以前、内科の先生から、
『歯肉の増殖があるから高血圧の薬を変更してくれないかと照会を受けたけど、必ずしも他薬の変更で血圧のコントロールがうまくいくとは限らないよね』
と、ご相談を受けました。なので、今日は、高齢者の増加とともに増加傾向にある薬剤性歯肉肥大、または薬剤性歯肉増殖症について少しお話したいと思います。
薬剤性歯肉増殖症を引き起こす原因薬剤であるカルシウム拮抗剤は、日本において降圧剤の第一選択薬として用いられています。超高齢社会に突入して久しい日本では高血圧の患者が多く、本剤を投与されている患者さんも多いです。
この薬剤性歯肉増殖症の論文を見てみますと、古くは、1984年に、Ramon、Ledermanによって発表されたカルシウム拮抗剤(主として降圧剤であるニフェジピン)による歯肉増殖症の報告があり、他に抗てんかん薬であるフェニトイン、免疫抑制剤であるシクロスポリンも同様に報告されています。
この歯肉増殖症は、薬の副作用で歯肉が腫れます。これは、歯肉形態の不良による審美形態の悪化をもたらすだけでなく、プラークコントロールを困難にして、歯を移動させて咀嚼困難や発音などにも影響を及ぼす事があります。
更に、この薬剤性歯肉増殖症は、若い人ほど、また服用量が多いほど重症になる傾向があります。その程度は、歯と歯の間の歯肉(歯間乳頭)が少し膨れた程度のものから、歯が完全に隠れてしまうものまであります。歯肉増殖症は、歯面に歯垢(デンタルプラーク)が多いと重症化する事が知られています。
薬剤性歯肉増殖症の発症率は、フェニトインによる場合で約50%、シクロスポリンによる場合で約30%で、カルシウム拮抗剤性歯肉増殖症はそれらに比べて低く、約20%と言われています。
ニフェジピンと同様に、ジヒドロピリジン系で近年使用頻度の高いアムロジピンの服用患者は、歯肉増殖症発生頻度が低く、1.7~5%程度と言われております。ジヒドロピリジン系以外のカルシウム拮抗剤であるベンゾチアゼピン系(商品名 ヘルベッサー)、フェニルアルキルアミン系(商品名 ワソラン)による発症率もニフェジピンと比べると低く、前者は6.3%、後者は4%と言われています。
それでは、どうやって治療するのでしょうか?
カルシウム拮抗性歯肉増殖症は、
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薬剤の副作用と炎症との複合疾患であること
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日本は超高齢社会に突入したこと
などから、より非侵襲的な治療が求められる様になってきています。すなわち、保存療法、消炎療法が治療の中心となります。特にカルシウム拮抗性歯肉増殖症は、薬剤を中止することなく基本治療のみで治癒するという報告が増えてきております。歯肉肥大が起きたとき、服用薬を変更出来ればよいのですが、難しいことが多いため、日頃の歯磨きを徹底して行うこと、定期的に歯科受診して歯石を除去してもらったりすることが大切です。時には歯茎を切ることが必要になったりする事もあります。
歯磨きや歯石を除去する事によって、大半の歯肉はきれいになりますが、それでも変化がない場合はかかりつけ医に相談し、副作用の少ない他のカルシウム拮抗剤に変更していただく場合もあります。
参考:「カルシウム拮抗剤性歯肉増殖症の基礎と臨床」尾崎 幸生,吉村 篤利
日本歯周病学会会誌,2021,63巻,2号,p.37-46