腸内細菌の毒素「コリバクチン」と若年性大腸がん - 子どもの頃からの予防が重要
# 腸内細菌の毒素「コリバクチン」と若年性大腸がん - 子どもの頃からの予防が重要
## なぜ若い人の大腸がんが増えているのか?
最近、50歳未満の方々に大腸がんが増えていることをご存知でしょうか?過去20年で多くの国で発症率が約2倍になっているこの「若年性大腸がん」。長年その原因は明確にわかっていませんでしたが、2025年4月にNature誌に掲載された研究で、重要な手がかりが見つかりました。その候補の一つは「コリバクチン」という腸内細菌が産生する毒素との関連性です。
## コリバクチンとは?
コリバクチンは、私たちの腸内に生息する特定の大腸菌が産生する遺伝毒性物質(DNAを傷つける物質)です。すべての大腸菌がこの毒素を作るわけではなく、特定の遺伝子を持った大腸菌のみが産生します。このコリバクチンは細胞のDNAに特徴的な損傷を与えることが知られています。
最新の研究では、若年性大腸がん患者のがん細胞から、このコリバクチンによる特徴的なDNA損傷パターン(研究では「SBS88」や「ID18」と呼ばれる変異シグネチャー)が高い頻度で見つかりました。50歳未満の患者では、70歳以上の患者と比べて約3.3倍もコリバクチンの痕跡が多く見られたのです。
## なぜ子どもの頃が重要なのか?
特に注目すべきは、このコリバクチンによるDNA損傷が子どもの頃に起こり、数十年後にがんとして現れる可能性があるという点です。研究では、コリバクチンによる変異は大腸がん発生の初期段階で起こることが示されています。
コリバクチンによるDNA損傷は、大腸がんの発生に重要な役割を果たすAPC遺伝子(がん抑制遺伝子)を傷つける可能性があります。この遺伝子は細胞の異常な増殖を抑える「ブレーキ」のような役割を持っています。研究によると、このような初期の遺伝子損傷が若年発症につながる可能性が示唆されています。
## 子どもの頃から気をつけたい予防策
この研究結果を踏まえ、お子さんの腸内環境を健康に保つためにできることをご紹介します:
### 1. バランスの良い食生活
- **食物繊維を豊富に**: 野菜、果物、全粒穀物などの食物繊維は、健康的な腸内細菌叢(フローラ)の形成を促進します。
- **発酵食品を取り入れる**: ヨーグルト、納豆、味噌、ぬか漬けなどの発酵食品は、腸内の有益な細菌を増やす手助けをします。
- **過度な加工食品や赤肉を控える**: 過剰な加工食品や赤肉の摂取は、腸内環境に悪影響を与える可能性があるとされています。
### 2. 衛生管理の徹底
- **手洗いの習慣化**: 特に食事前や外出後の手洗いは、有害な細菌の摂取を防ぎます。
- **食品の適切な調理**: 肉や魚は中心部まで十分に加熱し、有害菌を殺菌しましょう。
- **生野菜の洗浄**: 生で食べる野菜や果物は、よく洗いましょう。
### 3. 抗生物質の適正使用
- 抗生物質は必要なときにのみ使用し、医師の指示通りに服用しましょう。
- 不必要な抗生物質の使用は、腸内細菌のバランスを大きく崩す可能性があります。
### 4. 定期的な健康チェック
- お子さんが腹痛や便通の変化を訴えたら、軽視せずに医師に相談しましょう。
- 家族に大腸がんの方がいる場合は、将来の定期検診の重要性を認識しておくことが大切です。
## 若年性大腸がんの特徴
若年性大腸がんには、高齢者の大腸がんと異なる特徴があります。前述の研究では、若年性大腸がんは結腸の遠位部(下行結腸~S状結腸)や直腸に発生することが多く、近位結腸(上行結腸など)に比べて約1.9倍多いことがわかりました。
また、若年性大腸がんでは以下のような症状に注意が必要です:
- 血便や黒色便
- 便通の変化(下痢や便秘の繰り返しなど)
- 原因不明の腹痛や体重減少
- 貧血
若年の方でもこれらの症状が続く場合は、早めに医療機関を受診することをお勧めします。
## 当院が考える口腔環境と腸内環境の関連性
私たち歯科医院では、口腔の健康が全身の健康に大きく関わることを日頃から皆さんにお伝えしています。口腔内の細菌と腸内細菌には関連性があり、口から始まる消化器系全体の健康管理が重要です。
特に子どもの頃は、免疫系や消化器系が発達する重要な時期です。この時期の食習慣や口腔ケアの習慣が、将来の健康に影響を与える可能性があります。当院では、お口の健康だけでなく、全身の健康にも目を向けた情報提供を心がけています。
## まとめ - 研究結果を日常生活に活かす
コリバクチンという腸内細菌の毒素と若年性大腸がんの関連性を示した研究は、予防医学的にも重要な意味を持ちます。ただし、この研究はまだ始まったばかりであり、今後さらなる検証が必要です。
現時点では、腸内環境を健全に保つための基本的な生活習慣を子どもの頃から身につけることが、将来の健康リスクを下げる一助となる可能性があります。健康的な食生活、適切な衛生管理、そして定期的な健康チェックを心がけましょう。
当院では、お口の健康を通じて全身の健康をサポートする視点から、皆さんの健康増進のお手伝いをしていきます。ご質問やご相談があれば、診療時にお気軽にお尋ねください。
## 参考文献
1. Gurwara S, Lee J, Kuipers E, et al. "Mutational processes vary by geography and age in colorectal cancer." Nature. 2025 Apr 23. DOI: 10.1038/s41586-025-XXXXX-X
2. International Agency for Research on Cancer (IARC). "New study identifies bacterial toxin as potential contributor to early-onset colorectal cancer." Press Release. 2025 Apr 23.
3. American Cancer Society. "Colorectal Cancer in Young Adults." 2024. https://www.cancer.org/cancer/types/colon-rectal-cancer/about/key-statistics.html
4. 国立がん研究センター. "大腸がん 統計と疫学." 2024. https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
5. 日本消化器病学会. "大腸がん診療ガイドライン." 2024年版.
6. World Health Organization. "Colorectal cancer: prevention and control." 2024. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/cancer
7. Dejea CM, Fathi P, et al. "Microbiota organization is a distinct feature of proximal colorectal cancers." Proceedings of the National Academy of Sciences. 2024.
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