」と回答しており、また「歯科衛生士の常勤が未配置」といった人材面での課題も報告されています。さらに、歯科検診のデータは標準化されておらず、自治体ごと、あるいは同じ自治体でも年度によってフォーマットが大きく異なり、研究利用が難しいという問題も指摘されています。
加えて、個別検診においては、混合診療の問題が受診者の利便性を損ねる可能性があります。日本の医療保険制度では、保険診療と自由診療を同日に行う「混合診療」は原則として認められていません。そのため、成人歯科検診でレントゲン撮影や歯石除去(スケーリング)といった精密検査や処置が必要と判断された場合でも、検診当日にこれらの行為を行うと混合診療に該当する恐れがあるため、別日に改めて受診してもらう必要があります。特に、普段あまり歯科医院にかからない層にとっては、再度の来院が心理的・時間的な負担となり、結果として必要な治療や予防処置に繋がらず、検診の効果が限定的になってしまうという問題点が考えられます。
### 八街市の成人歯科検診における予想される課題と現状
八街市においても、これらの全国的な課題が生じる可能性があります。市の健康プランでは、う歯(むし歯)や歯周病予防のための正しいブラッシング方法や歯間ブラシの使用といったセルフケアの重要性が強調されています。千葉県全体のデータ(令和3年度および令和4年度)を見ると、進行した歯周炎を有する人の割合は年齢とともに上昇し、80歳以上では6割以上に達します。一方で、定期的に歯科検診を受けている人の割合は、特に若年層で低い状況です。八街市の国保加入者の年齢構成では、高齢者層の割合が増加しており、高齢化が進んでいることが示唆されます。これらの状況から、八街市においても若年層への効果的なアプローチや、既に歯周病が進行している層への対応、そして増加する高齢者層へのきめ細やかな口腔ケア支援が課題となるでしょう。
### 成人歯科検診の目指す方向と受診率向上の試み
従来の成人歯科検診は疾病の早期発見・早期治療を主目的とする「疾病発見型」でしたが、近年は疾患の予防と口腔機能の維持を重視する「一次予防中心型」へとシフトしています。日本歯科医師会は「生活歯援プログラム」を提唱し、受診された方の生活習慣などの問題点を見つけ、一緒に改善していく「一次予防」を大きなポイントとした支援型歯科健診への転換を推進しています。
受診率向上のための具体的な試みも各地で行われています。例えば、対象年齢を絞り込み、アンケート形式のスクリーニングと歯科衛生士による口腔清掃用具の無料提供・保健指導を組み合わせることで、高い受診率を得たという研究報告もあります。また、特定の年齢層を対象に追加したり、再受診勧奨ハガキを送付したりするなどの取り組みを行っている自治体もあります。
**集団検診における医科との連携の重要性**
特に集団検診の体制が整備されると、医科との連携が一層重要になります。口腔の健康は全身の健康と密接に関連しており、歯周病が心疾患や糖尿病、脳卒中などの生活習慣病のリスクを高めることが広く報告されています。また、がん治療や手術前後の口腔ケア(周術期口腔機能管理)は、術後の感染症や誤嚥性肺炎などの合併症予防に繋がり、入院期間の短縮や患者さんのQOL(生活の質)向上にも貢献します。糖尿病の重症化予防においても、医科と歯科の連携は不可欠です。このような医科歯科連携を強化することで、検診を通じて得られた情報を全身の健康管理に活かし、より包括的なヘルスケアを提供することが可能になります。
### まとめ:歯科医師会としてできること
八街市で始まる成人歯科検診が、市民の口腔健康の維持・向上に真に貢献するためには、上述のような課題を克服し、新しい歯科健診のあり方を模索していく必要があります。
成人歯科検診の重要性は非常に高く、受診によりその後の口腔内のダメージが抑えられ、早期発見による治療期間の短縮や治療費の軽減、さらには全身疾患や認知症の予防にもつながるとされています。
受診率向上策としては、検診の意義や内容に関する市民への継続的な啓発活動、予約システムの簡便化やかかりつけ医での受診勧奨など、受診しやすい環境整備が不可欠です。検診内容も、単なる診査に留まらず、個々のリスクに応じた具体的な保健指導や、必要に応じた専門医療機関へのスムーズな連携体制の構築が求められます。
千葉県の調査によれば、歯科医師会等の関係団体と連携し「周知方法」や「予約しないで受診できるシステム」、「受診率向上のための取り組み」について相談している市町村があり、歯科医師会がポスターやステッカーを作成し、実施医療機関で掲示するといった連携事例も報告されています。
このような取り組みを進める上で、地域の歯科医療を担う**歯科医師会としてできることがあると思います**。行政と緊密に連携し、検診事業の企画・運営に積極的に関与することはもちろん、最新の知見に基づいた効果的な検診プログラムの導入支援、検診に携わる歯科医師・歯科衛生士への研修機会の提供、そして何よりも市民一人ひとりへのきめ細やかな啓発活動において、歯科医師会が主導的な役割を果たすことが期待されます。医科との連携強化や、個別検診における混合診療の問題点への対応策検討も含め、八街市歯科医師会がリーダーシップを発揮し、市民の生涯にわたる口腔健康を守り育てるための実効性のある成人歯科検診事業を展開していくことが、今後の大きな課題であり、また重要な使命であると考えます。
**参考文献**
* 生活歯援プログラム - 日本歯科医師会
* 各種資料等 - 日本歯科医師会
* 生活歯援プログラム - 厚生労働省
* 生活歯援プログラム 活用事業実施の手引き - 日本歯科医師会
* 生活歯援プログラム(標準的な成人歯科健診プログラム・保健指導 ... - 日本歯科医師会
* 「生活支援プログラム」セルフチェック版 l - 国立保健医療科学院
* 生活歯援プログラム - 熊本県歯科医師会
* ご存じですか?「生活歯援プログラム」 - 相馬歯科医師会
* 生活歯援プログラムを実施しました - ジェイ・サポート
* 生活歯援プログラムセルフチェック版 - 埼玉県歯科医師会
* 厚生労働省. "歯科口腔保健の推進に向けた取組等について".
* J-Stage. "歯周疾患検診の推定受診率の推移とその地域差に関する検討".
* 八街市. "八街市健康プラン".
* 厚生労働省. "歯科健康診査推進事業に係る調査研究(令和2年度) 報告書".
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* 8020推進財団. "「今後の歯科健診のあり方検討会」報告書".
* 千葉県. "令和4年度 市町村歯科健康診査(検診)実績報告書".
* アポツール株式会社. "歯医者の定期検診に行っている人の割合は?最新調査から見る実態と歯科医院ができること".
* 千葉県. "令和3年度 市町村歯科健康診査(検診)実績報告書".
* 国立保健医療科学院. "地域における歯科疾患対策を推進するためのニーズの把握および課題解決に資する効果的介入方法の開発のための研究(令和3年度総括・分担研究報告書)".
* 神奈川県. "神奈川県におけるがん診療医科歯科連携ガイドブック".
* 税理士法人テラス. "実は良いことづくし!医科歯科連携で得られる効果とは?".
* 日本医療総合研究所. "混合診療禁止の法的根拠".
* 長浜市(なないろ歯科・こども矯正歯科クリニック). 「成人歯科検診はどうして必要なのでしょう」.
* モリタ. "混合診療の行方と歯周・予防の重要性".
* 石川県. "【歯科】 1.歯科医療の現状と課題について".
* 日本医師会. "混合診療ってなに? Q&A ~混合診療の意味するものと危険性~".
* 旭化成. 「混合診療の解禁」.
* ダイヤモンド誌. "歯医者嫌いの日本人に「国民皆歯科健診」を導入する意味はある...".
* 前橋市. "平成30年度成人歯科保健事業の取組について".
* 千葉県衛生研究所. "市町村における歯科保健事業の効果的な取り組みに関する研究 (歯...".
* 厚生労働省. "歯科口腔保健の実態等に関する調査".
* 8020推進財団. "市町村行政が行う成人歯科健診の新たな実施方".
* 厚生労働省. "自治体における歯科口腔保健に関する事業の実態を把握するため".
* KAKEN. "地域歯科健診の実態調査と歯周病の予防・改善に対する効果検証".
* さいたま市. "成人の歯科健康診査について".
* 深井保健科学研究所. "なぜ、歯科健診を受ける成人が少ないのか".
情報源
[1] [PDF] 生活歯援プログラム - 日本歯科医師会 https://www.jda.or.jp/dentist/program/pdf/ph_01.pdf
[2] 各種資料等 - 日本歯科医師会 https://www.jda.or.jp/dentist/program/
[3] [PDF] 生活歯援プログラム - 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/12.pdf
[4] [PDF] 生活歯援プログラム 活用事業実施の手引き - 日本歯科医師会 https://www.jda.or.jp/dentist/program/pdf/tebiki_all_v_01.pdf
[5] 生活歯援プログラム(標準的な成人歯科健診プログラム・保健指導 ... https://www.jda.or.jp/dentist/info/2012_01.html
[6] | 「生活支援プログラム」セルフチェック版 l - 国立保健医療科学院 https://www.niph.go.jp/soshiki/koku/oralhealth/kks/main/selfcheck.html
[7] 生活歯援プログラム - 熊本県歯科医師会 https://www.kuma8020.com/outline/seikatsu_shien/
[8] ご存じですか?「生活歯援プログラム」 - 相馬歯科医師会 https://soma8020.com/%E3%81%94%E5%AD%98%E3%81%98%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B%EF%BC%9F%E3%80%8C%E7%94%9F%E6%B4%BB%E6%AD%AF%E6%8F%B4%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%80%8D/
[9] 生活歯援プログラムを実施しました - ジェイ・サポート https://www.j-spt.com/?info=%E7%94%9F%E6%B4%BB%E6%AD%AF%E6%8F%B4%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%92%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F
[10] [PDF] 生活歯援プログラムセルフチェック版 - 埼玉県歯科医師会 https://www.saitamada.or.jp/wp-content/themes/saitamada/pdf/go8020/shien-program_201902.pdf