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「歯科通院が介護費用を減らす可能性 ―日本の高齢者を対象とした大規模調査からの発見―」

【歯科通院が介護費用を減らす可能性 

―日本の高齢者を対象とした

大規模調査からの発見―】

■はじめに

 皆さんは、定期的な歯科検診が介護費用の削減につながる可能性があることをご存知でしょうか?

 2024年9月、「The Journals of Gerontology: Series A」という医学雑誌に、とても興味深い研究結果が発表されました。

 論文のタイトルは「Differences in Cumulative Long-Term Care Costs by Dental Visit Pattern Among Japanese Older Adults: The JAGES Cohort Study」(日本の高齢者における歯科受診パターンと累積介護費用の関係:JAGES コホート研究)です。

 この記事では、この重要な研究の内容をできるだけわかりやすく解説し、特に訪問歯科診療の観点から考察を加えていきたいと思います。

■なぜこの研究が必要だったのか?

1. 日本の現状
現在の日本では、およそ3人に1人が65歳以上の高齢者です(28.9%)。医療費は年間44.4兆円にも達しており、この数字は年々増加しています。特に介護にかかる費用は、社会全体の大きな課題となっています。

2. 口腔ケアの重要性
お口の健康は、全身の健康に深く関わっています。例えば:
- よく噛めることで栄養状態が良くなる
- 誤嚥性肺炎を予防できる
- 会話がスムーズになり、社会活動が活発になる

 しかし、これまでお口の健康管理が介護費用にどのような影響を与えるのか、具体的な数字で示した研究は少なかったのです。

■研究の内容

1. どんな研究だったのか
- 対象:65歳以上の自立した高齢者8,429名
- 平均年齢:73.7歳
- 期間:2010年から8年間
- 方法:アンケート調査と介護保険のデータを分析

2. 何を調べたのか
 過去6ヶ月間の歯科受診の有無によって、その後の介護費用にどのような違いが出るのかを調査しました。特に以下の3つのパターンに注目しました:
- 定期検診などの予防的な受診
- 痛みなどによる治療的な受診
- どちらかの受診があった場合

3. わかったこと

a) 予防的な歯科受診の効果
- 8年間で約1,090ドル(約16万円)の介護費用が削減
- この効果は統計的にも信頼できる結果でした

b) 治療的な受診の効果
- 約807ドル(約12万円)の削減効果
- ただし、統計的な確実性はやや低めでした

c) 全体的な効果
- 何らかの歯科受診がある人は、約981ドル(約15万円)の削減効果
- この結果も統計的に信頼できるものでした

■この結果が示す重要な意味

1. 社会全体への影響
現在、65歳以上の日本人のうち、約44%(およそ1,580万人)が半年以上歯科医院に行っていないと推測されています。もし、これらの方々が定期的な歯科受診を始めれば、総額で約155億ドル(約2.3兆円)もの介護費用が削減できる可能性があるのです。

2. 予防の重要性
特に注目すべきは、「予防的な受診」の効果が最も高かったことです。痛くなってから受診するのではなく、定期的に検診を受けることで、より大きな効果が期待できることがわかりました。

■訪問歯科診療の重要性

1. なぜ訪問歯科診療が必要か
- 通院が困難な方でも歯科診療が受けられる
- 自宅での継続的なケアが可能
- 家族や介護者への指導もできる

2. 具体的な取り組み

a) 予防的なケア
- 定期的な口腔内チェック
- プロフェッショナルクリーニング
- 早期発見・早期治療

b) 生活指導
- ブラッシング方法の指導
- 食事の取り方のアドバイス
- 口腔体操の指導

3. 多職種との連携
- かかりつけ医との情報共有
- 訪問看護師との協力
- ケアマネージャーとの連携

■これからの課題

1. さらなる研究の必要性
- なぜ介護費用が減るのか、そのメカニズムの解明
- 地域による違いの調査
- より長期的な効果の検証

2. 体制の整備
- 訪問歯科診療の普及
- 予防プログラムの標準化
- 記録システムの改善

3. 啓発活動
- 予防的受診の重要性の周知
- 口腔ケアの必要性の理解促進
- 家族介護者への教育支援

■実践的な提案

1. 歯科医院での取り組み
- 定期検診の呼びかけ
- 予防プログラムの充実
- わかりやすい説明と情報提供

2. 訪問診療での工夫
- 効率的な訪問計画
- 個別化された予防プログラム
- 緊急時の対応体制

3. 地域での活動
- 健康教室の開催
- 介護施設との連携
- 地域包括支援センターとの協力

■政策への提言

1. 制度の改善
- 予防的診療への保険適用拡大
- 訪問診療の報酬見直し
- 予防プログラムへの補助

2. 人材育成
- 訪問診療専門の歯科医師の育成
- 多職種連携の研修
- 継続的な教育システム

3. 連携体制の構築
- 情報共有システムの整備
- 連携パスの作成
- 地域での協力体制づくり

■私からの提言

 訪問歯科診療に携わる歯科医師として、この研究結果から以下の点を特に強調したいと思います:

1. 予防の大切さ
 痛くなってからの治療よりも、定期的なケアの方が効果的です。特に高齢者の場合、一度お口の状態が悪化すると、回復が難しくなることも多いため、予防が極めて重要です。

2. 継続的なケア
 単発の治療ではなく、継続的なケアが重要です。定期的な検診とケアにより、問題を早期に発見し、対応することができます。

3. 総合的なアプローチ
 お口の健康は、全身の健康や生活の質に深く関わっています。医師や看護師、介護職など、多くの職種と協力しながら、総合的なケアを提供することが大切です。

■まとめ

 この研究は、定期的な歯科受診、特に予防的な受診が、将来の介護費用の削減につながる可能性を示しています。この結果は、超高齢社会を迎えている日本にとって、とても重要な意味を持っています。

特に注目すべきは、予防的な歯科受診による効果が最も大きかったことです。これは、「予防」重要性を科学的に裏付けるものと言えます。

 訪問歯科診療は、この「予防」を実現するための重要なツールです。通院が困難な方々にも、適切な口腔ケアを提供することで、より多くの高齢者の健康寿命延伸に貢献できると考えています。

 今後は、この研究結果を踏まえて、以下の取り組みが重要になってくるでしょう:
- より多くの人々への予防的歯科診療の提供
- 訪問歯科診療の拡充
- 多職種との連携強化
- 効果的な予防プログラムの開発
- 患者さんとその家族への適切な情報提供

 最後に、この研究結果は、私たち歯科医療従事者に大きな責任と可能性を示しています。口腔ケアを通じて、高齢者の健康寿命延伸と介護費用の適正化という社会的課題の解決に貢献できる可能性があるのです。

これからも、一人一人の患者さんに寄り添いながら、予防を重視した質の高い歯科医療を提供していきたいと思います。そして、その積み重ねが、より良い超高齢社会の実現につながることを願っています。​​​​​​​​​​​​​​​​

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