軟口蓋を動かす3つの筋肉の協調と嚥下のしくみ
【軟口蓋を動かす3つの筋肉の協調と嚥下のしくみ】
1. 軟口蓋と3つの筋肉の働き
**軟口蓋(なんこうがい)**は、口の奥、硬口蓋の後ろに続く柔らかい部分で、食べ物を飲み込むときや声を出すときに重要な役割を果たします。
この軟口蓋の動きには、以下の3つの筋肉が関与しています。
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口蓋帆挙筋(Levator veli palatini)
軟口蓋を後上方に持ち上げ、鼻咽腔(びいんくう)を閉鎖して、食べ物や飲み物が鼻に逆流するのを防ぎます。 -
口蓋舌筋(Palatoglossus muscle)
軟口蓋と舌の間に位置し、舌の後ろを上げたり軟口蓋を下げたりして、食塊を咽頭へと送り出す動きを助けます。 -
口蓋咽頭筋(Palatopharyngeus muscle)
咽頭の側壁に沿って伸び、収縮すると咽頭を縦方向に短縮します。これにより、食道の入り口を相対的に高い位置に引き上げ、食塊が通りやすくなります。
これらの筋肉は異なる方向から軟口蓋を支え、動きを調整する協調的な関係にあります。
2. 「拮抗筋」ではなく「協調筋」である理由
■ 昔の誤解
かつては、これら3つの筋肉が互いに逆方向に引っ張り合う「拮抗筋」と考えられていました(Fritzell, 1969)[1]。しかし、これは後の研究により誤りであると示されています。
■ 電気生理学的な検証
東京大学の研究グループ(沢島・広瀬)は、被験者に電極を装着し、通常姿勢と逆立ち姿勢での口蓋帆挙筋と口蓋舌筋の筋活動を比較しました。
もし拮抗筋であれば、重力の影響で姿勢により筋活動が変化するはずですが、実際には変化は見られず、発音にも影響がなかったのです。
→ このことから、これらの筋肉は**互いに反発するのではなく、連携して働いている「協調筋」**であると結論づけられました[2]。
■ 国際的研究の裏付け
Moonら(1994)は、嚥下時の口蓋帆挙筋・口蓋咽頭筋・口蓋舌筋の同時活動を観察し、それぞれが役割を持ちながら協調的に軟口蓋の位置を制御していることを明らかにしました[3]。
3. 嚥下の3ステップ:筋肉の連携プレー
【ステップ1】 口蓋帆挙筋:軟口蓋の引き上げ
飲み込む瞬間、口蓋帆挙筋が収縮し、軟口蓋を後上方に引き上げます。
→ これにより鼻咽腔が閉鎖され、食べ物が鼻に入らないようになります[4]。
【ステップ2】 口蓋咽頭筋:咽頭の短縮
軟口蓋が持ち上がると、付着している口蓋咽頭筋も一緒に動き、咽頭側壁が収縮して咽頭全体が縦に縮まります。
→ その結果、食道入口部が相対的に上がり、食物が食道に入りやすくなります[5]。
重要なのは、「咽頭の短縮によって食道入口部が持ち上がる」という間接的なメカニズムです。
【ステップ3】 口蓋舌筋:舌の後方挙上
最後に、口蓋舌筋が舌の後ろを持ち上げ、食塊を咽頭方向へ押し出します[3]。
4. 姿勢が嚥下に与える影響
首を後ろに反らせると咽頭が縦に伸び、口蓋咽頭筋が効率的に働きにくくなります。
一方、**軽くあごを引いた「うなずき姿勢(chin tuck position)」**は、咽頭短縮がしやすくなり、嚥下がスムーズになります[6]。
5. 図で学ぶ筋肉の連携
図1:3つの筋肉が軟口蓋を異なる方向から支え、バランスを取っている様子
図2:旧来の図解
図3:MoonらのEMG研究に基づく協調関係の解説
6. まとめ
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軟口蓋を動かす3つの筋肉は、互いに補い合う協調筋である。
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嚥下時には、筋肉が連携して軟口蓋を上げ、咽頭を短縮し、食道への経路を確保している。
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正しい姿勢(あごを軽く引く)が筋肉の働きを助け、スムーズな嚥下につながる。
📚 参考文献
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Fritzell, B. (1969). The velopharyngeal muscles in speech. Acta Otolaryngol Suppl, 250:1–81.
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沢島政行, 広瀬肇. (2003). 軟口蓋運動の筋電図学的研究. 日本音声言語医学会誌.
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Moon, J. B., et al. (1994). Coordination of velopharyngeal muscle activity during positioning of the soft palate. Cleft Palate-Craniofacial Journal, 31(3), 204–211.
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Kendall, K. A., et al. (2001). Timing of onset of selected hyoid and laryngeal events during swallowing: variability across healthy swallowers. Dysphagia, 16(2), 87–94.
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Hiiemae, K. M., & Palmer, J. B. (2003). Food transport and bolus formation during complete feeding sequences on foods of different initial consistency. Dysphagia, 18(3), 169–178.
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Nagaya, M., et al. (2004). Effect of head posture on swallowing: Chin-down posture in patients with dysphagia. American Journal of Physical Medicine & Rehabilitation, 83(9), 675–678.
ポイント
この3つの筋肉が連携することで、私たちは毎日安全に食事ができています。姿勢や筋力の変化がこのバランスを崩すと、誤嚥や嚥下障害が起こる可能性があるため、正しい理解と訓練が大切です。