がん患者さんの生活の質を高める運動療法 - 最新研究から見えてきたこと
# がん患者さんの生活の質を高める運動療法 - 最新研究から見えてきたこと
## はじめに
皆さん、こんにちは。今回は、がん治療を受けている方や治療を終えられた方にとって大変重要なテーマ、「運動」について最新の研究結果をもとにお話したいと思います。
「がんと診断されたら安静にしていた方がいい」と考える方も多いかもしれませんが、近年の医学研究では、適切な運動が多くのがん患者さんにとって非常に有益であることがわかってきました。今回は、この分野の最新かつ包括的な研究結果をわかりやすくご紹介します。
## 研究の概要:アンブレラレビューという強力な手法
b2025年に発表された英国スポーツ医学ジャーナル(British Journal of Sports Medicine)の論文「がん患者における運動の健康アウトカムへの影響:ランダム化比較試験のシステマティックレビューとメタアナリシスのアンブレラレビュー」では、世界中で行われた数多くの研究結果を総合的に分析しています。
この研究は「アンブレラレビュー」と呼ばれる手法を用いています。これは「レビューのレビュー」とも呼ばれ、複数の系統的レビュー(システマティックレビュー)やメタアナリシスを統合して、より信頼性の高い結論を導き出す方法です。言わば、医学研究の集大成とも言えるもので、エビデンス(科学的根拠)のレベルが非常に高いことが特徴です。
## 運動ががん患者さんにもたらす効果
この研究によると、適切な運動は以下のような多くの面でがん患者さんの健康に良い影響をもたらすことがわかりました:
### 1. 生存率の向上
運動を行っているがん患者さんは、そうでない方に比べて生存率が向上する可能性があることがわかっています。特に、乳がんや大腸がんの患者さんでは、定期的な運動による生存率改善のエビデンスが強く示されています。
### 2. がん関連倦怠感の軽減
がん患者さんの多くが悩まされる「がん関連倦怠感」。これは単なる疲れとは異なり、休息だけでは回復しにくい持続的な疲労感です。適切な運動プログラムは、このがん関連倦怠感を有意に軽減することが示されています。
### 3. 生活の質(QOL)の向上
運動は全体的な生活の質(QOL)を向上させます。体力の維持・向上だけでなく、気分の改善やストレスの軽減にも効果があります。
### 4. 身体機能の維持・向上
がん治療中や治療後に低下しがちな筋力や持久力などの身体機能を維持・向上させる効果があります。これにより日常生活活動(ADL)の自立度が保たれ、生活の質の維持につながります。
### 5. 心理的な効果
運動は不安やうつ症状の軽減に効果があります。これは、運動によって心理的なストレスが軽減されるだけでなく、運動を通じた社会的なつながりが精神的な支えになることも関係しています。
## どのような運動が効果的か?
この研究からわかった効果的な運動の特徴は以下の通りです:
### 1. 有酸素運動と筋力トレーニングの組み合わせ
ウォーキング、水泳、サイクリングなどの有酸素運動と、軽い筋力トレーニングを組み合わせることで、より大きな効果が期待できます。
### 2. 個人に合わせた運動強度
無理なく続けられる程度の強度から始め、徐々に強度を上げていくことが推奨されています。がんの種類や治療段階、個人の体力レベルに合わせた運動プログラムが重要です。
### 3. 定期的な実施
週に少なくとも150分の中程度の有酸素運動と、週に2回以上の筋力トレーニングが理想的とされています。ただし、これはあくまで目標であり、できる範囲から始めることが大切です。
## 歯科医師からのアドバイス
がん治療中や治療後の患者さんにとって、口腔内のケアも非常に重要です。特に化学療法や放射線治療を受けている方は、口内炎や口腔乾燥などの副作用が生じやすくなります。
運動を始める際は、以下の点にご注意ください:
1. **口腔内の状態を確認する**: 運動を始める前に、口腔内の状態を歯科医師に確認してもらいましょう。口内炎や感染があると、運動中の不快感につながることがあります。
2. **水分補給を忘れずに**: 特に口腔乾燥がある方は、運動中のこまめな水分補給が必要です。スポーツドリンクなどの糖分を含む飲料は、虫歯リスクを高める可能性があるため、水やノンシュガーの飲料をお勧めします。
3. **マウスガードの使用**: 特に接触スポーツやハードな運動を行う場合は、歯や顎を保護するためのマウスガードの使用をご検討ください。
## 運動を始める前に
がん患者さんが運動を始める際には、以下の点に注意することが大切です:
1. **主治医に相談する**: まず何よりも、運動を始める前に必ず主治医に相談しましょう。がんの種類や治療内容、全身状態によって、適した運動の種類や強度が異なります。
2. **無理をしない**: 体調の良い日も悪い日もあります。その日の体調に合わせて運動量を調整しましょう。
3. **少しずつ始める**: 特に運動習慣がなかった方は、短時間・低強度から始め、徐々に運動量を増やしていくことが大切です。
4. **専門家のサポートを受ける**: 可能であれば、がん患者のリハビリテーションや運動療法に詳しい理学療法士や運動指導者のサポートを受けることをお勧めします。
## まとめ
今回ご紹介した研究結果から、適切な運動はがん患者さんの生存率向上から生活の質の改善まで、多くの面で有益であることがわかります。もちろん、個人差があり、すべての方に同じ運動が適しているわけではありません。
がんという病気と向き合いながらも、できる範囲で運動を生活に取り入れることで、より健康で充実した日々を過ごすことができるでしょう。また、がん予防の観点からも、日頃からの適度な運動習慣は非常に重要です。
私たちはこれからも、患者さんの口腔健康だけでなく、全身の健康をサポートするための情報提供を続けていきたいと思います。何か質問や不安があれば、いつでも当院にご相談ください。
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## 参考文献
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(注:この記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスではありません。運動を始める前に必ず医療専門家にご相談ください。)