慣れない入れ歯 〜part2〜
高齢者の口腔機能低下と義歯適応の課題
から
1. 高齢者における口腔機能低下の現状
年齢を重ねると、全身の筋力や機能が衰えるのと同様に、口腔にも以下のような変化が見られます:
• 咀嚼力や嚥下機能の低下
噛む力や飲み込む力が弱まり、食事が困難になります。
• 舌や頬、唇の筋力低下
食べこぼしや発音の不明瞭さの原因となります。
• 唾液分泌量の減少(ドライマウス)
口腔内が乾燥し、虫歯や歯周病のリスクが高まります。
これらは「オーラルフレイル」と呼ばれ、放置すると栄養不足や誤嚥性肺炎など全身的な健康問題を引き起こす可能性があります。
2. 初めて義歯を使用する際の難しさ
高齢者が初めて義歯を使用する際には、以下の課題があります:
• 筋肉協調性の再構築が困難
義歯は天然歯と異なり違和感を伴うため、舌や頬筋、咬筋などを新たに協調させる必要があります。しかし、高齢になるほど筋力や学習能力が低下し、この適応が難しくなります。
• 心理的抵抗感
「痛い」「外れる」など義歯への不安や過去のネガティブな経験から使用を拒否する場合もあります。
インプラント治療後における義歯移行の課題
1. インプラントから義歯への移行が難しい理由
インプラント治療は固定性補綴物として快適ですが、高齢化や全身疾患により維持が困難となり、義歯への移行が必要になる場合があります。この際、次の問題が発生します:
• オーラルリハビリテーション不足
インプラントでは固定性が高いため、義歯使用時に必要な筋肉協調性を鍛える機会がありません。
• 加齢による適応力低下
高齢者では新しい環境への適応能力が低下しており、多くの場合移行に失敗することがあります。
2. 順応できるタイミングを逃すリスク
インプラントは快適であるため、その状態に慣れると義歯への移行タイミングを逃しやすい傾向があります。特に高齢者では順応可能な時期を過ぎてから移行を余儀なくされるケースも多く、その結果適応困難となることがあります。
臨床的アプローチ:高齢者とインプラント治療後患者への対応
1. 早期からの介入
• インプラント治療中から将来的な義歯移行を見据えた計画立案。
• 定期的なフォローアップで口腔機能低下を早期発見。
2. オーラルリハビリテーション
義歯装着前後で以下のトレーニングを導入:
• 舌圧トレーニング(舌筋強化)
• 咀嚼訓練(左右均等な咀嚼運動)
• 口腔体操(頬・唇・舌の柔軟性向上)。
3. 認知機能低下患者への配慮
• 簡単で明確な指示を繰り返す。
• 義歯使用時間を徐々に延ばす。
• 頻繁な調整で不快感を軽減。
4. 心理的サポート
義歯提供だけでなく、不安感を軽減するため患者とのコミュニケーションを重視します。
患者さんへ:まとめ
年齢による身体変化に対応することは簡単ではありません。しかし早い段階から口腔機能訓練や移行義歯による準備を進めることで、新しい環境にも順応できる可能性があります。「形態変化に対応できる」という点こそ義歯の大きな利点です。一人ひとりのお口に合った最善策をご提案していきます。
引用文献
1. 厚生労働省, 「口腔機能向上マニュアル」.
2. 山根歯科医院, 「加齢による口腔内の変化」.
3. 台湾研究, 「高齢者における口腔筋協調性と補綴適応」.
4. 日本訪問歯科協会, 「加齢によるお口の変化」.
5. 日本歯科医師会, 「オーラルフレイル対策」.
6. MACS研究会, 「長寿社会における補綴治療」.
7. J-STAGE, 「超高齢社会でインプラント治療後に考えておかなければならないこと」.